第8話 祭りとライバル?
夕暮れだった空は、会場の明かりが煌々と照らされる夜空になった。
祭りもここからが本番だとばかりに人が増え始め、唯舞や深紅のテンションも上がっていく。
食べ歩きという最上級のお祭りを満喫してお腹も満たされた深紅が、不意にエドヴァルトの服を引っ張り、一つの屋台を指差した。
「エド! 射的! 射的して!」
「射的?」
「うん、銃で狙って景品を落とすやつ! 私、落せたことないんだっ」
そうして深紅にせがまれるままに訪れた屋台。
そこで彼らは、ある意味運命的な再会を果たすのだ。
「はい、いらっしゃ――……って、イブさん?」
「! ロウさんっ?」
深紅達に追いつくように屋台にやって来た唯舞は驚きの声を上げる。
その店にいたのは、リッツェンの息子で、かつて唯舞にプロポーズをしてきたロウだった。
アヤセの眉がぐっと寄り、警戒が滲む。
唯舞に堂々と告白し、アヤセにも喧嘩を吹っかけ、そして何よりアヤセの唯舞への思慕の想いを気付かせたのは他でもない、ロウなのだ。
そんなロウは軽くアヤセにも目をやったが、すぐに唯舞に向かって笑顔を向けた。
「久しぶりイブさん。せっかくザールムガンドのほうに行ってもいつも会えなかったから元気か心配してたんだ。髪切ったんだね、浴衣もすげー似合ってる」
「あ……あはは、え、と……私も行きたかったんだけど、ちょっと都合がつかなくて……」
唯舞はそう言って苦笑いを浮かべるしかない。
去年この地に訪れた時に、アインセル連邦の食材をザールムガンド帝国のアンテナショップで手に入れられる手配をしたというのに、当時は唯舞の命が脅かされる危険があったから軍部内から動くことが出来なかったのだ。
「で、でも、今度からは行けますよ! ね? アヤセさん」
そう言って振り返る唯舞に、アヤセもロウも、少し複雑な思いで見つめる。
「――……イブさん、そいつと付き合ったんだ?」
「え……? あ……えっと」
ロウに告白されて振ったことを思い出した唯舞は少し言葉を詰まらせたが、それでも照れたような困ったような顔で頷く。そんな唯舞をアヤセがぐいっと自分の胸元に引き寄せた。
「……と、いうことだ。残念だったな」
「は! アンタじゃどー見てもすぐイブさんにフラれそうじゃん。別れたらチャンスはあるし、別に残念じゃねーよ」
「え、待って待って。なにこの三角関係みたいなやりとり……!」
興奮したように深紅がワクワクとした目線を向けてくる。それに気付いたロウが深紅にも視線を向け、親しみに満ちた笑顔を見せた。
「初めまして、だよな。俺はロウ。前、イブさんに告白したんだけどさ、フラれてそこのぶっきらぼうな男にかっさらわれた」
「えぇ――?! マジ? なにそれっ唯舞やっるじゃ――ん。あ、私、深紅! ロウさんカッコいいのにもったいなーい!」
「………………なんて?」
エドヴァルトの目つきが変わった。深紅は恋人であるエドヴァルトに対しても"カッコいい"だなんてほぼ言わない。
それなのに目の前のクソガキに初対面でカッコいいなんて言うとはどういうつもりだろうか、とエドヴァルトが不穏な空気を醸し出す。
「あれだよねーロウさんって絶対モテるでしょ? 彼女が途切れない系の男子って感じするもん~」
「あぁ、それはなんとなく分かるかなぁ……一緒にいて安心するタイプだよね」
「………………は?」
さり気なく会話に加わった唯舞に対してもアヤセが低い声を漏らした。
揃いに揃って、嫉妬深い彼氏持ちの自覚があるのかないのか分かったものじゃない。
不穏な気配を漂わせるアヤセとエドヴァルトに、次第に周囲から人が避けるようにいなくなっていった。
だがそれに気付くのはロウだけで、唯舞と深紅は恋バナ談義に楽しそうだ。
「あー分かるー! めっちゃ彼女さん大事にしそー」
「うん。記念日とかちゃんと覚えてて、サプライズとかもサラっとやっちゃいそう」
「あはは、でも残念ながら今、彼女いないんだよなー。イブさん、やっぱり俺と付き合ってくれない?」
ガッンンンンンッ!
ロウのその言葉が決め手だったのか、アヤセとエドヴァルトがほぼ同時に叩きつける勢いで射的の銃を手にする。
ピッという精算器の音だけが虚しく響くと、アヤセ達の目の前にコルクの弾が排出された。
二人は一切無駄のない動きで弾を銃に込めながら、眉間に皺を寄せ、最前線に立った時よりも剣呑な目つきで前を見ている。
その完全に据わった目を見て、思わず唯舞と深紅の口から、ひっ、という短い悲鳴が漏れた。
「――深紅、景品が欲しいんだよね……?」
「エドヴァルト、右半分全部取れ。俺は左半分取る」
「オッケー。おいクソガキ、深紅にカッコいいとか言わせるとかこの店潰される覚悟できてんだろうな?」
「…………それってさぁ、どう考えても俺、不可抗力じゃないの?」
ドン引きするロウに構わず、アヤセとエドヴァルトは戦闘中かという気迫で銃を構え、ぶっ放した。……射的のだが。
カンッ、ポーン、という軽い音を立てて一気に複数個の景品が落ちて、思わずロウもげっ、と声を漏らすがもう止められない。
コルクを詰める手さえ鮮やかに次々と落とされる景品。無表情で銃をぶっ放す成人男子二人に、異様な雰囲気に一度はいなくなったはずの人が戻ってきて人垣ができ始める。
「ぎゃー! もういらないっ! もういらないってばエド――!」
「ア、アヤセさん……ちょ、ちょっと一回落ち着きましょう?! ねぇアヤセさんってばっ!」
そんな唯舞と深紅の声はブチ切れたアヤセ達には届かない。
結局、店の景品を全て撃ち落とすまで数分とかからず、倒した景品は全て旅館に運んでおけと言い捨てたアヤセ達は最愛の恋人を連れてさっさと店を去ってしまった。
「……あんなキレやすいやつが彼氏とか……イブさん、見る目ないなぁ……」
残されたロウは少し切なげに笑いながらも、空っぽになった棚に大きくため息をついて肩を落とした。