第7話 祭りと穏やかな時間
『しんみりさせて悪かったな! 祭りを楽しんでいってくれ!』
そういつものリッツェンに戻った彼は、笑顔で唯舞達と別れた。
ざわざわとした祭りの熱気がゆっくりと戻ってくる気配がする。
「……エド」
気遣うような深紅の視線に、エドヴァルトが小さく笑ってその体を抱き寄せて額にキスをすれば、一気に深紅の顔が真っ赤に染まった。
「だから公衆面前でそういうのをやめろって言ってんのよバカ――!」
「深紅ちゃん、かき氷……かき氷がこぼれる……!」
「んあ――! かき氷が溶け……てないね?」
「俺が理力をかけてたからな」
「はぁぁグッジョブ、アヤセさん! 唯舞、とりあえずこれ食べよっ」
にこっと笑う深紅に場の雰囲気が一気に和んだ。
深紅を怒らせるようわざとキスをしたエドヴァルトは、叩かれた腕をさすりながらもシリアスクラッシャーと呼び名の高い深紅がいてくれて本当に良かったと苦笑する。
しゃり、とした氷を口に含めば、懐かしい味に思わず唯舞も深紅も笑顔が零れた。
「あー! 夏って感じ――! それにしてもさっきのタイタニックの記事とか……何年前の話だっけ?」
「1912年だから、深紅ちゃんの時代からならちょうど100年前だね」
「わ――なんかそう思うとロマンあるねぇ、でもこの世界の人にタイタニックの話とか分かんなくない? 私、映画でしか知らない」
「うーん、でもまぁ、今まで分からなかった資料を解読出来たら嬉しいと思うよ?」
「そんなもんかなぁ? あ、でも唯舞が英語ペラペラでびっくりした!」
他愛のないことのようにのんびりと話しているが、そんな二人に、アヤセとエドヴァルトは少し複雑そうな顔をする。
まさか異界人の唯舞と深紅が古代語が分かるとは予想外のことだった。
しかも唯舞の持つスマホでほんの一瞬で翻訳できるとなると、どれだけの学者が殺到するか分かったものじゃない。
そうさせないためにも、このあたりは本格的にレヂ公国大公アーサーと一度話し合わなければ駄目だなと目線だけで再度二人は確認し合う。
「学校英語程度だよ。だって深紅ちゃんだって分かったじゃない」
「私は最初だけだもんーしかもフランス語もできるとか、唯舞、凄くないっ?」
「それは大学の第二言語がフランス語だったから……ちょっとだけだよ?」
「は――なにそれめっちゃ出来る女子じゃん――! ねーエド?」
そういって振り返ってくる深紅にエドヴァルトは苦笑する。
「俺からしたら、さっきのが分かった深紅もすごく出来る女子だよ?」
「えへへ~褒められたー。あっはい、エド、初かき氷でしょ? 絶対美味しいから食べてみて食べてみてー」
「えぇぇ、だ……だって氷にシロップでしょ……」
「いいから文句言わず食べるっ!」
そう言って深紅は有無を言わせずにエドヴァルトの口にスプーンを突っ込んだ。
うぐ、と漏らしながらも口の中でふわりと溶ける冷ややかさにエドヴァルトは驚く。
「な、にこれ……面白い」
「ふっふっふ~美味しいでしょー! ふわふわのかき氷だよ。私のはハワイアンブルーで、唯舞はレモン」
「ふふ、実は色と香料を変えてるだけで全部同じ味なんですけどね」
「え、嘘?! なにそれ、そうなの?!」
ショックという顔をする深紅に唯舞はくすくすと笑って、アヤセにもスプーンを差し出した。
「アヤセさんも試してみません? かき氷」
「…………」
差し出された黄色の氷に、一拍置いてからアヤセは静かにぱくりと口にし、わずかに目を見張る。
舌に乗せただけで消える甘くて冷たい感覚。
エドヴァルトの言う通り確かに面白くて、リッツェンが水分補給にこれを選んだ理由が分かったような気がした。
そんなアヤセの様子を見ながら、唯舞は微笑みを浮かべてもう一度ピアノのほうを振り返る。
エドヴァルトの実父のものだというピアノ。
亡くなって13年の月日が経ってもちゃんと調律され大事にされてるのは、それだけ彼がこの地で愛されていたからだろう。
「バルト・シュトレインか。名の通った演者だな」
「そう、なんですか?」
「あぁ、リドミンゲル興行の楽団にいたといわれても不思議じゃない」
「へぇ、じゃあエドにも音楽の才能あったり?」
「残念だな。そいつに音楽の才能はない。歌わせたら終わるぞ」
「何それアヤちゃん酷いっ!」
「うるさい。お前は一度自分の歌を聞いてみればいいんだ。酔っぱらうたびお前の歌を聞かされる俺の身にもなれ」
「ひどい!」
そんないつも通りの会話が優しくて、唯舞も深紅もかき氷を食べながら笑った。
この胸に残るあの戦いを通して知った苦しさや哀しさを含んだ思いは、まだまだ昇華することはできない。
だけど、それでもこの幸せな日常の中にいれば――いつかはきっと、このかき氷のように優しさで溶けてくれるような……そんな気がした。