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第6話 祭りと親友の思い出と



 「おーおー、興奮して倒れやがった。……しゃあねーなぁ」



 そう言ってリッツェンがすぐに周囲に指示を出し、マイヤーの回収作業に入った。

 唯舞(いぶ)が翻訳したものはリッツェンがマイヤーの代わりに自身のバングルに保存してくれたので、唯舞も資料をマイヤーに渡してもらうよう言づけて救護室へ運ばれていく彼を見送る。

 ――まるで嵐のような人だった。

 

 

「イブちゃんもミクちゃんもびっくりしただろう。悪かったな。……おい、(あん)ちゃん達。そう心配せんでも嬢ちゃん達のことは俺のほうで箝口令を敷いとく。とりあえず大公様にも俺から一筆いれておくからそうカリカリすんなや、せっかくの祭りだぞ?」

「あぁ……助かる」

「悪いね、俺からもアーサー様に連絡するから」

 


 アヤセとエドヴァルトの様子に苦笑したリッツェンがそう言えば、少しほっとしたように二人の空気が緩む。

 当の唯舞と深紅(みく)はあまり状況が分からないようだが、これは学会を揺るがす大事件だ。

 慎重に動かねば二人は余計な事件や波乱に巻き込まれてしまうだろう。

 

 それをこの過保護すぎる恋人達(ナイト)は良しとしないだろうし、リッツェンだって彼女達には平穏に生活して欲しいと願っている。


 不意に、先ほどの唯舞のピアノと深紅の歌声が脳裏に蘇った。

 知らない曲の中で、唯一リッツェンにも耳馴染みのあった、あの年の終わり(ヤーレスエンデ)の歌。

 

 それを聴いて……()()ピアノで奏でて――



 「古代語か。あぁ……でもさっきの嬢ちゃん達の演奏を聴いたらバルトも喜んだだろうな」

 「……バルト?」



 きょとんとする唯舞と深紅をよそに、ぴくりとエドヴァルトが反応を示す。

 四ヶ月前にリドミンゲル皇国でも聞いたその名に、エドヴァルトは静かに想いを馳せた。

 


 

 *

 

 

 『――ねぇ、先生。俺の父親ってバルトっていうの?』


 

 書類に埋もれたエドヴァルトがそうルイスに尋ねれば、一拍止まったルイスが、ええ、と静かに答える。

 

 

 『バルト・シュトレイン。アインセルの著名な楽士であり、エドヴァルト様の本当の父君のお名前です。――どこでその名を?』

 『……母上が、言ってた』

 『さようですか…………お二人とも、最後にお会いしたかったことでしょうな』



 

 *



 

 「――それって、バルト・シュトレイン?」

 「あぁ。でも13年前に逝っちまったけどな。……昔……もう30年以上前か。俺とヤツはガキの頃からのダチでよ、演奏旅行先のリドミンゲルで、それこそ一生に一度の恋ってのをしたんだとよ。でも、相手はすげーお嬢様で……ありきたりかもしんねぇが身分違いで引き離されちまったんだと。けど、そん時にはもうお嬢様の胎ん中にはバルトとの子供がいたって話だ」



 リッツェンのその言葉に、はっとした唯舞達の視線がエドヴァルトに向く。そして同時に思い出す。

 この世界の太陽の女神となったキーラが残した、『バルトに……お父様によく似て素敵に育ったわ』というエドヴァルトへの言葉を。

 

 瞳を揺らす深紅の髪を、エドヴァルトは小さく微笑みながら崩さないよう優しく撫でてやった。

 


 「本当ならバルトも胎ん中の子も殺されるってところで、そのお嬢様の兄貴が助けてくれたみたいでよ。身分的にそばにおいてやることは出来ないが、そのお嬢様も胎の中の子供も絶対に守るから安心しろって言ってくれたらしい。えらく不愛想な兄貴だったらしいが、妹思いだったんだろうな」

 「……そう」



 ぐっとこぶしを握り、エドヴァルトは思わぬ伯父の優しさを知る。

 キーラの様子を思えば、例えどんなに不器用でも互いを思い合う仲のいい兄妹だったのだろう。

 今となっては、そのどちらにも会うことは叶わないが。

 


 「その兄貴のお陰もあってバルトは無事アインセルに戻ってきたが、やっぱりお嬢様のことは忘れられなくてそっからはずっと独り身だ。でも、そんな奴のもとにたま――に、差出人のない手紙が届いてな? そのお嬢様と、子供の写真だ。バルトの名前から取ったんだろうな。子供の名前が"エドヴァルト"ってのに、あいつ、喜んでたよ」



 リッツェンの細めた視線にエドヴァルトは悟る。

 彼は、気付いていたのだ。

 年齢や状況を含め、エドヴァルトが……キーラが似てきたと言った通り、親友の面影を残すエドヴァルトが、バルト・シュトレインの息子だと。

 

 それでもリッツェンがそれを断言することはなく、何事もないように言葉を続ける。

 


 「でも、お嬢様の訃報を聞いてからは体を悪くしていってな……もう長くないって時に、最後にリドミンゲルへ行ったんだよ。そしたらさっきのヤーレスエンデの曲と出会った。初めて聴いて、衝撃を受けたって言ってたな。でも調べても全然分かんねぇ曲だったから、自分の耳で覚えた限りをアレンジして残したらしい。そんで……曲の完成と同時に、星に還っちまった。――そこのピアノはな、バルトが遺した楽器の一つなんだよ」

 「……!」


 

 まさか間接的に深紅にまで繋がっているとは思わず、一同は息を呑む。

 唯舞と深紅の胸に誰の想いともわからぬ気持ちが溢れて苦しくなり、縋るように自身の恋人に寄り添えば、優しい体温に抱き止められた。

 

 キーラとバルトが出会い、恋に落ちてエドヴァルトが生まれ。

 バルトが深紅の歌と出会い、祖国・アインセル連邦へ持ち帰って歌い継がれた歌。

 そして、深紅とエドヴァルトが出会い、悲運の最期を迎えたリドミンゲル皇国。

 

 全ての始まりはきっとリドミンゲル皇国で。

 まさにかの地は、深紅とエドヴァルトにとっては運命の始まりだったのだ。




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