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第5話 祭りと古代語


 マイヤーの言う古代語とは? と疑問に思ったが、それに対しいち早く反応したのは唯舞(いぶ)だ。



 「……もしかして、英語が古代語なんじゃ……?」

 「あ、なるほど! それでさっきのヴィラクエの曲かぁ!」

 「! やっぱりそうなのですね?!」



 興奮気味のマイヤーがぐっと唯舞と深紅(みく)に迫ろうとするが、勿論それはアヤセらによって阻まれる。

 冷ややかなアヤセとエドヴァルトの視線にも負けずにマイヤーは口を開いた。



「最初聴いた時、驚いたんです。耳馴染みのない言語だと……! そうしたら知っている古代語の単語が出てきて……ッ!」

「あー……このマイヤーは古代語研究の若手(ホープ)なんだよ。最近見つかった新たな古文書の解読チームに入っててな。よーし、マイヤー。ちょっと落ち着こうぜ。おっかねぇ兄ちゃん共にやられるぞ」



 細いマイヤーの両肩に手を乗せてリッツェンが宥めようとするが、今のマイヤーにはキレそうなアヤセとエドヴァルトさえ眼中にないようだ。



「ちなみに知ってる単語って?」

「深紅、関わんなくていいって!」



 ひょっこり隙間から顔を覗かせた深紅がマイヤーに尋ねればエドヴァルトの声が飛ぶ。

 マイヤーは深紅を見るなりパッと顔を輝かせ、がさごそと斜め掛けの鞄から資料を漁りだして一枚の紙を深紅に見せた。



「僕が先ほど気付いたのはnight(ナイト)という単語です。よく見かける単語でして、これは古文書から僕が写し取ったものなんですが……」

「あー、うん、確かに歌詞にあったねぇ。もう、ちょっとエド、どいて。……えーと? ……あーほんとだ、これ英語だね。え――と…………おん、ざ、ないと、おぶ、エープリル14、1912……1912年の4月14日の夜?」

 「読めるのですね?!」

 


 資料を手に取った深紅がカタコトながらに読めば、マイヤーだけじゃなく、アヤセ達も驚きに目を見張る。



「な、なによ……そんなに驚く?」

「驚きますよ! 古代語はさまざまな形式があり全容は全く把握できてません! これは古代学全体を揺るがす大事件ですよ?!」

「…………お前、ぽんこつかと思ったら古代語が分かるのか」

「ポンコツは余計――! こ、これくらいは分かるもん! それ以降は……あれだけど……」



 アヤセに食いかかりながらも、深紅はおずおずと唯舞を見上げて資料を差し出した。



 「唯舞は、この続き分かる……?」

 「えーっと…… "|On the night of April 14, 1912,《1912年4月14日の夜、》 |the RMS Titanic struck an iceberg in the North Atlantic and began to sink,《タイタニック号は北大西洋で氷河に衝突して》| taking over 1,500 lives with her.《1500人以上の命が奪われました》"……あぁ、タイタニック号の記事だね」

 「英語ペラペラじゃーん! ってえ?! タイタニック?!」

 「うん、ほらここ。Titanic(タイタニック)って書いてる」

 「ホントだ――! え? なんでタイタニックの話?」

 「あ、あの! ちなみにこちらは分かりますか?!」

 「え? あ、フランス語ならちょっとは分かりますけど……でもこっちは……アラビア語、かな? これはちょっと分からないです。あとこの言語は……見たことない、ですね」


 

 そんな唯舞と深紅に、男性陣は驚きを隠せなかった。深紅の時も驚いたが、唯舞はさらにレベルが違う。

 


 「すごい……これは革命だ……!この第一文体をえいごというのですね……!そして第二文体がふらんす? でしたか……! こんなに異なる言語があったなんて、古代人は一体どうやって意思の疎通を図っていたのでしょう……!」

 「そりゃあ、共通語……じゃない?」

 「うん、そうだね。今ある日本……じゃなくてイエットワー語が共通語になってこっちは使われなくなったんだろうね」



 ありとあらゆる文化文明を吸い上げたこの星は、かつてはきっと、多くの他言語があったのだろう。

 だが、時の流れでそれらは淘汰されていき、最終的に残ったのが日本――イエットワー語というわけだ。

 その過程で流れてきた当時の記事なのか、はたまた、流されてきた人間が記した日記のようなものなのかは分からないが、そうした情報がこの世界には"古文書"としてまだ残っているのかもしれない。

 

 そして今、この世界(イエットワー)で多言語が理解できるのは唯舞と深紅の二人だけ。


 マイヤーはガッと顔を上げて唯舞と深紅を見た。



 「あの! お二人ともレヂ公国にいらっしゃいませんか?!」

 「行かないし、行かせない! もー用件あるならアーサー様を通して!」



 ついにエドヴァルトがキレて深紅を抱きしめるようにマイヤーから隠せば、抱きしめられた深紅は苦しそうにエドヴァルトの胸元から顔を上げた。



 「うっぷ、もー……エド! 浴衣が着崩れる……っ」

 「深紅達が古代語研究に重要な存在なのは分かったけど、それでもこの子達だけでレヂには絶対に行かせないから! ……でも、どうしてもっていうなら大公アーサー様の要請なら応えるから話を通してきて。――俺はエドヴァルト・リュトス。母はアイリィース家の人間だ。そうアーサー様に言えば、伝わるよ」

 「……エド」



 祭りの喧騒がどこか遠くにも感じるくらいにエドヴァルトは本気だった。本気でエドヴァルトは深紅を一瞬たりとも手放す気がない。

 そしてそれは、ぐっと唯舞の肩を引き寄せたアヤセも同じことで。


 ほんの一瞬重苦しい空気が流れる中、唯舞は手持ちの小さなバッグから自身のスマホを取り出した。



 「唯舞……?」

 「えぇと、ちょっと待っててくださいね」



 そういうと唯舞は何やらスマホを操作し、手元の資料をカシャリと写真に収めるといくつか操作してからマイヤーにそれを見せた。



「……うん、いいかな。あのマイヤーさん、これ記録してもらえます? この資料、今、全部翻訳したので」

「?!」


 見たこともない機器には、先ほど唯舞が読んだ後の文章が並んでいる。

 呆然とするマイヤーに唯舞は大したことないというふうに言ってのけた。



「地球……じゃない、地球にある(私の知る範囲の)古代言語は七千言語以上あったとされてます。公用語……ごく一般的に使われている言語でも二百以上なので、こういう便利な翻訳機もあって……私が今翻訳できるのは二、三言語だけですけど」



 それを聞いたマイヤーは、非常識にも思える知識の暴力に卒倒した。


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