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第4話 祭りと男達の内緒話


 興奮冷めやらぬ観衆から逃げるように、ピアノから離れた唯舞(いぶ)深紅(みく)がアヤセ達の元に戻ってくる。



 「びっくりしたーなんかいっぱい人集まってるんだけど」

 「そりゃ深紅の歌も唯舞ちゃんのピアノもすごかったもん」

 「……ピアノ、弾けたんだな」

 「あ、はい。でも全然指が動かなくて……」



 それでも嬉しそうに笑う唯舞に、アヤセはそっと手を伸ばし頬を撫でる。

 楽しかったのだと全身で伝えてくる唯舞は、初めてこの世界に来た時とは比べ物にならないほどに表情豊かで、思わずアヤセの双眸も薄く緩んだ。



 「――おぉ、どっかで見たことあると思ったらイブちゃんじゃねぇか! 髪切ってたから一瞬分からなかったぜ!」

 「……あ……」



 そう名を呼ぶ声に、唯舞が反応する。

 袖を肩までまくりあげ、全身日に焼けたその人は、むしろ漁師のほうが似合うんじゃないかという溌剌さをもつ中年の男――このアインセル第七地区首長のリッツェンだ。



 「リッツェンさん! お久しぶりですっ」

 「久しぶりだなイブちゃん! 元気そうで何よりだ、(あん)ちゃん達も一緒か……って、ん? 知らない嬢ちゃんだな」



 リッツェンの視線が深紅に向くと、首を傾げる深紅に唯舞が微笑んだ。



 「私の同郷の深紅ちゃんです。今は一緒にザールムガンドで暮らしてて。……深紅ちゃん、こちらはリッツェンさん。首長っていう、えぇーと……私達のとこでいう市長とか県知事みたいな偉い人なんだけど……」

 「はっはっはー! 最近は首長より船乗りのほうが向いてんじゃねぇかって言われだしたけどな! ミクちゃんか、よろしくな!」

 

 

 そんなリッツェンの豪快な挨拶に一瞬おっかなびっくりした深紅だが、すぐに人懐っこい笑みを浮かべる。



 「初めまして! えっと、深紅・逢沢です」

 「俺はリッツェン・バーグだ。ようこそミクちゃん、アインセル第七地区へ! ここに来るのは初めてか?」

 「初めてです! でもお祭りすっごく楽しいっ」

 「そいつぁ良かったぜ! 二人とも浴衣もよく似合ってるし、目いっぱい楽しんでいってくれよな! おぉそうだ。――おぉい、お疲れさん! こちらの嬢ちゃん達にかき氷をプレゼントしてやってくれないか?」



 そうリッツェンが近くの屋台のお姉さんに声をかけると、顔見知りなのかお姉さんは気さくにリッツェンに挨拶を交わしながら唯舞と深紅を手招きした。



 「え、えっと……」


 

 単独行動をしないよう厳しく言われている二人は、少し困ったように保護者兼護衛(ナイト)の恋人達を見上げる。



 「……お言葉に甘えて行っておいで」

 「! うんっ」


 

 エドヴァルトに微笑まれた二人は安心したようにお店へ向かい、楽しげに商品を選び出した。そんな二人を見守りながら残された男達はすっと意識を切り替える。



 「……悪いね。うちの子達が奢ってもらって」

 「いいや、戦争も終わったからな。ちょっとした礼ってやつだ。……今回は四人で旅行か?」

 「あぁ、またここに来たいと唯舞が言っていたからな」

 「くっくっく、ミクちゃんもイブちゃんの同郷なんだろう? かき氷に喜んでるあたり、ミクちゃんもうちの文化が合いそうだ。ってことは帰国を渋られんぞ?」

 「あぁもう、それは今から覚悟してるし、絶対連れて帰るから心配ないよ」



 それぞれの立場があるから多くは語れない。だが、それでも口にしなくても分かることはある。



 「最初に言っておくが、もう唯舞は俺のものだぞ」

 「ぶははは! 俺にマウントを取るな! 確かにイブちゃんがうちに嫁に来てくれりゃぁ俺も嬉しいが……」



 そう笑ったリッツェンは、かき氷を受け取って微笑む唯舞を見て目を細めた。

 アヤセは彼の息子であるロウが、かつて勢い余って唯舞にプロポーズしたことを根に持っているらしい。

 

 だが、今の唯舞を見れば二人が恋人同士なのは明らかだ。

 そして何より、唯舞は 年の終わり(ヤーレスエンデ)で出会った時よりも表情豊かに、そして、綺麗になっている。彼女をそうさせたのは間違いなくこの男だろう。



 「……ま、うちの倅も悪くはないからな! せいぜいイブちゃんにフラれないようにするこった!」



 そうリッツェンが口にしたところで、かき氷片手に唯舞と深紅が三人の元へ戻ってくる。



 「リッツェンさん、かき氷ありがとう!」

 「ありがとうございます」

 「いいってことよ! 暑いから水分補給はしっかりな?」

 「はーい」



 戦争の渦中にいたと思えない程に明るい少女達にリッツェンも思わず笑う。

 もう二度と、この笑顔がなくならないように――と、そう思った時だった。


 

 「あ、あの……!」



 ふいに声をかけられて全員が振り向く。

 そこにいたのはやけにひょろ長く、前髪で目が隠れた少し陰鬱そうな青年。だが、少し興奮気味なのかなんだか頬は上気しているような気がした。

 

 彼を見たリッツェンが、少し目を丸くする。

 


 「あんたは……確か、レヂの……」

 「はい、レヂ公国第三学術研究所のマイヤー・リドントと申します。現在、アインセル第七学府に交換留学で来ているのですが……」



 そう言ったマイヤーの目が唯舞と深紅へ向くと、自然とその視線から隠すようにアヤセとエドヴァルトが立ちはだかった。だが、それでもマイヤーの目は二人に向いている。



「先ほどの歌を聞きました。もしやお二人――――古代語に精通されているのでは?」

「………………古代、語?」



 きょとん、とアヤセ達の背の後ろで首を傾げる二人に、何かを確信したようにマイヤーは深く頷いた。


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