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第153話 運命の選択(5)


 

 「……伯父上」



 スッとエドヴァルトの視線が深紅(みく)からファインツに向かい、開いた距離を縮めるようにゆっくりと足を踏み出す。



 「残念ながら、世界は……歴代聖女(太陽の化身)は、新たな聖女を求めていないようです」



 どうしますか、と暗に含めて問えば、ファインツは動じることなくただ静かに目を閉じる。

 この場においても、ファインツはもう引くことはない。

 今日この日の為に生きてきたと言っても過言ではないのだ。

 全ては、ケイコが女神となる世界を、見届けるため。



 "――ファインツ様"



 脳裏に浮かぶケイコの姿は長い時を経て少し薄れてしまった。

 それなのにファインツの胸に宿る熱は、37年前と何も変わらないことが滑稽にも思えて。

 自嘲を含んだ僅かな痛みを抱えながらも、ファインツは決して変わることのない選択を選ぶ。



 「……何も問題はない。歴代聖女が求めようと求めまいと、今代聖女が化身となれば女神は誕生する」



 その言葉にアヤセの眉がぐっと寄り、剣を握る手が力んだ。

 己が唯舞(いぶ)を手放さぬように、ファインツの決意は、いくら自分達が言葉を重ねようとも変わることなどないのだと理解する。

 


 「――たった一人の女に全部背負わせるような世界、最初から滅びてしまえば良かったんだ」



 まるで吐き捨てる声色のアヤセにファインツの意識が向く。

 すでにいくつかの攻撃を解き放つことも可能だが、未だエドヴァルトからの指示はない。

 だからアヤセは、睨むようにファインツを見据えた。



 「唯舞に出会わせてくれたことだけには感謝しよう。だが、それだけだ。理不尽に喚んで、理不尽にあいつの命を奪うことだけは許さない」



 強い意志と意志がぶつかり合う。

 アヤセのその決意に、ついにエドヴァルトが動いた。

 強く床を蹴りつけ雷光の勢いでファインツに迫るエドヴァルトをアヤセも見逃さない。

 

 場の雰囲気が変わっても警戒を解くことなかったアヤセの理力(リイス)は、一部の隙なくファインツの足元に展開され煌めく雪の結晶の波紋となった。それと同時にファインツの上空にも稲光の閃光が縦横無尽に広がっていく。

 上をエドヴァルト、下をアヤセの理力(リイス)が挟み込むようにファインツを捉えたのだ。



 「ここで止めさせていただく! それが()()()()の選択だ!」


 

 太陽の化身となった聖女は、世界そのもの。

 その世界が今代聖女である唯舞を求めていないということは深紅やキーラを見れば明らかだ。

 それでも決意の変わらぬファインツは、迫るエドヴァルトの剣を受け止めるべく、再度手を伸ばして構えた。


 床から貫く冷気を纏った氷柱の鋭い矢先。

 それと同時に上空を(はし)る青白い稲光が天と地を繋ぐよう叩きつける轟音となってファインツに襲い掛かる。

 

 ファインツにとってはそのいずれの攻撃も、容易く躱せるはずだった。


 

 「――――!」


 

 ファインツの理力リイスがふいに途切れ、ザン、とエドヴァルトの振り下ろした刃がファインツを捉える。

 互いに予想だにしなかったのか、一瞬、スローモーションのように時が流れた。

 床から貫かれた氷柱も、天から落とされた雷も。ただ、無抵抗のままファインツを焼き尽くす。

 ファインツの胸に斜めに大きく走る裂傷から血が噴き出し、それが現実だとは思えないほどに、痛みさえもどこか遠い。


 まるで夢の一端をなぞっているように、斬られた勢いで後ろに崩れ落ちるファインツの体を、優しい風が拾い上げ、ゆっくりと柔らかな膝へと導いた。

 珍しく呆然とした様子でファインツが零す。



 「キー……ラ……」



 見上げる先には、泣きそうな妹の顔。

 ファインツの頭を膝に乗せるように地面に座り込んだキーラは、ただ、ごめんなさいと謝り、その言葉でファインツは妹の真意を悟った。


 深紅がファインツの放った理力(リイス)を消したように、キーラもまたファインツの持つ理力(リイス)を消し去って……。

 

 ――生きて話し合うことは不可能だと、ファインツを殺す道を選んだのだ。


 止まらない兄の狂気を、妹はその命を絶つことでしか救えない。

 そしてその魂は、己の太陽を求めて、死しても尚、一生彷徨い続けるのかもしれない。

 それでも――



 『深紅を、救ってあげられなかったの……エドヴァルトの大事な子だったのに』



 13年前を思い出すように、キーラはポツリと呟く。

 あの時の自分は深い眠りについていて、深紅を助けに起きることが叶わなかったのだ。

 そして深紅は、この世界に召喚されてたった半年という短い期間で命を落としてしまった。

 

 幼かったエドヴァルトに、大切な人が出来たら手を離したら駄目よと言ったのは自分だったのに。

 謝って許されることではないけれど、息子の一番大事な存在(ひと)を、よりにもよって自分の兄が奪ってしまった。

 

 ぽたり、ぽたり、とキーラの瞳から涙が溢れ、ファインツの頬を濡らしていく。

 それでもキーラは震える顔で微笑んだ。

 


 『全て、終わりにしましょう? ……お兄様』

 

 

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