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第152話 運命の選択(4)


 忽然と姿を現したのは、エドヴァルトの母であり、ファインツの妹でもあるキーラだった。

 生前の姿のまま、キーラはステンドグラスを背に静かに浮いている。



 「キーラ」



 ファインツの呼びかけに、キーラは哀しげに瞳を伏せた。



 『聖女が、揃ってしまったのね……お兄様』

 「あぁ、これで全て終わる」



 始まるのではなく終わるのだとファインツは告げる。

 彼にとって太陽の女神は、最愛の想い人を永遠にするための手段に過ぎない。

 幾人もの犠牲を強いようとも、ファインツの中の太陽は、ケイコただ一人だけなのだ。



 『……おねえさまは、望まないわ』

 「私が望む。ただそれだけだ」



 今も、昔も、キーラの言葉はファインツには届かない。

 キーラよりも先に聖女となったケイコは、今や女神への同化が進み、ほとんど意識が浮上することはないというのに。

 それでもキーラは、悲しい運命を背負う兄を止めずにはいられなかった。

 


 「邪魔をするな、キーラ。理力(リイス)となったお前達が世界の状況を一番把握しているはずだ。終焉に向かうこの世界は、八人の聖女によって崩壊を免れる。……一の犠牲で、万を救う。それは民を導く皇族として、当然の判断だ」

 「例えそうだとしても、その判断は受け入れられない」



 アヤセの声が鋭く響き、ファインツと視線が交差する。



「この世界は、太陽の女神から離れた時点で滅びに向かう終末世界だったはずだ。その最後をこの世界の人間が早めただけで、何故それを関係ない唯舞(いぶ)が背負う必要がある」


 

 ファインツの選択は皇帝として正しく、アヤセの言い分も人としてまた正しい。

 だが二人のその正義は、どこまで行っても対極で――決して交わることはないのだ。


 数秒の沈黙。

 ファインツは僅かに瞳を細めると、これ以上話すことはないとばかりに一瞥もせずに唯舞に向かって理力(リイス)を撃ち放った。

 咄嗟にアヤセが叫ぶ。

 


 「……エドヴァルト!」

 「これは善悪を語る問題ではない。新たな女神が生まれなければ、世界は救われない」



 攻撃の先、唯舞の動線上に立つのはエドヴァルトだ。

 だが、その目は現れた母の存在に動揺してわずかに判断を鈍らせる。

 ファインツの攻撃は、エドヴァルトもろともオーウェンの障壁を消し飛ばす……はずだった。

 


 「…………?」



 両手を顔の前でクロスし、防御の体勢を取ったエドヴァルトだったが、凄まじい理力(リイス)の圧に全身が総毛立っても体が痛む気配はない。

 何が起きたのか分からず、怪訝に思った瞬間――

 

 

 『まったく。成長したのは見た目だけなの?』



 そろりと目を開けたエドヴァルトの耳に飛び込んできたのは、そんな声だった。

 母に続き、忘れたこともない……何よりも誰よりも恋焦がれた声。

 信じられないと急いで顔を上げれば、半透明な長い黒髪がふわりと宙に舞った。

 時が止まったように、エドヴァルトは()()から目線をそらせない。

 

 自分よりも小さい背中。

 顔を見なくても、誰かなんてすぐに分かった。

 あの日と同じ。

 13年前のあの日と同じ、変わらぬ声と姿。



 「()……()……?」



 震えながら呟くエドヴァルトに、深紅は困ったように笑いながらも振り返る。



 『うん。……久しぶり、エド。カイリにオーウェンも』



 エドヴァルトの顔がくしゃりと歪んだ。

 思わずカイリが泣きそうな表情で口元を覆って、オーウェンもただ呆然と見上げる。

 


 「……歴代聖女が、ふたりか」



 場の空気が一変したことにファインツが呟く。

 深紅はファインツの理力(リイス)を消し去った。理力(リイス)よりも高位な太陽の化身となった聖女は、人の身であるファインツでは抗うことが難しく、そのせいで唯舞に施した術式も反応しなかったのだと悟る。

 それは太陽の化身たる歴代聖女達が、唯舞を化身にすることを拒んだということに他ならない。

 ファインツがキーラに目線を送れば、彼女は肯定するように、ただ、哀しげに微笑んだ。



 「…………ほんとに、深紅?」



 そんなファインツから離れた場所でもまた、エドヴァルトが動揺を隠せずにいた。

 震える声と瞳に、深紅が少し怒ったように両手を腰に当てて声を荒げる。



 『もう、しっかりしてよねエド! ちゃんと唯舞を守って! それが封本を残した私の願いなんだから!』

 「……深、紅」


 

 言いたいことも、伝えたいことも山ほどあった。

 姿が半透明なことを除けば、深紅は13年前と何も変わっていない。

 だが、そんな深紅が今のエドヴァルトに願ってるのは――言葉ではないのだ。

 

 ぐちゃぐちゃになった感情全てを一旦押し込むと、一呼吸の後、エドヴァルトは思いきり自らの頬を殴りつけた。



 『エド!?』

 「ってぇ……」



 痛みに顔を顰めるエドヴァルトの元に慌てて深紅が舞い降りる。

 例え、触れられなくても。

 エドヴァルトは求めるように手を伸ばし、深紅の頬に手を添わせた。



 「ごめん、深紅。やっと目が醒めた」

 『ば……ばっかぁ……心配させないで!』

 「ごめんね」



 慌てる深紅を愛おしげに見つめるエドヴァルトに、迷いは、もうない。

 唯舞を守ることが深紅の願いなら。

 エドヴァルトにそれを拒む理由などないのだ。


 

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