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第151話 運命の選択(3)


 アヤセ達の戦闘を見守りながら、唯舞(いぶ)は胸の前でぎゅっと手を握る。



 「イブ」



 そう名前を呼んだのはランドルフだ。

 リアムとは違って、彼とちゃんと言葉を交わしたのは年の終わり(ヤーレスエンデ)の10日間だけ。

 しかも、そのうちの三日間はアヤセ達とアインセル連邦に行っていたから、実質的な付き合いはたった一週間。

 職務上の連絡は取っていたものの、恐らく唯舞と一番接点が少ないのが彼だった。


 カイリの親戚で同じテナン一族のランドルフは、アルプトラオムの中で一番口数が少ない。だがその分、状況判断と任務への忠実さは群を抜いている。

 


 「何をするのか知らないけど、傷ひとつ付けさせないから安心していいよ」

 「ランドルフさん……」

 「そうですね。中佐に絞められるのだけはごめんですっ!」



 アルプトラオムでは非戦闘員の枠組みのリアムとランドルフだが、一般軍人、もとい前線兵士より遥かに強い。

 現に、後方まで吹っ飛んできた瓦礫が障壁に届くより先にランドルフの風刃が全て叩き落としていた。

 

 目にも留まらぬ速さで繰り広げられる戦闘に、唯舞はもう一度アヤセ達のほうに視線を向ける。

 

 さすがは最強と謳われるアルプトラオムの戦闘陣。

 普段は単騎か、せいぜい二人編成(ツーマンセル)なのに四人での連携でも一切乱れがない。

 

 だが、そんなアルプトラオムであってもファインツの障壁を剝がすのに四人がかりなのだ。


 唯舞は祈るよう両手を合わせ、ゆっくりと目を閉じた。

 戦闘音が耳に届く。

 だが、出来るだけ内に意識を集中して、深く、深く、自分の中に潜っていく。



天照大神アマテラスノオオミカミ……お願い……どうか、届いて……)


 

 ――ちゃぽん。と、水の落ちる音がする。

 

 水は波のように広がって唯舞の湖面を揺らした。

 

 ゆらゆら。

 ゆらゆら。


 幾重にも重なる薄い円が湖面に広がっていく。

 

 それなのに、波紋はある一定まで広がると緩やかにその律動を止めてしまったのだ。

 


 (っ! 届かない!)



 本能が理解する。

 僅かに見えた水底の光。ゆらゆらと揺蕩う光こそがきっと天照大神アマテラスノオオミカミに続く糸なのに。

 唯舞の願いは、遮られた水面によって届かない。

 

 ――喚べないのだ。この世界に、女神を。


 激しい衝突音にハッと意識が戻る。

 少し離れた列柱の一つにカイリが激しく叩きつけられ、崩れ落ちる様子に唯舞の悲鳴が漏れた。



 「カイリさん!」

 「ダメ」



 思わず駆け出しそうになった唯舞をランドルフが止める。

 見上げたランドルフの表情は涼しく、リアムもそうですよ! と彼に同意した。



 「むしろ今の少佐に近づいたらダメです。巻き込まれますよ!」

 「巻き込まれるって……何、に……?」



 回復役のオーウェンは動かない。しかも、リアムもランドルフもカイリには近づくなという。

 

 困惑する唯舞を傍目に、カイリの口元がにたりと歪んだ。

 瞳孔が開き、恍惚とした表情を浮かべてゆるりと立ち上がったカイリの姿は、唯舞の知る普段の彼ではない。

 


 「……ほら、言ったでしょ。心配しなくてもカイ兄はあの程度じゃ止まらないよ」

 「そうですよ。少佐は怪我すればするほど戦闘が楽しくなるタイプですから」



 二人にそう言われて、唯舞は今まで何度もカイリはアルプトラオム一の戦闘狂なのだと言われていたことを思い出した。

 アヤセを始めレヂ公国大公アーサーにまでそう言われたカイリは、狂気にも似た顔に愉悦を滲ませると、カツンと赤いハイヒールを一度鳴らしてファインツまで一閃に駆け抜け、炎を纏った大剣を振り下ろす。

 

 一瞬の間を置いて、熱のこもった爆風が美しいステンドグラスを木っ端微塵に吹き飛ばした。



 「あー……せっかく綺麗だったのに」

 「しょうがないね。カイ兄も久しぶりの強敵で楽しいんだよ」

 「というか少佐はよくハイヒールで戦えますよねー」

 「あれ、カイ兄のお気に入りだから」



 淡々としたリアムとランドルフのやりとりに本当に大丈夫なのだと安堵したが、同時に悟る。



 (むしろ大丈夫じゃないのは……私のほうだ)


 

 ――喚べなかった。


 天照大神アマテラスノオオミカミを喚ぶという切り札しか唯舞にはなかったのに。

 もしもそれが叶わなかったら、唯舞が死んで新たな女神を誕生させねば、この世界は滅びてしまう。



 (どう……しよう)


 

 ぐるぐると思考が回って吐きそうだった。

 アヤセ達が命を懸けて時間を稼いでくれているのに、女神を喚べなければどうしようもない。

 心臓の音が全身に響くような焦燥感に苛まれ、動悸に足元が震えそうになったその時。


 ふわりと、優しいあたたかな風が唯舞の頬を撫で、反射的に唯舞が顔を上げた。



 『――……お兄様』



 動いていた全てが、止まる。

 アヤセ達も……ファインツも。

 戦闘音が嘘のようにかき消えた。

 

 ファインツの後ろ……一番大きなステンドグラスを背に一人の女が宙に浮かんでいる。

 ――別れた時と同じ、栗色の柔らかな髪と瞳で。

 

 それを見て、見開かれたエドヴァルトの唇が震えた。

 

 忘れることも、見間違うこともない。

 


 「……母、上……?」



 そう呼ばれた彼女は、切なげな笑みを口元に浮かべ、最愛の息子に微笑んだ。



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