第149話 運命の選択(1)
アーチ型天上と三方に縦長のステンドグラスが囲む皇国随一の大聖堂。
荘厳な主祭壇に立つのは皇帝ファインツただ一人だ。
その数メートル先――ちょうど地下の聖女召喚紋の真上に展開された魔方陣の上に佇む唯舞の足は、囚われたように動かない。
理力封じの首輪に刻まれた隷属術式によって身動きが取れないアヤセは僅かな焦りを眉に滲ませた。
連れてこられたとき同様、塔から瞬時移動させられたアヤセは、まるで獣のように鎖に繋がれて唯舞の元へは行けないのだ。
「……どうやら術式が上手く作用しないようだな」
ファインツの無機質な声が響く。
レヂ公国やザールムガンド帝国でも感じたあの蛇のような悪寒は、深紅がいても今も唯舞の足元にくすぶっていた。
だが、それでも持ち前の表情筋の薄さを活かし、唯舞は一切反応することなくファインツを見据える。
――あー……これ、加護反転だよ。
(……加護反転?)
脳裏に響く嫌そうな深紅の声に唯舞は聞きなおした。
――そう。太陽神の加護って生命と豊穣でしょ? でもそれが反転すると死滅と枯渇になるの。特にうちらは加護が強いから、そのぶん痛みも反動も強いんだよ。
加護が呪詛となり、本来は与え癒す力が、奪い蝕む力となる。
そんな術式が唯舞の足元には展開されているのだと深紅は言った。
(あぁ、だから吸収される時ってあんなに苦しかったんだ……)
――うん。かなり高密度な術式だから長くは持たないと思うんだけど、なんせファインツ様だからなぁ。
悶々と考え始める深紅に、唯舞は心の中でそっと微笑む。
(深紅ちゃんがいてくれて、本当に良かった)
――へ? ど、どうしたの急にっ。
照れたように慌てる深紅に、思わず表情が出そうになりなんとか耐える。
深紅は、生命力吸収を防いでくれているだけではない。最後の場で立ち向かう力を与えてくれているのは、他でもない、深紅の存在なのだ。
――……大丈夫だよ、唯舞。
かつて夢の電車で聞いた時と同じ声色で深紅が笑う。
――もうすぐ、迎えが来るから。
ドガァァァァン!
深紅がそう言うと同時に大聖堂の扉が蹴破られるように弾け飛び、とっさに動く半身だけで唯舞も振り返った。
勢い余った破片が散らばる轟音からの静寂。
濛々と反射する光を背に、うっすらと影が浮かび上がる。
「はいこんにちはー! 本日はお日柄もたいっへん良くー!」
大聖堂には似つかわしくない大声なのに、祝福するかのような春の陽ざしが彼らの背に注がれて、思わず唯舞も少し泣きだしそうな顔で微笑んだ。
「――実に滅亡日和ですね? 伯父上」
不敵に笑うエドヴァルト。そしてザールムガンド帝国最強と謳われたアルプトラオムの姿に一瞬ファインツの意識が動く。
だがそれよりも早い、一秒にも満たない、ほんのコンマ数秒の隙をつき、ランドルフの風の理力に乗ったカイリとエドヴァルトが一気にファインツに攻撃を仕掛けた。
衝撃が聖堂を揺らし耳をつく爆音と共に、オーウェンがアヤセを、リアムとランドルフが唯舞救出に動く。
繋がれたアヤセの鎖と首輪を一瞬で把握したオーウェンが、理力を込めた指先で強引に首輪を引きちぎれば一瞬の締め付けにぐっとアヤセが呻いた。
「脳、筋が……っ」
「あぁ?! このほうが手っ取り早ぇだろーが! いったん下がるぞ!」
素早くアヤセを連れ、後方に撤退するオーウェン。
「イブさん!」
「リアムさん……ランドルフさんっ!」
「もう少し待っててイブ。……これ、本当に面倒な術式だね」
唯舞の足元に展開される魔方陣をランドルフはじっと見つめた。
――この術式は一歩間違えれば唯舞の命にかかわる。
ランドルフの瞳に強い光が宿るも短い時間で理力解析をし終えた彼は、最適解を導くままに一気に理力で魔方陣全体を的確に切り裂いた。
パリンと軽い音を立てて足元の魔方陣が消滅し、自由を取り戻した唯舞の体をリアムが抱えると一瞬でオーウェンやアヤセのいる後方まで退避する。
「唯舞!」
「中佐……っ」
地面に降ろされた唯舞が真っ先にアヤセの元に向かった。
他のアルプトラオムがいるからか慣れ親しんだ名称呼びだったが、それでもアヤセは迷うことなく唯舞を抱きしめる。
「いやぁー……後方がほっんと楽しそうなんだけど」
「そうね、ぜひ混ざりたいわ」
バチバチと閃光を散らせながらエドヴァルトとカイリが笑った。
二人がかりで押しきっているというのに、阻むファインツの障壁は13年前と変わることなく相変わらず強固だ。バチバチと理力が干渉し、火花のように散る。
「その体で来たのか、エドヴァルト」
「うちの回復は優秀なんですよ。あと俺も、頑丈なんで……っ!」
弾き返されながらも体勢を立て直し、エドヴァルトは再度真正面から向き直った。
全てを許せたわけではない。
キーラも、深紅も。二人を喪ったエドヴァルトの過去は呪いにしかならない。
それでも……唯舞も、アヤセも取り戻せた。
ならばやることはあと一つ。
目の前に立ちはだかる男――ファインツを止めるだけだ。




