表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

147/174

第147話 終焉前夜


 唯舞(いぶ)を守ると言ってくれた深紅(みく)は、二匹の使い魔と同じく、溶けるように唯舞の中に入ってくる。


 

 ――あ、唯舞。私はにゃんこ達と寝てるから、安心してアヤセさんとイチャついてもいいよー?

 「深紅ちゃんっ!」


 

 唯舞にしか聞こえない深紅のにやにやとした声に思いきり抗議の声を上げれば、笑いながら深紅の気配は消えてしまった。



「あ! も、もう……!」

「……何だ。あいつが何か言ってきたのか?」



 いつの間にかそばに来ていたアヤセが唯舞に声を掛ければ、見上げる唯舞の目は動揺したように揺れている。

 


 「な、なんでも……ない、です」

 「……そうか」



 アヤセが唯舞の頬に触れれば反応するように唯舞の体が小さく跳ねた。

 それだけで唯舞が深紅に何と言われたかなんて予想がついて、ほんの少しだけアヤセは口元を緩める。



「子供に気を遣われるとはな」

「え?」

「……なんでもない」



 軽く唯舞の頭にキスをすれば、困ったような視線がアヤセに向けられた。

 その瞳がどうしようもなくアヤセの自制を乱すことを唯舞は全く理解していない。



 「深紅は?」

 「えっと……多分、ノア達と寝てます」

 「なら邪魔は入らないか」

 「ひゃぁ!」



 ぐっと抱き上げれば、見下ろしてくる唯舞の顔は分かりやすいほどに真っ赤に染まっていた。

 アヤセは少し見上げて唯舞に尋ねる。



 「とりあえず、ソファとベッドはどっちがいい?」

 「な、なんの選択です?! それ選んだらどうなるんですか?!」

 「……それはお前次第だな」



 羞恥に震える唯舞に対し、アヤセは冗談だ、と喉奥で笑いを噛み殺して唯舞を抱いたままソファに腰を下ろした。

 お姫様抱っこの要領で膝に抱きなおせば自然と顔の距離が近づく。

 どこからどこまでが冗談なのか、本当に分からない。

 

 

 「……アヤセさんが、こんなに距離が近い人だとは思いませんでした」

 「何か不都合があるか?」

 「…………ない、ですけど」


 

 さらりと落ちた髪をすくうように耳にかけられると、どうにもくすぐったい。

 今までも距離は近かったけど、想いを伝えあった後のアヤセは唯舞の気が動転してしまうくらい、甘やかに触れてくる。

 


 (もうっ深紅ちゃんが変なこと言うから……!)


 

 仕事でも日常でも常にクールなアヤセだったから、こんなふうに大切に扱われると、どうしたらいいのか分からなくて……

 それを隠すよう唯舞はアヤセの肩口にそっと顔を寄せた。



 「明日は、お前に一番頑張ってもらわないといけないな」



 アヤセの指先が唯舞の髪を撫でる。

 明日、天照大神アマテラスノオオミカミをこの世界に召喚できるか否かで唯舞の生死は分かれるのだ。

 


 「この首輪が忌々しいが、俺の手では外せないからな。エドヴァルト達が間に合えば何とかなる」

 「大佐達は、ここが分かるんですか?」

 「ノアに案内させる。お前の中には深紅とブランがいるから問題ないだろう」



 なるほど。それならエドヴァルト達が迷うこともないだろう。

 

 ――だが。

 


 「…………深紅ちゃんは、どうなるんでしょうか」

 「……」



 唯舞の髪を撫でていたアヤセの手が止まる。全ては過程の域を出ないが、それでも、僅かな可能性を信じるなら。


 

 「理力(リイス)として自我が残っている深紅ならば、器さえあれば戻ってこられる可能性はある」

 「……器……」

 「深紅の器――体は、理力(リイス)になったんだ。それなら、完全にこの世界から消えたわけじゃないだろう?」

 「あ……!」


 

 そうだ。深紅の肉体は理力(リイス)に溶けただけで失われたわけじゃない。

 全ては明日になるまで確認しようのないことだけど、もしかしたら、深紅を女神ではなく、人間(ひと)に戻すことも可能なのかもしれない。



 (――みんなが幸せになる未来を)



 唯舞もアヤセも、エドヴァルトも深紅も。

 世界も、ファインツも。

 

 最初はリドミンゲル皇国が自国繁栄のためだけに聖女を召喚し、その命を奪っているのかと思っていた。

 でも実際は、手段はともかく、繁栄の奥にはこの世界の再生への道も隠れていて。

 亡き聖女を愛したファインツは、不器用なやり方でしかこの世界を守れない。彼女が女神になる、この世界を。

 

 全てを望むのは欲張りな願いなのかもしれないが、それでも唯舞は全てを願い、祈りに込めた。

 

 

 「――唯舞」


 

 ふと、アヤセの声が唯舞の思考を遮る。

 唯舞が顔を上げれば、目の前のアヤセと視線が交わり、ゆっくりと唇が降ってきた。



 「……ん……」


 

 抱き込むように頭を支えられれば、もうアヤセから逃げられない。

 乞われるままに唇を重ねれば、吐息が漏れ、切なさに思わず強く目を瞑った。

 アヤセの唯舞を見つめる視線はどこまでも熱を帯びていて、乱れた呼吸に、身体も心も、脳さえも侵される。

 唇から入り込む熱さえも、自分を求めてくるアヤセの全てがたまらなく恋しくなる。

 

 

 「あ、や……っ」



 呼吸の合間、吐息交じりに自分の名を呼ぶ唯舞にアヤセが双眸を緩ませた。

 こんなにも愛おしい存在を、今さら手放せるわけがない。

 唯舞の震える睫毛に視線を落とし、アヤセは静かに口を開いた。


 

 ――お前だけを、愛してる。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ