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第144話 滅びゆく世界の理(2)



 「唯舞(いぶ)



 お披露目のドレスのまま、ベッドに横たわる唯舞に触れれば微かに視線が揺れた。


 

 「ちゅ、ぅ……さ……?」

 「……お前にとっては、まだそっちの呼び方のほうが馴染みがあるか」


 

 労わるように髪を撫でれば、唯舞の意識が僅かに浮上する。

 半年間そう呼んでいたのだから昨日今日で変えられるはずもない。

 想いを伝えあって恋仲となったのは、つい昨夜のことだ。


 

 「……ぁゃ、せ……さん……」

 「――あぁ。気分はどうだ」



 ふっと緩んだアヤセの表情が、今は胸が締めつけられるほど愛おしい。

 自分のものとは思えぬほどに重い腕を持ち上げればすぐにアヤセに受け止められ、唯舞は安堵したように息をついた。



 (あぁ……この手だ)



 ファインツに手を取られ、共に歩いた時を思い出す。

 触れられた手の感覚ですぐにアヤセではないと分かるほどに彼が恋しかったのだ。

 握られた手の温もりに唯舞は淡く微笑み、そのまま身を委ねればぼんやりと意識も記憶も戻ってくる。

 


 「首、大丈夫ですか……?」

 「首? ……あぁ問題ない。それよりお前は? 変なことされてないだろうな」

 「ふふ……大丈夫、です。されてないですよ……着替えて、お披露目に出ただけで……」


 

 純白のドレスを着てファインツにエスコートされる様は、さながら死に向かうヴァージンロードだった。

 アヤセではない男の手は唯舞が求めたものではない。

 それを思い出して、沸きあがる感情を抑え込みながらも唯舞が小さく呟く。

 

 

 「明日だと、言われました。明日、世界のために死んでほしいと……」

 「無意味だな。無視しろ」


 

 有無を言わせぬアヤセの言葉に唯舞は苦笑したが、でも、うまく笑えなかった。

 笑おうとした口元が震えて、はらはらと涙がこぼれ落ちる。

 

 死を眼前にした途端、恐怖が体を支配し涙が止まらない。

 昨日まで無自覚に聖女として生き、今日、リドミンゲルの民に聖女として認められ……そして、明日、死ぬのだと。

 そう思ったら、一度は自ら離れることを決めたのが嘘かのように恐ろしくなった。

 

 

 「ぃ、やです……アヤセさんと、離れるのは……」

 「大丈夫だ。お前を離すつもりはないと言っただろう。それに、明日にはエドヴァルト達が来る」

 「……大、佐……が?」



 指先で唯舞の涙を拭い、視線を合わせる。

 今のアヤセの役目は出来うる限りの未来を唯舞に見せることだ。



 「あぁ。少佐も大尉も、リアムもランドルフも。明日にはお前を迎えに来る」

 「で、も……大佐……怪我……」

 「あいつの生命力は底なしだと言っただろう。大尉もいるし問題ない。行程を考えれば、恐らく明日の朝には到着する。――だから大丈夫だ」

 

 

 アヤセしか映ってない潤んだ瞳がぐっと耐えるように歪んだ。

 宥めるように額を合わせて、静かにアヤセは唯舞に問いかける。

 

 

 「今度、一緒にアインセルへ行くと言っただろう?」

 「………………はい」

 「実家にもまた顔を出してもらわないと困る。あと、エドヴァルトとリアムとケーキバイキングに行くのは許可しない。行くならミーア先輩にしろ、いいな?」

 「……ふ……ふふふ、なんでアヤセさんがそれ知ってるんですか。内緒にしてたのに」



 ようやく笑みを浮かべた唯舞を見て、アヤセは少しだけ口元を緩めて唯舞の目元に口づけた。

 間近にあるアヤセの頬に唯舞が触れれば、そのまま覆いかぶさるように重みが加わり、手を繋いだまま二人の唇が重なる。


 アヤセの体温も、唯舞の柔らかさも。

 全ては生きていることの証明だ。

 しばらくの時を静寂の中重ねれば、若干照れたように唯舞が視線をそらした。


 

 「ドレス……皺になっちゃいます……」

 「別にいいだろう。大体、リドミンゲルが用意したドレスなんて着る必要もない。――脱げ」

 「は?! い、いやですよ……!」

 「どうせ一人では脱ぎ着できないだろう」

 「で、出来なくは……ないですよ? ……多、分……」


 

 そういえば、ファスナーは背中だった。

 やろうと思えば出来るが、目の前の男がそれを許すかと思えばちょっと分からない。

 押し問答の末、結局アヤセにファスナーを下げてもらうことになり、背中を向ける形で唯舞はベッドにおずおずと座り込む。

 長い髪は前に垂らして首筋をアヤセの眼前に晒せば、後ろから抱き寄せられる形で首筋に唇を寄せられ、思わず変な声が漏れた。


 

 「ひゃ、っ!」

 「――こんなドレス、着たいならいくらでも着せてやる」


 

 肩口にアヤセの感触を残したままに背中のファスナーが下ろされ、唯舞はぎゅっと身を縮こまらせる。

 やけにファスナーの音が大きく響くのに、腰にまとわりつく腕からはどうやっても逃げ出せそうにない。


 

 「さて、作戦会議でもするか。――俺よりも先に白のドレスを着せるとは、この国はどうやら滅びたいらしいからな」

 「~~!」


 

 ぢゅ、と痕が付くほど首に口づけられれば、唯舞にはもう、なす術もなかった。


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