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第143話 滅びゆく世界の理(1)


 

 「……生命力を己の理力(リイス)で補充するとは、さすがの保有量だな。シュバイツ中佐」

 


 唯舞(いぶ)を抱いて塔に連れ帰ったファインツがまずそう口にした。



 「唯舞に、何をした」

 「……何も。ただ民の前で聖女の顕現を賜っただけだ。焚いた香の影響で意識がやや混濁しているが、じきに戻るだろう」

 「何も? 逃走防止の香とは笑えるな」


 

 僅かに届いた独特の匂いにアヤセが眉を(ひそ)めればファインツは何も言わずに唯舞をベッドに運ぶ。

 アヤセは隷属の首輪の影響もあり、震える膝を叱咤して睨みつけるだけで精いっぱいだ。



 「致し方ない。本来ならば我が国で半年を過ごし、聖女としての自覚を得た上での祝祭だ。だが、今代の聖女は甥の戯れで実に自由奔放な生活を送っていたようだからな」

 「……なるほどな。名前も呼ばず、友や近しい者も作らせず。周囲から隔離して、半年かけて聖女の心を閉ざしたか」



 あの深紅(みく)でさえ、初めてエドヴァルトに会った時は塞ぎこんでいたという。

 それはこの国が、半年の時間をかけて彼女の心を蝕んでいたに他ならなず、深紅が辛うじて自我を取り戻したのはエドヴァルトと、祖国の歌が支えになったからだ。

 

 ファインツは無言のままベッドで眠る唯舞に視線を落とす。

 お披露目の儀の後、意識を失った彼女を抱き上げればその重みと温もりに、遥か過去の記憶が僅かに蘇った。



 (――時は来た。今代聖女の信仰は集まり、その恩恵はリドミンゲルだけではなく、全世界に行き渡った)



 レヂ公国、アインセル連邦、ザールムガンド帝国、そして……リドミンゲル皇国。

 星に繋がれば繋がるほど、聖女を認識した世界は求めるように彼女の生命力を吸い上げる。

 

 

 「唯舞が各国で星と繋がったのは、お前のせいか?」

 「……星との繋がりを近めただけだ。エドヴァルトがいる限り、聖女を呼んでも我が国には来ないだろう。それなら、他国で聖女としての役割を果たしてもらったまで」

 「つまり、あの精鋭部隊はお前のその術式を各地に展開するために現れたんだな」

 「…………なるほど。噂にたがわず実に優秀だ、シュバイツ中佐」



 ――聖女がリドミンゲルに留まっていなくても特段問題はない。

 

 戦場で聞いた目の前の男の言葉がずっと引っかかっていた。

 そして今まさに自分の勘は正しかったのだとアヤセは眉を顰める。

 

 唯舞がリドミンゲル皇国の召喚をまぬがれた後、他国に精鋭部隊や間諜が現れたのはただ聖女を探していたわけではない。

 大地と繋がりやすくなるファインツの術式を、それぞれの地に展開させていたのだ。

 ――聖女(唯舞)がどこにいても生命力を吸収されるように。

 

 あくまでもレヂ公国で唯舞を見つけた精鋭部隊が襲撃してきたのは、オマケに過ぎなかった。本来の目的はとっくに果たされていたのだ。

 

 だからこそ、半年の間ファインツは唯舞に対し術式以外の接触をしなかった。

 真意はファインツの胸の内だが、最後の聖女くらい――狭いこの塔の中ではなく世界を見る時間を与えたのかもしれない。


 

 「唯舞がいないにも関わらずお前達の加護が途切れなかったのは、各国で吸収した生命力を使っていたからか」

 「そうだ。私の術式で吸収した力が私の元に戻る。それだけのことだ」


 大地に流れる聖女の力を、一部流用していたからこそ聖女不在でも過去同等の強さを誇っていた。

 それに気付くとはやはり優秀だな、と、今まで幾度も自軍を追い込んだ目の前の若き将校を見やる。

 

 だが、全ての準備は整った。

 どんなに彼らが唯舞を守ろうとも、唯舞は聖女として各地を巡り、人々の信仰を受け、そして明日、星に還るのだ。

 

 

 (ケイ……明日にはお前がこの世界の女神だ)

 

 

 無意識に唯舞の長い髪の毛にケイコを重ねる。召喚される異界人聖女は、皆、美しく長い髪だった。

 だが、触れようとした手をぐっと握りファインツは踵を返す。



 「――そうだ。教えておこう。前線が崩壊した」

 「!」



 ドアの前で足を止めたファインツは振り返ることなくアヤセに言う。

 報告によれば、アヤセを除くアルプトラオムの姿が確認された。

 唯舞やアヤセの奪還と、恐らくは長年続いたこの戦争の終着をエドヴァルトが選んだのだ。

 聖女お披露目の儀を済ませたあとは撤退許可も出していたから、自軍の損失も少ないだろう。


 ここまできたら、もう誰にも止められない。

 悪でも、そして、正義でもない。

 誰かが誰かを想った果てが、対立しかない。

 ――ただ、それだけのこと。


 

 「明日には、この皇都にもアルプトラオム率いるザールムガンド軍が侵攻してくるだろう。エドヴァルトもいるようだ。蹂躙は行われていない、無血開城の要請は届いたが、明日の私は女神の誕生を寿(ことほ)ぐことで忙しい。だから今夜が、聖女の最期の夜になるだろう」

 「……ならない。唯舞は、死なせない」



 ファインツには届かないと分かっても、アヤセはファインツの望む未来を拒絶する。

 自分の未来には、いつものように隣で笑う唯舞がどうしても必要なのだ。


 

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