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第140話 物騒な激情


 考えることは多い。

 つい、とアヤセは視線をベランダに向けるとそれを凝視した。



 「……アヤセさん?」

 「高難易度の保存と逃走防止。……面倒な組み方だな、()()性格をしてる」



 腕の中に唯舞(いぶ)を引き寄せながらも、アヤセの目は理力(リイス)分析のためか僅かに光り輝いた。

 


 「部屋にかけてあるんですか?」

 「部屋と、塔の二重だな」



 唯舞や深紅(みく)のスマホもそうだが、保存を使うと状態が維持され、充電が減ることもなくなる。

 アルプトラオムの宿舎にも似たような術式が刻まれているが、そちらはさらに上位版で、巻き戻し効果――ようは一定間隔ごとに空間が元の状態に戻るのだ。

 掃除不要で常に綺麗な状態を保てるこの術式は、男所帯にとっては大変ありがたい仕様である。

 だが、この快適な軟禁部屋には宿舎よりもさらに細かい理力(リイス)が刻まれているらしい。


 

 「だから飲み物も入れ替わるんですね」

 「だろうな。ここまで緻密に組まれてるならお前の服も元に戻るはずだ」



 ぼろぼろの状態でこの部屋に投げ込まれたアヤセはともかく、アヤセの血で汚れた唯舞の服なら時間経過で元に戻るらしい。掃除だけではなく洗濯も不要とあれば主婦垂涎ものの術式だ。



 「この部屋が聖女の為にあつらえられているというのは本当のようだな。ここまでの理力(リイス)構成は、俺でも面倒だ」

 「……じゃあここの理力(リイス)を刻んだのは」

 「あの男だろうな」



 戦場にいた、あの時を思い出す。

 アヤセに抱きかかえられていたから最初に聞こえたのは声だけ。この部屋で改めて言葉を交わした時もその印象は変わらず、エドヴァルトと同じ色を持つのにどこまでも仄暗い。


 それなのに、身に纏う理力(リイス)だけは圧倒的に強い、リドミンゲル皇国現皇帝ファインツ・リドミンゲル。



 「大佐は……大丈夫でしょうか」



 瞬時移動と共に辛うじてあった意識も途絶えた唯舞には、エドヴァルトの無事を確認することさえできない。



「…………エドヴァルト(あいつ)はリドミンゲルの次期皇帝だ。足止めはしても殺しはしない。それにあいつの生命力は底なしだから心配するな」


 

 アヤセが宥めるように唯舞を撫でた。

 唯舞を不安にさせないよう倒れた時のエドヴァルトの様子は伝えない。

 あの状態なら昏睡状態に陥っても不思議ではないが、そこはエドヴァルトの生命力を信じるしかなかった。



 「それより……」


 

 引っかかるのは、ファインツがエドヴァルトに言った"お前も、私も、当時の皇弟さえも叶わなかった願い"という言葉。それが意味することを分からぬアヤセではなかった。

 手の中の温もりに触れれば、首を傾げるように唯舞がアヤセを見上げる。


 

 「深紅の前はエドヴァルトの母親だったな。それならそのひとつ前の聖女が、あの男の求めた女か」

 「……え?」

 「ファインツ・リドミンゲルも、俺たち同様……聖女に溺れた男のひとり、ということだ」



 見上げる唯舞の額にそっと口づける。

 この存在を知れば、誰だって昔には戻れない。最愛を喪ったファインツは、そうして心を決めたのだろう。


 

 「――いつか女神になる女の為に、世界を救うつもりか」

 

 

 唯舞を女神にさせないが為に世界を滅ぼすと決めたアヤセとは相反する選択を、ファインツは選んだ。

 女神になっても、彼女が人だった時の温もりに縋るよう、ファインツは世界を護るのだ。

 

 

 「深紅ちゃんの前の異界人聖女は、確か……ケイコさん、だったと思います」



 深紅が残した封本に書かれてあった名前、Tanaka(タナカ) Keiko(ケイコ)の名を思い出す。

 年代周期を考えれば今から40年近く前に召喚された日本人のはずだ。そう考えれば、ファインツとの年齢も合う。


 

 「皮肉な話だな。自国が喚んだ聖女なのに、リドミンゲル皇族は揃いに揃って聖女に溺れるとは」

 「……じゃあ、私が最初からこっちに来ていたら、アヤセさんじゃない人と出会ってたんですかね?」

 「は?」

 「え? だって私がリドミンゲルに召喚されてたら……ッ」



 その後の唯舞の言葉は続かなかった。

 強引に腰を引き寄せられ、体を抱き込み、頭を固定して奪うように口づけられる。

 抗議しようと薄く開いた口からも侵入を許し、唯舞の体が大きく跳ねた。

 


 「んぅ……! っ……ちゅ……さ……!」

 「うるさい。黙ってろ」



 噛みつくような口づけが苦しい。忘れてた、この男は存外沸点が低かった。

 胸元を叩いて抵抗を示していた唯舞の手が、やがてアヤセの服に弱々しく縋る。

 唯舞の抵抗が完全に消えるまで、アヤセは一度も唇を離さなかった。


 

 「…………覚えておけ、唯舞。もしもなんて言葉は存在しない。そんなものがあったらひとつ残らず塵にしてやる」

 「……っ……」

 

 

 ――そういうところが物騒なんです。

 

 そんな一言さえ返せず、酸素が戻った途端、羞恥に染まった顔で唯舞は泣きそうになった。


 

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