第14話 途切れる緊張の糸
強制転移から一カ月。季節は雪のちらつく12月だ。
唯舞はファイルを抱えなおし、執務室へ急ぐ。
理力という非科学的なものさえ除けば、何かと現世と似通ってる新生活のおかげで多忙に順応した日々を送っていた唯舞だったが、今日という日はそうはいかなかった。
(……まずいなぁ)
下腹部を押さえるよう浅い呼吸で一度立ち止まれば、指先の冷たさを感じる。
――この女性特有の体調不良を、男しかいない彼らに話せるわけもない。
『……イブ、大丈夫?』
『どこか痛い?マスター、呼ぶ?』
2つの愛らしい声に意識を向ければ、白と黒の二匹の子猫が心配そうに唯舞を見つめていた。
外回りの仕事にも関わり出した唯舞を心配したエドヴァルトが、アヤセに頼んで使い魔と呼ばれる護衛を付けてくれたのだ。
「ありがとう、ノア、ブラン。私は大丈夫。だから中佐には内緒にしててね」
彼らを安心させるよう交互にその頭を撫でてやれば、ごろごろと喉が鳴って不思議と痛みも和いでいく。
理力で作られた彼らは常に唯舞と一緒に行動しており、唯舞の大丈夫の言葉にへにょりと眉を下げつつも大人しく体内へと戻っていった。
「あーおかえり~唯舞ちゃん」
「おかえりなさい、イブさん」
執務室に戻れば、珍しく全員の姿あって唯舞は少々驚く。
いや、よく見れば、エドヴァルトは逃げられないよう理力で椅子にぐるぐる巻きにされているだけ。
――つまりは捕獲後である。
「戻りました」
いつも通りを心がけながら返事を返した唯舞は、自席に戻ってホログラムモニターを起動させた。
元の生活と違うところはこう言った最先端技術だが、慣れてしまえばスマホとさして変わらない。
「あれ?もしかして、イブさん体調でも悪いです?」
「え?あ……えと。大丈夫、ですよ」
唯舞を心配した使い魔達が出ては消えを繰り返しているせいか、リアムに気づかれてしまい唯舞はたどたどしく苦笑する。
自然とアヤセとエドヴァルトの意識も自分に向いたが、あえて気付かないふりをしたところで通知用のポップアップが光った。
(あれ、今日の予定が……?)
唯舞だけ、終業時刻が15時になっている。時刻を確認すればもう10分とない時間だ。
こんなことを指示出来るのはアヤセかエドヴァルトくらい、と頭を擦りつけてくるノアを宥めていたらポンっとアヤセから個人メッセージが届いた。
《体調管理は基本だ。さっさと帰れ》
「……ぁ」
どうやら早退の許可を出してくれたのは彼らしい。
唯舞が視線をアヤセに向けた時にはすでに彼は仕事に戻っており、即座にもう一通メッセージが届く。
《アヤちゃんは素直じゃないから可愛くないメッセージが届いても気にしないでね。無理させてごめん、今日は帰っても大丈夫だよ》
差出人のエドヴァルトに視線を向ければこちらはパチンとウィンクで返された。
まとわりついていたノアはいつの間にか唯舞の膝でコテンと丸くなって天然湯たんぽになっている。
そんな小さいぬくもりと彼らの気遣いが嬉しくて。
唯舞はお礼のメッセージを添えて軽く仕事を片付けてから、そっと執務室を後にした。
*
――コンコンコン
自室のドアがノックされて唯舞はうっすら目を開ける。
まどろみのなか返事をすれば、ドアの隙間からひょっこりと顔をのぞかせたのは意外な人物だった。
「やっほーイブちゃん。調子はど?」
「……ミーアさん?」
跳ねる髪をひとつに纏め上げ、いつものラフなスタイルにモッズコートを着込んだミーアがビニール袋片手に入室を尋ねてきたので唯舞も体を起こしながらどうぞ、と声をかける。
「体調崩したって? ……大丈夫?」
ベッドサイドまでイスを運んで腰かけたミーアの手が唯舞の額に触れた。
アルプトラオムのメンバーはとてもよくしてくれるけれど、こういう時は同性の対応が本当にありがたくて、ホッとしたように唯舞は弱々しく笑う。
「大丈夫です。……体調を崩したというか、その……今回は生理痛がちょっと酷くて……」
「ありゃ、それはさすがにアイツらには言えないか」
唯舞の様子を観察していたミーアがちょっと待っててね、と、どこかに電話を掛けはじめた。
「――あ、あーちゃん? あたしだけど。明日さ、イブちゃん休ませるわ。――はぁ? あたしが休ませるって言ってるんだから休ませなさいよ。――うん、それでいいの。んじゃね」
わずか30秒足らず。唯舞が口を挟む暇もなくミーアはあっさりとアヤセとの通話を切った。
他部署から恐れられているアヤセだが、やっぱりミーアには逆らえないようだ。
「はい、これで明日のイブちゃんの仕事は休むこと。……色々あったから心も体も参っちゃったのね」
再度唯舞を寝かせながら気遣ってくれるミーアの優しさに、今まで考えないようにしていた家族が無性に恋しくなって思わず涙がにじみそうになる。
それに気付いた唯舞は、ただ静かにシーツで顔を覆い隠した。