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第136話 願いの言霊

 

 そんな……と、声にならない声が口の中に溶ける。

 姿は触れられないにしても、深紅(みく)は今確かにここにいて、話も出来るのに。

 このまま唯舞(いぶ)が太陽の化身になればそれさえも叶わなくなるというのだ。



 『知ってるかもしれないけど、この世界は神話時代に切り離されたもうひとつの"日本"なんだって。名前しか知らないような神様が本当にいるなんて、思いもしなかったよね』

 「……うん」

 『歴史の授業とかでもさ、"神風"とかあったじゃん? ああいうのもさ、意外と本当だったのかもね』


 

 現代においても神やそれに連なる伝承は数多い。

 東アジアを支配していたモンゴル帝国が日本に侵攻してきた時に、台風により壊滅したのは神の加護による神風のおかげだ、という逸話はあまりにも有名だ。

 そう考えると、確かに日本は多くの神々に愛され守られた、唯一無二の世界だったのかもしれない。


 

 「――"天照大神アマテラスノオオミカミ"が、気付けばいいのに」

 『……え?』



 唯舞の呟きに深紅が首を傾げる。ハッとした唯舞は、思わず零れた言葉に動揺したように手を振った。



 「え、えっと……"天照大神アマテラスノオオミカミ"がこの世界を岩戸の中に置いてきたことに気付いてくれたら、新しい女神なんていらないのかなって思って……」



 パシッと唯舞の手が掴まれ、振り向いた唯舞の視線がアヤセに向く。真剣すぎる彼の表情に思わず唯舞もたじろいだ。

 


 「それは、太陽神がこの世界の存在に気付けばいいと言うことか?」

 「あ……えと、はい。ごめんなさい、中……アヤセさんには分かりにくかったですよね」

 「それはいい。――なら、喚べばいいんじゃないか?」

 「喚ぶ?」

 「その太陽神とやらをだ」

 『喚ぶって、どうやって?』

 

 

 唯舞と深紅が二人揃ってこてんと首を傾げる。

 古代日本人が恋焦がれた高天原を統治していた太陽神。そんな女神をこの世界に喚ぶとは一体どうやるというのだろう。

 

 加護――理力(リイス)が豊富だった時代でさえ、陰陽が逆になったこの世界からは出ることさえ叶わなかった。

 千切られた多くの世界を取り込み、ようやく最後の光で神々の住まう高天原に繋がったのにそれでも還れず、出来たことと言えば精々、()()()()()()()()ことくらいで――


 

 「あ!」


 

 そこで唯舞はようやくアヤセの言わんとすることに気付く。

 隣にいる深紅がどういうこと? とさらに疑問符を浮かべた。

 


 「以前も唯舞は太陽神の名を呼んで加護の力を得たことがある。今回も、加護の力で俺の怪我を治してくれた。――唯舞に加護の力の使い方を教えたのは、深紅だろう?」

 『う、うん……でもそれがなに?』

 「力の使い方は?」

 『何故かは分からないけど、私と唯舞の願いは陰陽が反転しないの。だから"言霊"になるくらい強く願えばいいんだよ』

 「あ、えと……私達の国では、言葉には強い力が宿るって昔から言われてるんです。思いが強ければ強いほど、時として神さえ宿るって」



 アヤセには聞き取れないだろうと唯舞が補足を付け足す。

 それを聞いてアヤセはさらに確信を深めた。



 「ならば話は早い。現状出来ることは、この世界を置き忘れた物忘れの激しい太陽神を喚ぶことだけだ。名前を喚ぶだけで一瞬とはいえ太陽神と繋がったのなら、強く願えば案外姿を現すんじゃないか?」

 『うーわー、なんか扱い雑~。一応、うちの国で一番有名な女神様なんだよー?』

 「その女神が自分の国の片割れを忘れているんだろう。……なんだ、だから唯舞はそんなに抜けているのか? 女神譲りの国民性か」

 「ぬ、抜けてませんよ?! 被害を国民全体にしないで下さいっ!」

 『そーだよ! 抜けてるって何! 唯舞が可哀そうじゃん!』

 「お前もだろうが、深紅。さっき自分でもポンコツと言ってただろう。理力(リイス)のくせに理力(リイス)の使い方も理解できないなんてどうみても抜けてるだろうが」

 『ぐぬぬ……なんかめっちゃ腹立つ! ねぇ唯舞、絶対人選間違ってるよ?! こんなの彼氏にしたら絶対苦労するって!』



 両こぶしを握りしめ深紅が力説する。

 アヤセの言う通り、言霊による喚び寄せが叶えば……太陽神でもある天照大神アマテラスノオオミカミならば、この終末世界をなんとか出来るのかもしれない。

 


 (――でもそうしたら、深紅ちゃんは?)

 

 

 複雑な感情が、唯舞の瞳の奥で揺れる。

 人としての生を終え、理力(リイス)となった深紅はどうなるのだろう。

 

 生きていた時と同じように、笑って。怒って。

 それができるのに、生きているエドヴァルトの為に会いに行くことさえ選べない。

 そんな彼女を、ひとりにできるだろうか。


 エドヴァルトに拾われ、深紅に導かれ。

 この世界ではこのふたりに誰よりも救われたのは唯舞自身なのに。

 

 

 (私だけ、助かるの……?)


 

 誰にも言えない、震える感情がこぶしに宿る。

 唯舞の選ぶ選択を、アヤセは間違いなく怒るだろう。

 

 それでも。

 ――どうしても。

 

 自分ひとりだけが助かる道を……唯舞は選び取ることができずにいた。

 


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