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第133話 古の記憶


 いきなり現れた氷帝と呼ばれる大精霊に唯舞が固まる。

 大型の猫とは聞いていたが、使い魔のノアとブランが子猫サイズなだけにその大きさには驚きを隠せない。

 そんな唯舞を見て氷帝はゆるりとしっぽを揺らし、観察するように瞳を細めた。



 『――なるほどね。やはり今代の光は、ずいぶんと濃いの』

 「濃い?」

 『しかも私の理力(リイス)も交じっておる。……くふふ、そうか。光を(つがい)にするとはやるではないか』

 「つ、つが……?!」


 

 恋人と言われるよりも、なんだか生々しい言い方に思わず唯舞の声がひっくり返り、そんな唯舞に気を良くした氷帝は大きく笑う。


 

 『くはは! ()い! 愛い! どうりでお前が骨抜きにされるわけだ。――――さて』


 

 一通り笑って気が済んだのか、氷帝は前足を揃えると尻尾を巻き付けるように腰を落としてアヤセを見上げた。

 同じ薄氷色(アイスブルー)の瞳がぶつかって、一瞬の沈黙が落ちる。

 

 

 『私を呼んだということは、"オマケ"が欲しいのだろう? 人の子よ』

 「……あぁ。だがその前に少し知りたいことがある」



 精霊は曖昧な存在だ。答えてくれる確証はなかったが、それでも今まで仮定だったことを聞ける存在は多くなく、例え駄目元でも価値があった。

 

 

 「お前達理力(リイス)が太陽神の力で、この世界が太陽神の加護から離れた世界というのは本当か?」

 『…………』



 見定める氷帝の目は、真っすぐにアヤセを射抜く。

 威圧に近い目線でも、アヤセは目をそらすことなく氷帝の視線を受け止め、同じように見返した。

 長く感じた沈黙ののちに、ふっと意識を解いたのは氷帝だ。



 『力、というほどのものではない。私達(リイス)はもう……"天照(アマテラス)"の残滓でしかないからね』

 「ぁ……」

 


 唯舞はこの世界に来てから、初めてその名を他人から聞いた。

 それに気付いた氷帝がゆっくりと腰をあげると、唯舞に近付きながら尾を揺らす。



 『力というなら、この娘の抱える加護こそが本来の力だ。……あぁ、だが何度嗅いでもこの太陽の香りは懐かしい。……"高天原(たかまがはら)"の土の匂いだ』



 氷帝はソファに座る唯舞の足元まで行けば恍惚に似た表情を浮かべた。

 そっと遠慮がちに唯舞が手を伸ばし彼女の頭に触れれば、使い魔達よりも短毛で、筋肉質な感触が伝わってくる。

 何度か撫でているうちに氷帝は気持ちよさそうに目を細めて唯舞の膝に顔を乗せた。

 

 

 「……教えてください。この世界は、本当に"天岩戸(あまのいわと)"で分かたれた"日本"なんですか?」



 普段はこの世界で通じるようにと意識している言葉遣いが元に戻る。

 アヤセには断片的にしか聞こえないだろうが、どうしても問わずにはいられなかった。

 ぴくりと氷帝の耳が動き、ゆっくりと目を閉じる。

 


『――そうだよ太陽の娘。ここは、あの日、あの"天岩戸(あまのいわと)"に取り残された世界のひとつだ』

「ひとつ、ということは……やっぱり他にも……」


 

 以前、日本とこのイエットワーを陰と陽の世界とした時、恐らくはそれ以外の世界もあったのかも、とアルプトラオムの面々と話したことがあった。

 陰陽が反転した世界では元の高天原――日本に帰れず、逆に他世界を呼び込む形でこの世界は出来たのではないかという仮説だ。

 


 

『そう。あの時は"素戔嗚(スサノオノ)"に嫌気がさした"天照(アマテラス)"が、鬱憤晴らしにありとあらゆる世界を千切り捨てていたからね。まぁ、あとで戻すつもりではいたんだろうけど、他の神々に引っ張られる形で岩戸を出たもんだから、千切られた世界はそのまま岩戸の中に残されたのさ』

「えぇぇぇ……?」



 初めて知る衝撃の事実に本音の声が漏れる。

 まるで花びらを千切るような要領で世界を切り捨てるとは、我が国の女神、中々に苛烈すぎやしないだろうか。



『とは言ってもこの世界は天岩戸をくぐる時に陽の世界から分かたれた陰の世界……つまりは半身だ。他の千切られ喚ばれ、この世界に統合されていった脆弱な世界とは違う』

 


 そう言って氷帝はアヤセのほうを向く。

 日本人らしからぬ彼の涼やかな風貌は、あの時千切られた、どこか別の世界の名残だろう。



 『人の子(アヤセ)のような"高天原(たかまがはら)"にいない毛色は他世界のものだ。だが、理力(リイス)そのものは"天照(アマテラス)"のもの。世界の統合や婚姻によって混じったようだが、理力(リイス)を使える者は、元を辿れば総じて"高天原(たかまがはら)"の血が入っているのさ。だから我らも故郷を懐かしんで力を貸すのだよ』

「!?」


 

 予想外の新真実に唯舞がアヤセに視線を向ければ、何となく会話を理解していたのであろう彼の瞳がほんの少し戸惑うように揺れている。

 アヤセの中にも古代日本人の血が流れている。

 そう思ったらぎゅっと胸が熱くなって、思わず服を握りしめた。

 

 だが、それまで流暢に話していた氷帝の声がふいに陰り、沈み込むよう声が落ちる。


 

『だが、この世界も終焉が見えた。取り残されたこの世界を"天照(アマテラス)"の代わりに見守っていた太陽の化身が……消えてしまったからね』


 

 

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