第127話 エドヴァルトの覚悟
ザールムガンド城がやけに騒がしい。
まだ朝の9時を過ぎたところだというのに、パニックにも似た異様な空気が城内を覆っていた。
「お、おい。お前達聞いたか! ナイトメアクラスゼロが来るらしい!」
「なんだと?! アルプトラオムのか?!」
「それ以外にあんな破天荒な奴らがいるものか! そのアルプトラオムのナイトメアクラスゼロだ!」
「馬鹿な、何故奴らが揃っている?! 三人揃ったら碌でもないから人員配置は分散させていたはずだ! 今いるのはテナンとリンドレアだけだろう!」
「それがリュトスも揃ったと!」
「悪夢か! なぜ奴らが……!」
どよめきや混乱。果てには巻き込まれないよう先に逃げ出す者すら現れた。
あのアルプトラオム――士官学校時代に悪夢のクラスゼロと名高かったエドヴァルト・リュトス、カイリ・テナン、オーウェン・リンドレアの三名が揃って皇城に来るというのだ。
彼らが士官学校時代に所属していたクラスゼロは、各分野の最優秀者のみが集まる国内一誉れ高いクラスだった。
それなのに、14年前のあの年だけは違った。どの部隊も、クラスゼロの上位成績者三名に対し、一切名乗りを上げなかったのだ。
カイリやオーウェンも非常に優秀だったが、エドヴァルトに至っては在籍していた6年間、常にクラスゼロの主席に君臨するほどの絶対王者だったにも関わらず、一度でもこの三人が揃うとまさに悪夢だった。
喧嘩で何度も校舎を半壊させ、やる気が出ないと試験会場を爆破し、祝祭の料理は片っ端から食い散らかして、教員らを閉じ込め未成年による酒盛りを始め。
挙句には訓練という名目で一方的な蹂躙による舎弟作りを横行するなど。
頭がいい分、大人の手にも負えない悪ガキ共だったのだ。
最終的には同クラスのアティナニーケとミーアがアインセル式の正座とやらでしばき倒して終わるというのが毎度のことだったが、それでもその時の悪事は伝説として残り、ナイトメアクラスゼロ混ぜるな危険! がザールムガンド軍の暗黙どころか公認の了解だった。
――ざわり、と空気が揺れる。
人が割れ、カツンと冷たい靴音がホールに響いた。
人波が消えた通路に黒髪が揺れ、颯爽と歩く軍服に身を包んだエドヴァルトを筆頭に、左右数歩後ろに控えたカイリとオーウェンが真っすぐに朝議の場でもある玉座の間に向かう。
重症のエドヴァルトは、一時的に全ての痛覚を遮断する処置を施してもらってなんとか立っている状態だ。
副作用が強く、後で状態悪化することが危惧される為に最後までオーウェンは渋ったが、エドヴァルトはそれを無理矢理押し通した。
華美な装飾に彩られた両開きの扉を豪快に開け放てば、朝議をしていた上層部の面々と真正面にいるアティナニーケと目が合う。
「な……! 何故アルプトラオムが!」
「今は朝議中だリュトス大佐。今すぐ下がれ、陛下の御前である!」
怒号が飛び交う中、アティナニーケは目を細めてエドヴァルトを眺めた。
(……ついにか)
認識阻害のサングラスもしていないエドヴァルトは騒然とする周囲には気も留めず、ただ真っすぐにアティナニーケを見ている。
スッとアティナニーケが手を上げれば、場の喧騒さえも静まりかえった。
「さて、とりあえず1つ問おうか。今日は、エドヴァルト・リュトスとエドヴァルト・リドミンゲル。どちらの用件だ?」
「?!」
その名に、玉座の間全体が息を呑んだのが分かった。
椅子に座っていた者達も反射的に腰を上げ、一気に視線がエドヴァルトに向かってありとあらゆる感情と共に突き刺さる。
だが、エドヴァルトは臆することなく一度目を閉じてからゆっくりと瞼を開いた。
ざわめきが、戸惑いに変わる。エドヴァルトの瞳が群青色から琥珀色にゆらゆらと輝いている。
「……ついにその名をお使いになるのか。エドヴァルト様」
ぽつりと呟いたルイス・バーデンの声は周囲にかき消された。
まだ幼かったあの日、共に手を取り歩いた幼子はもうそこにはいない。
25年前、最愛の姫君・キーラから託された彼をこのザールムガンド帝国に亡命させ、キーラの友人でもあったリュトス家夫人にエドヴァルトを預けてからは自身も士官学校の教師として身を置いていた。
その後はアティナニーケに引き立てられ、いつの間にか最高位の大将位まで賜ってしまったが、ずっと、生涯唯一ともいえる最愛の姫の宝の幸せを遠くから見守り続けていたというのに。
完全に皇族としての威厳を見せるエドヴァルトの立ち振る舞いは、彼の伯父・ファインツによく似ていたが、その思いはそっとルイスの胸の内にしまわれる。
エドヴァルトが足を進め、アティナニーケに向かい合った。
「――リドミンゲル皇国・次期皇帝……エドヴァルト・リドミンゲル。ザールムガンド帝国・アティナニーケ皇帝陛下に和平の申し出を行いたい」
その宣誓に、場の空気が一変した。
100年にも及ぶ戦乱の終結が、もうすぐそこまで見えている。




