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第124話 絶望の系譜

 

 朝焼けに空が染まりだす。

 薄く顔を覗かせる太陽を背に、ファインツは己と同じ道を、違う形で歩む甥の姿を眺めた。


 何の因果なのか、リドミンゲル皇族の男はいつの時代も召喚された異界人聖女と恋に落ちてしまう。

 皇弟然り、ファインツ然り、エドヴァルト然り。

 例え別れが決まった未来でも、一度でも触れてしまえばその温もりを手放すことなどできやしなかった。

 

 与えられた時間も、残された時間も関係ない。

 異界人聖女は彼らにとってはまさに太陽であり、唯一無二の存在だったのだ。

 その命の灯火が消える日までは――

 

 惹かれ合うのは運命なのか、呪いなのか。溺れるように愛を(こいねが)い、その果ては、いつの時代も地獄だった。

 そしてそれは脈々と後世へと繋がり、彼らの絶望と聖女の死を引き換えにするしか、この狂った世界は救えないのだとファインツは知っている。

 

 

 「分かっているのなら話は早い。聖女を渡せ、エドヴァルト。彼女が最後の人柱だ」

 「この俺が今更彼女を渡すとでも?」

 「世界の危機だ。彼女達は人としての生は終えるが、神としてこの世界に在り続ける」

 「……っ! 俺は神なんかじゃなくて、人として深紅(みく)にそばにいて欲しかったんだよ!」



 エドヴァルトのその声は悲鳴だった。今まで喪ってきた者達への、渇望と絶望そのもの。

 それでもファインツは何ひとつ躊躇わない。

 心はもう、空の果てに置いてきてしまったのだ。

 

 23歳だったファインツの手元から最愛の太陽が喪われ、皇帝となった後も、彼は一度たりとも誰かを選んだり、婚姻を結ぶことをよしとしなかった。

 皇位は親から子に受け継ぐものではないと、どんな令嬢や淑女であっても、頑として寄せつけなかった。

 

 37年の時が過ぎ、ファインツがもうすぐ60になろうとも、彼の心には空に消えた(ただ)一人の聖女しか存在しない。それはエドヴァルトと同じく、たった一人しか狂うように愛せない彼らリドミンゲル皇族の愛の呪いなのかもしれなかった。


 だからファインツは静かにエドヴァルトを見つめる。これから先――自分と同じ道を歩むであろう甥を。

 

 

 「――あぁそうだな。だがそれは、お前も、私も、当時の皇弟さえも叶わなかった願いだ」

 「?! ……それ、は……?」



 エドヴァルトの瞳が動揺したように揺らぐ。

 ファインツの言葉を理解できても、意味を理解するのにはしばらくの時間が必要だろう。

 だがそれを待ってやるつもりも、猶予もなかった。


 目の前でファインツの姿が掻き消え、一瞬の隙を見せたことに気付いたエドヴァルトが身構えた時には全てが遅かった。

 閃光が目の前で散り、視界がぐにゃりと歪めば体の平衡感覚が奪われたのが分かる。

 みぞおちに拳が食い込む衝撃と共に圧縮された雷撃が臓腑に直接叩き込まれたのだと理解する間もなく、全身の骨が悲鳴を上げ、エドヴァルトは口から血を吐き出した。


 

 「せめてお前が寝ている間に終わらせてやろう。……安らかな夢を見るがいい、エドヴァルト」

 「お、じ……う……」


 

 吐血と共に苦しげにずるりと倒れ落ちるエドヴァルトにファインツはもう見向きもしなかった。

 ずしゃりとエドヴァルトが倒れたことに後方部隊が騒めき、慌ただしさを増す。

 あのアルプトラオムが地に伏すなど、今まで一度たりともなかったことなのだ。

 だがそんなことにさえ用はないとばかりに、ファインツは唯舞を抱くアヤセに向き直った。



 「さて、そろそろ聖女を渡してもらおうか。アヤセ・シュバイツ中佐」

 「…………エドヴァルト(そいつ)も言ったはずだ。世界がどうなろうともこいつは渡しはしないと」



 その言葉を予想していたのか、ファインツは動じない。

 ただ緩やかにその瞳を細めて静かにアヤセに向かって手をかざすだけだ。

 

 

 「そうか。ならば仕方ない。貴公も聖女と共にリドミンゲルへ来るがいい」

 「な……?!」



 アヤセが事前に張っていた魔方陣が薄氷のように音を立てて割れ、代わりに足元に別の魔方陣が展開される。

 こうもあっさりと砕かれるとは思わず、再度理力(リイス)を展開するが、その反応速度よりも足元の魔方陣が発動するほうが早かった。同じ魔方陣がファインツの足元にも展開されているのを一瞬で確認する。

 


 (瞬時移動?! ……いや、少し違う!)



 明らかに通常の転移ではないと認識すると同時に抱いている唯舞の感覚も薄くなる。だが、アヤセにはそれに抗うことさえ許されなかった。

 姿が消える直前、ファインツの声がやけに大きく耳に届く。

 

 

 「最後の時は聖女と共に過ごさせてやろう。――歓迎する、シュバイツ中佐」


 

 そう言い残して、ファインツも、アヤセも、唯舞も。

 一陣の風のようにその場から消え去ってしまった。

 残され地面に伏したエドヴァルトの視界には、どこまでも広がる虚ろな世界しか残っていない。


 

 「あ、や…………いぶ、ちゃ……」


 

 辛うじて残っていたエドヴァルトの意識もそれを最後に白波へと沈み、顔面蒼白のまま駆け付けたリアムの必死な声にさえ反応することはなかった。


 

 

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