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第119話 深夜の来訪(2)


 冷静さを保つと言っても普段から会話が得意という二人ではない。

 だが、アヤセとの何も話さない静かな空気が好きな唯舞(いぶ)にとっても、今のこの状況は無言ではいられなかった。



 「……お菓子、しばらくは困りそうにありませんね」

 「どうだかな。土産にはなるだろうが、すぐに食い尽くされるぞ」

 「ふふ、大佐もリアムさんも甘いもの好きですもんね。中佐が食べられそうなものあるかなぁ」



 思ったより普通の会話が続き、安心した唯舞は白いカゴの中に入っているお菓子を漁り始めた。

 クッキーやマドレーヌ、ラスク、一口パイ。色んなお菓子が入っているが、甘いものが得意でないアヤセが好みそうなものはない。

 そう思っていたらその中に一つ、ひときわ目の引くスティック状のお菓子が紛れ込んでいて、思わず唯舞はそれを手に取った。



 「……キャンディ?」

 「は?!」



 珍しく動揺を見せたアヤセが唯舞の手元からそれを取り上げる。

 いきなり手元からお菓子を奪われた唯舞は、少々不満げな様子でアヤセを見上げた。



 「もう、いきなりなんですか中佐」

 「なんでこんなものが……いつの間に……! くそ、誰だ……」

 


 アヤセの反応がいつもとは違う。

 それが何だか無性に気になって、唯舞はアヤセの持つお菓子を取ろうと手を伸ばしたがすぐに阻まれ、遥か上空に持ち上げられてしまう。


 

 「駄目だ」

 「なんでですか、私が貰ったのにっ」

 「他にもあるだろう」

 「ありますけど、なんでですか? それってキャンディじゃないんですか?」

 「…………お前にはコレが飴に見えるのか……?」



 ぴょんぴょんと手を伸ばしてもアヤセの手首までしか届かない。こうなると俄然ムキになってしまうのが人というものだ。

 制止するアヤセを無視して、彼の手首を掴む形で強引に引き寄せてみれば、それは小さく丸い形をした……現世でいうところのコーラに入れると大量の泡が溢れ出すことで有名になったキャンディ菓子のようにしか見えない。


 

 「おい、唯舞……!」

 「……"食べ物ではありません"……?」



 パッケージに書いてある言葉に、唯舞は不思議そうに首を傾げる。


 

 「これって、食べ物じゃないんですか?」

 「…………」



 疲れたように額を押さえたアヤセの指が緩んだのをいいことに、唯舞はスティックを取り上げてまじまじと見た。だがやはり、ただのキャンディにしか見えない。

 しかしそのパッケージの裏側を見て、唯舞はハッと息を飲む。



 「ひにん、やく……?」



 そう、避妊薬。きらめかしいパッケージの裏側には避妊薬、と書いてあるのだ。

 あまりにも予想外の答えにそれを持ったまま、唯舞はぽつりと呟いた。



 「…………こちらの世界は、避妊具じゃなくて避妊薬が一般的なんです?」

 「なんでその答えになるんだ……」

 「いえ、あの、私の世界は避妊具が主流だったので」

 

 「…………」

 「…………」



 気まずい沈黙に自分が何を言っているのかよく分からなくなった。

 むしろ何故お菓子の山から避妊薬が出てくるのだろう。お菓子を投げ入れたご老人方の小さな悪戯だったのかもしれないが、今のこの状況で見つけるのは非常にまずかった。

 

 ムキになってこのスティックを取ろうとしたから二人の距離はほぼ無いに等しく、すぐ目の前にはアヤセがいる。

 そして唯舞の手には避妊薬が握られていて、風呂上がり、ナイトドレス、挙句の果てはプライベートルームだ。


 さらりと頬に触れられる感覚に小さく身じろぎした唯舞は、窺うようにアヤセを見上げた。



 「ぁ……」



 視線が合うと、もう逸らせない。

 か細い呼吸音だけが部屋に響いて、親指でなぞるように頬を撫でられると、ぞくりと背中が震えた。



 「……お前の国では、この距離も普通か?」

 「……い、え」

 「夜の部屋で二人きりになるのは?」

 「関係性にもよりますけど……あまり一般的では、ないかと」

 「風呂上りの無防備な状況を晒すのは?」

 「…………すみません。すっぴんを晒すのはちょっと女子としてダメでした」

 「そこじゃないだろう」



 なんだか全てがダメダメだ。困ったようにへにゃりと眉が下がる唯舞に対し、アヤセは疲れたようにため息をつくとそのまま唯舞の体を抱き上げた。

 


 「ひゃぁ! ……っ中佐?!」


 

 一気に視界が高くなって唯舞は慌ててアヤセの首にしがみつく。

 何事かと思えばそのままベッドに連れられ、そっと下ろされた。



 「中、佐……?」



 ギシ……、とベッドが鳴る。

 心臓の鼓動がうるさいくらいに鳴り響いているのにどうにもできず、唯舞はただ困ったように目の前のアヤセを見つめた。

 詰められるように二人の距離が近づけば、アヤセが真顔のまま、再度唯舞の頬に触れる。



 「……お前は、俺が男だと本当に自覚しているのか?」


 

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