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第114話 帰省


 腰にまとわりつく母親に舌打ちしてからアヤセは、理力(リイス)を纏わせると一瞬で実家の前まで移動する。

 自分と唯舞(いぶ)、それと大変不本意ではあるが母フィアナと彼女が投げ捨てた買い物かごまでを拾っての瞬時移動だ。そうでもしなければ後でなんと言われるか分かったものじゃない。


 いきなりの移動に唯舞が一瞬よろめいたのを、荷物が当たらないよう体を傾けながらアヤセが支え、さり気なく「大丈夫か」と気遣えば、その様子を見たフィアナが驚いたように声を上げた。



 「ねぇ、もしかしてその子、あーちゃんの……」

 「アルプトラオムだ」

 「あら? じゃあエド君が言ってたイブちゃんってあなたのこと?」

 「え、あ、はい。唯舞・水原です。初めまして、いつも中佐にはお世話になっています」



 カゴを抱えたまま唯舞が軽く頭を下げれば、一瞬驚いたフィアナが次の瞬間には春の精霊かのように朗らかに笑った。



 「うふふ、こちらこそ怒りっぽいアヤセ(この子)の相手をいつもしてくれてありがとう」

 「余計なことは言わなくていい」

 「もー! あーちゃんったら可愛くない! せっかくママがママらしくしてるのに!」

 「今更だろう……はぁ」

 


 そうアヤセに怒るフィアナは、その表情も話し方も、母ではなく姉弟のようだ。

 そんなフィアナの大声に気付いたのか、玄関ドアがゆっくりと開き、中から一人の男が現れる。

 アヤセと同じ薄氷色の瞳とよく似た顔立ちに思わず唯舞もドキリと息を吞んだ。


 

 「フィアナさん、おかえり。おや、アヤセも一緒か。そちらは?」

 「この前エド君が言ってたイブちゃん! あーちゃんの彼女!」

 「へぇ?」

 「だから違うと……!」



 何故この村の住人は人の話を一切聞かないのだ。



 (恋人に出来るなら当の昔にしている……!)


 

 思いきり眉を寄せて不機嫌そうな顔をするアヤセを、男はどこか微笑ましげに眺めていた。

 そしてそのまま落ちていた買い物カゴを拾い上げると、アヤセの腰に抱きついていたフィアナを優しく、だが有無を言わせずに回収する。

 


 「()()違うみたいだよフィアナさん。あまりアヤセを困らせたら可哀そうだ。初めまして、イブさん。アヤセの父のイアンです。いつも息子が世話になっているね」

 「へ、あ……はい! えっと、唯舞・水原ですっ」



 ハッと、ぼんやりとした意識が戻って手元のカゴを抱く手に力がこもる。

 

 ――どうしよう、これはだめだ。

 アヤセに似た成熟した顔で微笑まれる色香は、あのカイリに並ぶほどの破壊力がある。

 

 アヤセの眉間にぐっと深いシワが寄って今日一番に機嫌が悪くなった。

 手元にあった荷物全てを一瞬で家の中に送り込むと唯舞の二の腕を掴む。

 


 「へ……?!」

 「顔は見せた。帰るぞ唯舞」

 「ちょっと、それはダメ!」



 だがそれをフィアナが許さない。唯舞のもう片方の腕をぎゅっと抱きしめアヤセに不満げな視線を送った。



 「もう、あーちゃんったら! いつもそうやってすぐに行こうとするんだから! エド君やオーウェン君達のほうがうちにいる時間が長いのはおかしいと思うのっ!」

 「知らん」

 「じゃあ、イブちゃんだけ置いていって! それで後で迎えに来てくれればいいわ! あ、お迎えは別にエド君でもいいのよ? ママから連絡しておくから」

 「…………」



 深い深いため息と共にアヤセは額を押さえる。

 こうなると母フィアナは絶対に譲らない。そしてそれを見守る父イアンも止めない。

 基本的に父は、この猪突猛進な母をこよなく愛しているのだ。まるで子犬が庭でかけ回るのを愛でるような眼差しでいつもフィアナを愛おしんでいるのは村公認の事実である。

 

 

 「中佐」



 この場においてのアヤセの救いは唯舞だけだった。ため息を逃して、小さく微笑む彼女の手をそっと引き玄関へと向かう。



 「……少し、付き合ってやってくれ」

 「ふふふ、はい」



 げんなりするアヤセに唯舞はくすくすと笑って応じる。

 

 なるほど。

 アヤセがミーアやカイリのようなタイプに弱いのは元を辿れば母親(フィアナ)の影響かもしれない。


 あんなにも軍内部では冷静沈着、冷酷無慈悲なアルプトラオムの鬼やら悪魔と恐れられているのに、その(じつ)めっぽう押しに弱い部分があるのだ。

 それはきっと、幼いころから破天荒な母に振り回されてきたせいなのかもしれないと思ったら、何だかすごく可愛らしかった。


 そうして唯舞は、右手をアヤセに、左腕をその母に抱きしめられたまま、父イアンが開けて待つ玄関ドアへと歩き出した。


 

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