第112話 里帰りの強襲
出会ったものはしょうがない。これはもう一種の自然災害だ。
暇を持て余した老婦人達は、腰は曲がっているくせに動きと獲物を見つける早さだけは俊敏である。
「……なんだ、まだくたばってなかったのか」
「ふひゃははは、お前が産まれた時から婆じゃぞ! そう簡単に死なんよ!」
「そうさな! あと100年は頑張れるぞ!」
「化け物に磨きがかかるな」
「おお、そうじゃ。今から家に帰るんじゃろ? これをフィーちゃんに渡しておくれ」
「何で俺が」
「おぉ! 持病の癪がぁぁぁ!」
「爺さんじゃ! 川の向こうに渡った爺さんが見えるぞぉぉ! 今朝も元気に狩りに行ったがのぉぉぉ!」
「そうじゃった! おーい、爺どもー! フィーちゃんち宛の荷物があったじゃろー! 今なら運び手がおるぞぉい!」
「おい待て。だから何で俺が……」
どん!と大袋に詰められた大量のじゃがいもを無理矢理押し付けられたアヤセの言葉は一切老婆達に届かない。
一体どんな肺活量をしているんだというくらいの大声にぞろぞろと人が集まりだし、バタンバタンと家から出てくる者も現れてアヤセは心底嫌そうなため息をついた。
「なんじゃ婆ども。男子会の邪魔をするんじゃないわ、大体フィアナちゃんちの荷物は……おぉ?! その無駄に整った顔! 不愛想な面! さてはお前、アヤ坊だな?! なんだなんだお前、帰ってきておったか!」
「おぉん、アヤ坊っていやぁイーロンちの怒りんぼじゃろう? ここ10年まともに見ておらんが、おー……本当にアヤ坊だのう久しぶりじゃ。そんで、隣のかわいこちゃんは誰じゃ?」
「そりゃ嫁に決まってるじゃろう?! これだから爺は耄碌しおって!」
「ほう! 嫁! 嫁か!」
「違う」
「「「「「違うのか?!」」」」」
もう何人周囲にいるのか分からないくらいに人が寄ってきてアヤセの機嫌がすこぶる悪い。
悪いを通り越して氷点下だというのに集まってきた村人はそれがさも当然とばかりに気に止める者はいなかった。
もしもここが軍内部だったらとっくに周囲から人はいなくなっているはずなのに……と何故か珍妙な面持ちで唯舞はその光景を眺めることになる。
「嫁じゃねぇってことは……遊びか?! 遊びなのか?! アヤ坊そいつぁだめじゃろお!」
「五月蝿い。違うと言っているだろう……」
「これはあれかのぅ都会に行ってスレたとかいうやつかのぅ」
「どうでもいいから荷物があるのならさっさと寄こせ」
「お嬢ちゃんや、うちのあーちゃんがすまないことをしたねぇ……せめてこのクッキーを持っておいき。おばば渾身のバタークッキーじゃ」
「え、えぇと……ありがとう、ございます……?」
ついに唯舞も巻き込まれ出した。
瞬く間に、アヤセが女の子を弄んでいるという尾ひれ背びれ胸びれまでついた虚偽の噂がアヤセ本人の目の前で広がっていき、憐みに満ちた老婦人達によって唯舞の手元には大量のお菓子が投げ込まれてあっという間に両手がいっぱいになってしまう。
「唯舞」
「は、はい?!」
「ここで止まったら一生捕まるぞ」
そういうアヤセの手元もすでに荷物でいっぱいだ。
じゃがいもや玉ねぎといった野菜類に小麦粉にコーヒー豆に日用品に郵便物に至るまで、全体で見たらかなりの総重量になりそうな荷物をこれでもかと抱えている。
最終的に15人近く集まった爺婆の人波を押し分けるように歩き出したアヤセの背中を、唯舞はお菓子の山を抱えたまま、礼だけ伝えて追いかけた。
その様子に老人衆はうんうんと納得したように頷く。
「……見たか、あの怒りんぼがあのお嬢ちゃんを気遣っておったぞ」
「さりげなくずっと見ておったな。これはあれかの? 片思いかの?」
「片思いの女子を実家に連れて行くなど正気の沙汰ではないがのぅ」
「フラれたらどうするんじゃろか」
「そりゃあ……怒り狂うじゃないのかねぇ。ほれ、あの子はすぐ怒りんぼしてたからの」
「そうじゃのぅ……昔からちょっと気に食わんことがあったらすぅぐ理力をぶっ放しよったでなぁ」
「だけんども、あの娘さんはえらく気立てが良いようじゃ。大人しげに見えて芯はしっかりしとったし、礼儀正しい子じゃ。ああいう子なら大丈夫かもしれんなぁ」
「そうじゃなぁ、フラれんといいがのぅ」
「そうさなぁ……そこだけが心配じゃ」
「あーちゃんは不器用な子だからのう……うっかりフラれんといいのぅ」
ほんの短時間で見事にアヤセの状況を把握した村の老人衆は、去っていく若い二人の背中を眺めながら満場一致でアヤセがフラれない事を祈った。
何だかんだ、この村で生まれ、士官学校に入学するまでの12年間をそばでずっと見守り構い倒した、可愛い可愛い子供なのだ。
それが嫌でアヤセは士官学校に行ったのだが、結局似たようなノリの先輩に捕まって構い倒されてしまうのはまた別の話である。