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第110話 厄介な感情


 実家、と言われても一瞬その意味が理解できなくて、数秒後、唯舞(いぶ)はようやく我に返る。



 「ご実家……ですか?」

 「そう。アヤちゃんってこの辺が地元なの。唯舞ちゃんは覚えてないと思うけどゴルゼ村っていうところでね、唯舞ちゃんが転移してきた廃教会があった村だよ。ちなみにオーウェンもその村出身」

 「……地元……」

 


 実家、という響きがあまりにもアヤセに似つかわしくなくて驚いた。

 もちろん、アヤセにだって両親はいるのだろうけど、今まで想像さえしたことなかったからその存在が少し信じられない。



 「アヤちゃんのママ、めっちゃ美人なんだよ~ちょっと天然だけどね」

 「……うるさい。だからいつも(うち)に入り浸るなと言っているだろう」


 (……! すごい、中佐がなんか普通の息子(ひと)っぽいこと言ってる!)



 何故だか分からないが、エドヴァルトとアヤセのやりとりにすごく感動してしまった。

 

 すごい。よく分からないけど、すごい。

 あのアヤセもやっぱり人の子だったのだ。



 「…………お前が今、何を考えているか当ててやろうか?」



 不機嫌そうな眼光で睨まれるけど、今となっては全然怖くなくて。

 むしろくすくすと楽しげに笑いながら、唯舞はアヤセに微笑んだ。



 「中佐、いつの間にそんなことが分かるようになったんですか?」

 「その顔を見れば誰だってわかるだろう」

 「おかしいなぁ……私、中佐ほどじゃないですけど、表情筋はそこそこ薄いほうなのに」

 「そうか、喧嘩を売る相手は選んでおけ。……大体、今のお前はいうほど表情は薄くないだろう」

 「あれ? そうですか?」



 きょとんと首を傾げて見上げる唯舞はいつも通り。だが、ここにはいつも通りではいられない男が一人いる。

 

 恋の破壊力はなんと恐ろしいことか。唯舞の表情に僅かにたじろいだアヤセに、唯舞本人が気付くことはなく、ふとバングルが光って着信を告げた。



 「あ、ちょっと失礼します。――――もしもし、リアムさん?」



 電話対応に意識が向いた唯舞に、アヤセが面倒な恋心を頭の片隅まで追いやって小さく息を吐き出すと、用件だけ交わした唯舞が通話を切ってアヤセ達に向き直る。



 「リアムさんがそこで待っているみたいなので、ちょっと手伝いに行ってきますね」

 「送ろうか?」

 「ふふふ、本当にすぐそこなので大丈夫ですよ、大佐」



 いってきます、と小さく笑った唯舞はそのまま兵舎を後にした。

 

 本当なら四六時中そばにおいて守りたいが、それではきっと、唯舞が先に疲弊してしまう。

 彼女がいることに安心したいのは間違いなくアヤセやエドヴァルト(自分達)のほうで、唯舞の自由意思を阻むようなことがあれば、それは聖女を閉じ込めていたリドミンゲル皇国と変わらない。

 

 だからせめて、こっそり理力(リイス)で鉄壁のガードを作るくらいは許して欲しいと、ドアが閉まる直前、その後ろ姿に重ね掛けするようにアヤセとエドヴァルトの二重の守護の理力(リイス)が付与された。


 唯舞がいなくなった室内で、顔を隠すようにソファーに沈んだ後輩(アヤセ)を見てエドヴァルトは苦笑する。



 「まだ、言わない気なの? アヤちゃん」

 「……何をだ」

 「好きなんでしょ? 唯舞ちゃんのこと」

 「……いつから」

 「去年。完全に気付いたのは唯舞ちゃんの誕生日あたりかな。だからあの時いたメンツは唯舞ちゃん以外全員知ってる」

 「…………」



 いつから気付いてた? という意味合いで聞けば、エドヴァルトはあっさりと4ヶ月以上前からだという。しかもあの場にいた唯舞以外の全員が気付いているという新事実に眩暈がしそうだった。


 

 (なんで俺より先にこいつらが気付いてるんだ……)


 

 はぁと一際大きいため息にエドヴァルトが少し困ったように笑う。



 「唯舞ちゃんにはアヤちゃんもオレらもついてるからね。100%ではないにしろ、今は比較的安全。……だけど、失って後悔するのだけはオススメしないよ」

 「…………」



 ぽんと肩に手を置かれてもアヤセは何も言えなかった。

 他ならぬ深紅(みく)を喪ったエドヴァルトだからこそ、その言葉は誰よりも重みがある。



 「いつまでも唯舞ちゃんが自分のそばにいてくれるなんて思っちゃ駄目だよ。……深紅や唯舞ちゃん(あの子ら)は、いとも簡単に俺達の手から零れてしまうから」



 ちょっと休むね、と自室に引っ込んでいったエドヴァルトの背中を横目で追って、アヤセはため息混じりに無機質な天井を見上げた。


 この扱い難い感情は、もう戻れないところまで辿り着いている。

 いまだ唯舞に名前ひとつ呼ばれてないことに気付いたアヤセは、もう一度深く息を吐き出し、静かに目を閉じた。


 

 

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