第108話 出会いの地へ、再び
アインセル連邦からの帰国後。
数日様子を見たが唯舞に異変はなく、やはり薄桃花から一時的に星と繋がったのだろうと結論づいた。
リアムやランドルフがドン引きするくらいに過保護さに磨きがかかった保護者+アヤセの面々は、その後の休暇は綿密な唯舞対策を練ることとなる。
何故なら唯舞はしっかりしてるように見えてどこか天然で、大人しそうに見えてあの深紅と同思考を持つ同郷人なのだ。
無自覚に人を部屋に招き入れたり、命の危機があったとはいえ、いとも簡単にエドヴァルトからの人工呼吸を容認するような発言をするなど、アヤセにとっては心臓に悪いことこの上ない。
そう、無自覚ではいられない。
アヤセはもう唯舞に対して無自覚でいることができないのだ。
恋敵にそれを指摘されたことは大変不本意だが、彼に言われなかったらずっと胸に居座っていたしこりの正体に気付くことはまだまだ先だっただろう。
不毛だと思っていた感情にここまで振り回されるとは思わなかったアヤセは小さくため息をついて天井を仰いだ。
いつだってアヤセの脳裏には唯舞がいて、全ての思考が侵されて実に厄介なのだ。
無意識に触れていた頃とは違い、今は唯舞に触れることに少しの躊躇いを覚えるようになったが、気付けば意識なく触れているから自分の無自覚も大概タチが悪いとアヤセは自己分析に蓋をする。
この想いをどうしたらいいのか分からずに初めてに近い恋心を持て余し、それでもそれを伝えるという選択は今の状況を変えてしまいそうで唯我独尊なアヤセにしては珍しく消極的だった。
とはいっても唯舞に近付く男を許す気などはさらさらなく。
アルプトラオムの内勤業務で各部署に顔を出す唯舞は、次第にまともなアルプトラオムとして認識され、各部署でも顔見知りが増えた。
それと同時に余計な虫までちらほら沸くようになったからアヤセからしたら頭が痛い思いだ。
ロウの時のようにあからさまに威嚇すれば間違いなく唯舞が怒るので、彼女から見えない位置で睨みを利かせれば不思議と男達は唯舞に近寄らなくなる。まだアヤセに噛みついてきた一般人のロウのほうが根性があるだろう。
本当なら外回りは全部リアムに任せたいところだが、そうすると今度は唯舞から「今更どうしてですか」と問われるので結局はアヤセが折れる羽目になる。
残念なことにアヤセの思考はすでに唯舞を中心に回っており、今さら唯舞のいない日常などもはや彼の中では考えられなかった。
だからこそ、カイリにチームメンバーを交代してと言われた時にも頑固として拒否をしたのだ。
代わるのならエドヴァルトだろうと暗に言ってみたが、恐らく彼も譲る気はないだろうとは思っていた。
異界人の聖女に心を傾けて喪ったエドヴァルトの深淵はアヤセでは遠く及ばず、それを思い起こさせる唯舞は、エドヴァルトにとっても大切な存在なのだ。
だからカイリもオーウェンも残念という言葉だけ残して、それ以上は何も言ってこなかった。
とは言っても彼らが唯舞のそばにいることが適切だというのは長期休暇内でよく分かったことでもあって、帰国後に生命力とはまた別の唯舞の体調の変化に目ざとく気付いたのはカイリだった。
先月も体調を崩していたな、と何気なくアヤセが口にすれば、カイリに睨まれ一蹴される。
エドヴァルトはそれである程度察しがついたのか納得するような苦笑いを浮かべたが、アヤセは何の事か分からず眉を顰めるしかできなかった。
元々体質的に貧血気味らしい唯舞は、休暇中は一緒にいたオーウェンが定期的に理力を流し体質改善をしたおかげでその後は幾分か楽そうな表情を見せるようになり、おかげでカイリだけではなく、オーウェンにまで気を許した微笑みを見せるようになったのはアヤセにとっては喜ばしくない話である。
今後はミーアにもフォローを頼むけれど、体質はすぐに変わらないからあまり無理させないで、とのお達しを残してカイリとオーウェンが戦場に戻ったのが休暇明けの1月。
戦場滞在期間は基本的に各部隊四ヶ月だが、前回は唯舞の召喚により急遽11月にカイリ達と交代してもらった。
だから本当ならその分も考慮してアヤセ達が年明けから戦場に戻るつもりでいたのだが、一度は大地と繋がった唯舞のこともあるとしてしばらくはザールムガンド首都に留まることになったのだ。
「…………中佐?」
耳馴染みの良い声にアヤセが天井から視線を戻せばそこは見慣れたアルプトラオムの執務室ではない。
瞬く間に年越しから三ヶ月が過ぎ、4月になった。唯舞がこの世界にやってきてちょうど半年だ。
季節はもう春。
出会いから半年の時が過ぎ、唯舞とアヤセ達はまた再び、出会いの地でもあるこの国境最前基地に戻ってきたのである。




