第107話 初日の出
固まるアヤセとは裏腹に唯舞はあぁ、と冷静に察した。
命がかかっている場面だったのなら最終手段としてはその手になったのだろう。
(でも、人工呼吸……みたいなものだし)
そう思えば別に納得は出来る。緊急ならばむしろ必要なことだろうし、どちらにしろあの時の唯舞には意識がなかったのだから理力の譲渡をされたところで何とも思わない。
「……やっぱり嬢ちゃんのほうが驚かねぇなぁ」
笑うオーウェンに、むしろ何故アヤセは固まっているのだろうと唯舞は不思議そうに首を傾げた。
「緊急時に必要なら、別に問題ないですけど」
「あぁぁぁ……! 異界人の子ってそうなるんだねー……」
「嫌だろ、普通。好きでもねぇ男にキスされて理力を渡されても」
「待ってオーウェン。その言い方は地味に傷つく」
「嫌、というか必要ならしょうがないかなって」
「唯舞ちゃん、それも若干傷つく」
「あ、ごめんなさい。えと、大佐にキスされるのは嫌じゃないですよ?」
「うん、ほっっっんとごめんね?! その発言は俺の生命に関わるから今すぐ撤回してもらっていいかな?! 俺が先に死んじゃう!」
寒々しいくらいの冷気を背後に感じたエドヴァルトは、冷気の主を見ることなく、矢継ぎ早に懇願する。
この、若干天然な部分が唯舞の魅力でもあるのだが、いかんせん今回は内容がアウトすぎた。
唯舞の感覚としては医療の一環だという認識なのだが、この世界ではそうではないイレギュラーな行為のようで、またしても異界カルチャーショックを味わってしまった男性陣は深々とため息をつき謎の結束を強める。
「あら、もうみんな集まっていたのね。おはよう、イブちゃん」
タイミングよく現れたカイリがカップを持ちながら唯舞に近付いた。
「はい、これ女将さんからよ。イブちゃんならきっと好きだろうって預かったのだけど」
「……お汁粉……!」
「ふふふ、好きそうで良かったわ。あら? ちょっとアンタ達、なんで誰もイブちゃんに理力を流してやってないの。手が冷えてるじゃない!」
カップを渡す時に触れた唯舞の指先に、カイリはぷりぷりと怒りながら男性陣を睨みつけ、すぐさま唯舞の両手を包み込むように触れてから昨日の朝と同じように理力を流してくれる。
じんわりとした熱がゆっくり体内に広がっていく感覚は何度してもらってもすごく気持ちがいい。
「はい、これで大丈夫よ。ごめんなさいね、寒かったでしょう?」
「ありがとうございますカイリさん」
「あぁもう。こんなに気の利かない男ばかりで本当に大丈夫かしら。この休みが終わったら私はまたイブちゃんと離れてしまうし……あぁいっそチームメンバーを変えるのはどう? イブちゃんのそばには私が必要だと思うのよね」
「お、悪くねぇ案だな。むしろ俺とカイリで嬢ちゃんを連れて行っちまうか。回復の俺とカイリがいたほうが嬢ちゃんもいいだろ?」
「ダメ! 俺は唯舞ちゃんの保護者だもん、大体カイリとオーウェンだったら今回みたいに理力が必要な時に対応できないじゃん」
「じゃあ、あーちゃんが私と交代する?」
「断る」
剛速球の速さで拒絶したアヤセに保護者達は思わず笑ってしまった。
そんなにも唯舞のそばを離れたくないらしい。
次第に空はオレンジめいたグラデーションに染まっていき、水平線に僅かに太陽が顔を覗かせた。
太陽そのものはあるというのに、太陽の化身が消えてしまったというこの世界にまた新しい年がやって来る。
貰ったお汁粉を飲み、ほっと一息をつきながらも唯舞は海を眺めた。
今回の初日の出はエドヴァルト達も一緒だが、レヂ公国でアヤセとふたりで見たあの時の夕日もとても鮮やかで美しかったのをなんとなく思い出したのだ。
そう思うと存外、この世界に来てからの唯舞の記憶の中にはアヤセが多いのだなと感じてちらりと彼に視線を向ける。
「……どうした?」
「ふふふ、いえ、新年明けましておめでとうございます。……あ、新年の挨拶ってちゃんと聞こえるのかな」
「聞こえてる。それがお前の国の挨拶か」
「あ、はい、良かった。年が明けたら"明けましておめでとう"って言わないとなんだか落ち着かなくて」
「こちらには特にそういった決まった新年の言葉はないからすごく新鮮ね」
「え? こっちには新年の挨拶って、ないんですか?」
「特に決まった言い方ってのはねぇな~」
オーウェンとカイリの言葉に、新年の挨拶がないのは少し寂しいと感じてしまった。
祖国を離れるまでは気付かなかったけれど、日本という国は伝統や礼儀を何よりも重んじる国だったのだと唯舞は改めて実感し、ほんの少しの郷愁を感じてしまう。
ふいにアヤセが唯舞の名を呼んだ。
「――――……明けましておめでとう」
「!」
日本式の新年の挨拶を告げてくれたアヤセはすぐにそっぽ向いてしまう。
だけど、嬉しさに徐々に顔を染めた唯舞が、おめでとうございます、とその横顔に蕩けるような笑みを浮かべれば、ほんの少し、唯舞を見るアヤセの瞳が和らいだような気がした。




