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第106話 生命力と理力


 しばらく布団にこもっていた唯舞(いぶ)だが、結局寝付くことは出来ずに思考を洗い流すようにシャワーを浴びることにした。

 本当ならば帰国前にもう一度温泉に入りたかったけれど、温泉営業時間は朝の6時半から。

 初日の出を見て、朝食をとってチェックアウト、と考えれば少し時間的に難しいかもしれない。

 

 そう、今日は1月1日。この世界でいう年の初め(ヤーレスエンデ)なのだ。

 年越しの瞬間を拝むことは出来なかったが、初日の出ならば十分に間に合う。

 

 少しの気怠さが体なのか心なのかは分からないが、シャワーを浴びて髪を乾かし終えた唯舞は、切り替えるように一度深く瞳を閉じてからアヤセにメッセージを送った。

 


 

 *


 

 

 「――お待たせしました。おはようございます、中佐」


 

 唯舞が準備を済ませて部屋のドアを開ければ、待っていたアヤセと視線が合う。

 バングルでメッセージの確認をしていたアヤセはいつもと何一つ変わらず、そしてそれは、唯舞も同様で……。

 無駄に表情筋の薄い両者は互いに気持ちを気付いて尚も、目に見えた変化はない。


 

 「あぁ。……行くぞ」

 「? どちらに?」



 アヤセの足は正面玄関ではなく関係者以外立ち入り禁止のエリアに向かっている。

 見慣れた背中を少し見上げるようにして尋ねれば、ついてくれば分かるといういつも通りのやりとりに心のどこかでほっとした。

 態度に出てしまったらどうしようと思っていたが、どうやらその心配もなさそうだ。

 

 それでも眼前に見える見慣れた後ろ姿に、些細な意識が向いてしまいそうになって唯舞はそっと視線を外す。

 背中がこんなにも広いなんて、今まで気付かなかったのだ。

 

 触れた指も、抱きしめられた腕も。

 意識はしてなかったけれどアヤセは正真正銘、男なのだと。

 

 そう思ったら妙に意識してしまいそうで、ふるふると頭を振って思考を心の隅に追いやると、唯舞は何も言わない背中を追いかけた。


 辿り着いた従業員専用エリアで「話は伺っております」とスタッフに案内されたのは旅館の屋上。

 高台に建つ旅館の屋上からは障害物もなく水平線が一望でき、なんとも素晴らしい眺めである。

 普段は開放していない場所らしいのだが、昨日の今日の騒ぎの後なのでと女将が気を利かせてくれたようだ。



 「あ、待ってたよーアヤちゃん、唯舞ちゃん」

 「おう、おはよーさん」

 


 夜の気配が薄れつつある空はほんのりと淡い空色だ。

 長椅子に座って待っていたエドヴァルトとオーウェンが、振り返るように唯舞達に視線を向けた。

 

 

 「おはようございます、大佐、大尉」

 「うん、おはよう。太陽神の加護もあるみたいだし……大丈夫そうだね。問題ないでしょ?」

 「あぁ。でもあんな命が縮まる思いはもうごめんだぞ」

 「……なんの話だ」



 そばに寄ってきた唯舞を見て何やら納得するエドヴァルトとオーウェンにアヤセの疑問が飛ぶ。



 「あぁそうか。アヤ坊には大事なところを答えてなかったな。昨日、嬢ちゃんを部屋に運んだ後にさっきのは何だったんだって聞いてきただろ?」

 「……あぁ」



 唯舞が倒れたのは昨日の朝。

 年最後の日の出を前に、聞こえてきた故郷の歌にまるで呼ばれるかのように呼応した唯舞が、薄桃花(さくら)の花を咲かせ、それと同時に彼女は意識を失った。

 そして咄嗟にエドヴァルトが唯舞に理力(リイス)を流し、その命を繋いだのだ。

 

 あの時のことはオーウェンに「お前は嬢ちゃんのことをどこまで知ってる?」と返され、その後は情報のすり合わせから詳しくは聞けずに有耶無耶になっていた。



 「まぁ昨日も言った通り、嬢ちゃんは一時的に星と繋がって生命力を吸われたんだ。だからエドは、自分の理力(リイス)――嬢ちゃんにとっての生命力だな――それを譲渡して命を繋いだんだよ。……まぁあんな芸当は、エドやアヤ坊みたいなバケモン理力(リイス)の持ち主しかできねぇけどな」

 「……ぁ」

 


 意識を失っている間の話を聞かされた唯舞は、困惑しつつもどこか納得した。

 昨日のエドヴァルトの体調不良にはそういった理由があったのだ。

 でもあの時は、それを聞ける雰囲気でも、深く考えるだけの余裕もなかったから。

 

 気にしないで、といったふうに座ったままのエドヴァルトが唯舞の頭を撫でて優しく笑う。

 

 

 「ただこのやり方は少し難点があってさ。しょうがないんだけど効率が悪いんだよね。おかげで結構理力(リイス)を持っていかれたし」

 「効率?」

 「そう、腕とか首とかからじゃ間接的にしか流せないから。さすがに俺が唯舞ちゃんに()()流すわけにはいかないでしょ?」

 「直接のほうが効率いいのなら、何故そうしなかった?」



 アヤセの言葉に、エドヴァルトとオーウェンはものすごく言いづらそうに目配せしながら苦笑いを浮かべる。



 「あのね、アヤちゃん……一番効率のいい理力(リイス)譲渡のやり方は、その……人工呼吸(キス)、なんだよ」

 「――!?」

 


 そう告げられたアヤセは、思わぬ単語にピシリと固まり、言葉を失った。


 

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