第104話 辿り着いた真実
幾重にも浮かぶホログラムモニターが眼前に広がる。
床にうち捨てられた半ば裏表が逆になったままの衣服に、残り一口分だけ残った飲みかけのボトルが数本。食べ終えたまま放置された菓子袋や栄養補助食品の箱もそのままに、乱雑な自室の一画で肩肘をつきながら探し求めた情報にいつもは陽気なミーアの相貌が険しくなった。
「これは、公には出来ないわねぇ」
ミーアの目の前には複数の写真とそれに関する膨大な情報が並んでいる。
歴代の聖女について調べ辿りついた結果、真実は自分が想像していたものより闇深いのだと知ったミーアは、ズキズキと痛むこめかみを押さえた。
かつて皇帝アティナニーケにも情報収集能力に天賦の才を持つと言われたミーアは、順当にいけば皇帝直属の精鋭部隊となっていたことだろう。
だが、現実はそうはならなかった。
今から14年前の特殊選抜・士官学校卒業試験。
他の一般訓練校とは違い、士官候補生だったミーア達の卒業試験は二週間にも及ぶ本物の戦争最前線への投入だった。
卒業基準は単純明快。生きて帰ること、その一点である。
戦時中という事もあり、ミーア達が在籍していた士官学校はより実践的な軍人育成を目標としていた。
そのため日々過酷な訓練が行われ、容赦ないふるい落としにより年々候補生は減っていき、13歳で入学した時100人を超えていた同級生らは19歳の卒業試験を迎える頃には20人をきり、そのうちの6人が卒業試験で命を落とす結果となる。
生き残る事が何より重要視されるそんな卒業試験で、ミーアは理力の大半を損傷するほどの大けがを負った。
チームリーダーの一瞬の判断ミスにより後退を逃したせいで標的になり、一斉攻撃を受けたせいである。
当時斥候だったミーアは誰よりも機動に優れていたから、それを寸前で躱し、ありったけの理力で撤退できたが、ミーア以外のチームメイトは全員死亡し、ミーアも一命を取り留めたものの、全身骨折に臓器損傷、さらには折れた肋骨が肺に刺さって血胸による呼吸困難となって爆風で左耳は完全にイカれてしまった。
命が助かったのはひとえに偶然居合わせた別チームのオーウェンがいたからであり、彼による救命措置がなければ恐らくミーアが7人目の戦死者になっていただろう。
それに加えて撤退時に一気に理力を放出したせいで急性理力欠乏症にも陥った彼女は軍人としての未来も閉ざされてしまう。
本人としては今の制服管理官の仕事も割と気に入っているし、諜報活動は非戦闘員でも継続できるので問題はなかったようだが、そんな彼女が見つけ出した真実はとても白日のもとに晒せそうもない。
現リドミンゲル皇帝の実妹キーラ・リドミンゲルが聖女だったという事は、恐らくリドミンゲル皇民さえも知らない事実だろう。
皆が皆、聖女とは異界から喚ばれる存在だと思っているからだ。
間違ってはいない認識だが、初代聖女が皇弟と婚姻を結び、子を成したことを考えれば異界人聖女の血が現リドミンゲル皇族にも流れているという事など容易に想像がつく。
そして、そんな皇弟と初代聖女の血を継ぐキーラは、まだ幼い男の子の手を引き、その後ろに厳めしい顔の侍従を連れて穏やかな表情で写真の中に納まっていた。
「……なんで、敵国のお姫サマのそばにいるのかな~ルイス先生は」
士官学校時代の担当教諭であり、現ザールムガンド帝国大将ルイス・バーデンの若き日の姿にミーアはぽつりと洩らした。白服の全体統括を担う彼の凶悪すぎる顔面はどうやら25年以上前から健在のようだ。
そして気付かないように、理解しないようにしていた幼い少年を眺めて、ミーアはさらに深々とため息をこぼす。
「なんで、敵国のお姫サマと一緒なのかな~エドは」
思えばアティナニーケはよくエドヴァルトに対して、強くて尊い男だと口にしていた。
あれは彼女なりの言葉の綾かと思っていたが、なんてことはない、ただの真実だったという訳だ。
送られてきた写真には皇女キーラとその子息エドヴァルトと書かれてあり、彼が敵国の皇族だったのは間違えようもない。
そして現れた聖女は皆短命だったと報告書に添えられている通り、それがエドヴァルトの唯舞に対する異常なまでの過保護さの理由なのだろう。
それと同時にミーアは気付く。
リドミンゲル皇国潜入作戦後、一カ月以上経ったのちにレヂ公国から帰国した時のエドヴァルトの光を失った目を。
あの時はあまりにもエドヴァルトの様子が痛々しくて何も聞けなかったが、彼が異界人聖女深紅と接していた事実と時期を考えみれば、何となく察することは出来た。
喪ったのだ。母に続き、深紅を。
「エドヴァルトの……特別な子になっちゃったんだな…………どうりで彼女なんか出来やしないよ」
あの聖女お披露目の時のベールを被った深紅の写真を眺めながら、ミーアはぬるくなった缶ビールを一気に喉に流し込んでからごみ箱に投げ捨てると、不敬知らずにも、皇帝アティナニーケへと電話を掛け始めた。




