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第103話 想う気持ち~アヤセ~


 立ちつくすアヤセの周りに冬の風が舞う。

 纏う理力(リイス)に阻まれた夜風は、衝撃に浮かされたアヤセの体を冷やすこともない。

 

 不意に昨夜の再契約のことが脳裏に蘇った。

 人里近くにいるような低級から中級クラスの精霊は姿を持たず、各々の属性の色でふわふわと漂う発光体のような存在だ。だが上級にもなると、ぼんやりと形を取り始め、人の言葉を理解し話すようになるのだ。

 

 中でも、アヤセ達のような理力(リイス)保有量の豊富な人間が契約するのは、位でいうところの最高位の大精霊。――十三精と呼ばれる、このイエットワーの(ことわり)のような存在だった。


 

 《――おや、今日は実に面白い光を纏っているね、人の子》


 

 猫形――正確にいえば真っ白な豹のような姿を持つ氷の精霊は、アヤセが訪れると実に愉快そうに笑う。

 十二支から外された猫が、この世界では13番目の(ことわり)として迎え入れられ、十三精では最も高位な精霊と云われるのは、皮肉めいた神の救済か気まぐれか。

 

 彼女がいるのはアインセル連邦北部の氷河地帯。氷結の世界を統べる覇者である。

 精霊に性別などはないが、口調から彼女を女性だと思っているアヤセは、その言葉に訝しさを示した。

 

 氷の精霊たる彼女に人のような名は存在しない。

 だからアヤセは、敬意を表して自身の二つ名でもある、氷帝、と呼んでいたのだが、そんなアヤセの様子が愉快だったのか彼女は笑いを深めた。


 

 《くふふ、面白いね。お前と契約を交わして何年だい?》

 「……8年だ」

 《8年。くふふ、8年か……最初は小生意気な小僧が来たものだと思ったが人の変化とは面白い。お前、その身に残る光は異界の者だろう? 稀にこの世界に流れてくる、光の奔流だ》



 氷帝の言葉に、アヤセは彼女が言わんとすることを理解した。異界の者、つまりは――唯舞のことだ。

 少し小高い崖の上にいた氷帝はネコ科の身のこなしでするりと身を翻すと、アヤセの元に降り立って匂いを確かめるような仕草で周りを一周した。



 《ふむ、此度の異界の光はやけに上質だな。実にうまそうだ》

 「……まさか、喰らうつもりか?」



 険を含んだアヤセに氷帝は豪快に笑い、機嫌が良さそうに長い尻尾がゆるりと揺れる。



 《くははは! そう逆立つな。わざわざ喰らう必要などないよ。どうせその光もいつかは我ら(リイス)と交わる》

 「……交わる?」


 

 この時のアヤセは、まだ、唯舞の……聖女の真の役割を知らなかった。

 後になって思えばそれは歴代の聖女同様、唯舞も近い将来、光となって星に還ったあとは世界の理力(リイス)と一緒になる、もしくは化身となる、という事だったのだろう。

 

 アヤセの問いに、氷帝は薄氷色(アイスブルー)の瞳を薄く細め、ふいっと背中を向けた。

 


 《それよりも契約だ。なぁに、今回は面白いものを見せてもらったからな、おまけをくれてやろう》



 足元に氷結花(フロストフラワー)が咲き乱れ、そこから契約によって繋がれた新しい理力(リイス)がアヤセの中に流れ込む。

 終わったとばかりに氷帝は霧雨のように霧散し、最後に言葉だけを残した。


 

 《此度の異界の者はお前にとって、殊更()()なようだからね。理力(リイス)とは別に、一度だけ力を貸してやろう。よく覚えておくがいいよ》

 


 

 *

 


 

 (…………特別)



 そう、あの時に氷帝にも言われたのだ。アヤセにとって唯舞は特別なのだと。

 確かに異界人という意味では特別だった。だがしかし、ロウはその感情を"好き"というのだとアヤセに言ったのだ。

 唯舞に対して恋情があるのに何故気付かないのだと。


 唯舞の体温を思い出すようにアヤセは自分の手の平を見つめ、いつだったかカイリに言われたことが記憶の片隅に蘇った。

 

 恋というのは、ままならないものなのだと。

 自身の感情がコントロール出来なくなって、視野も心も狭くなるのよと。

 そう聞いた時にはなんと愚かな感情(もの)だと思ったのに。


 それなのに今のアヤセは、唯舞が他の男と楽しげに話す姿を見るのが不快だった。

 他の男を頼る様子も、一番に頼る男が自分ではないのも嫌だった。

 

 そばにいないと落ち着かず、次第にその姿を探すようになり……彼女が時折見せる喜怒哀楽の表情を、他の人間と共有したくなかった。

 

 そして何より、唯舞をひとりで泣かせたくはなかったのだ。

 堪えるように泣くあの姿を、アヤセはもう放ってはおけない。

 

 ――離したくなかった。

 抱き寄せたあの柔らかな温もりから、離れたくもなかった。

 

 今まで、誰に対してもこんな気持ちを抱いたことなどない。

 それなのに唯舞にだけ――唯舞にだけざわめくこの感情が、今まで不毛だと思っていた恋心なのだと知って。

 

 アヤセはぐしゃりと前髪を乱し自嘲する。



 「……俺は、唯舞が好きだったのか……」


 

 一度でもそう認めてしまえば、今まで分からなかった胸の(つか)えが急に溶けたような気がした。

 

 唯舞のことが、何よりも大切なのだと。

 上司と部下という関係ではなく、ただ、ひとりの女として彼女のことが好きだったのだと。

 

 そんな単純すぎる自分の感情を尚も苦く思って、しばらくの間、アヤセはその場から動くことができなかった。


 

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