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第101話 ふたりの男


 話し合いが終わるころにはすっかり夜になっていた。

 

 かつてエドヴァルトが伯父・ファインツに言われた言葉。

 あれはきっと、この世界は太陽神から分かたれた陰の世界であり、太陽神代わりの化身が消えたことによって緩やかに滅びへと向かっている終末世界、ということなのだろう。


 そして、その終焉を防ぐには新たな太陽の化身が必要であり、それこそが太陽神の加護をその身に宿して生まれてきた――アマテラスノオオミカミの世界にいる唯舞(いぶ)達日本人だった。

 

 太陽神は()()。だからこそ器もまた、聖女()でなければならなかった。

 そして、世界を救済できる程の一柱の神となるには、太陽神の加護を受けた複数の聖女の人柱が必要だったのだ。


 今まで唯舞の加護が広範囲に広がらなかったのは、ひとつの場所に滞在することが少なかったからなのかもしれない。

 前線基地、首都ヴェイン、レヂ公国、アインセル連邦と。

 転移からたった二カ月だというのに、唯舞の所在はくるくると変わっている。

 

 今回は一時的に星と繋がったものの、エドヴァルトの機転で大事には至っていない。

 だが、太陽神の名を口にしただけで理力(リイス)の癒しを発言させた唯舞に、仮説は真実に近いと確信したエドヴァルトは、薄桃花(はくとうか)には近づかないよう重々釘を刺してからカイリと共に再契約へと赴いていった。

 

 体は回復したはずなのに思考を酷使した影響か、エドヴァルトらを見送ってからすぐにまた溶けるように眠ってしまった唯舞を部屋に残し、アヤセはひとり、(くだん)薄桃花(はくとうか)の元へ向かう。


 ヤーレスエンデを祝福する眼下の明かりは昨日と変わらず、年最後の夜を謳歌するように輝いていた。

 理力(リイス)を纏えば寒さは感じないから、上着を羽織ることなくアヤセは季節外れに咲き乱れる薄桃色の花を見上げる。

 寒空にも関わらず、唯舞の加護が効いている薄桃花(はくとうか)は冬風に揺られながらも満開に咲き乱れていた。



 「アンタは……イブさんの」



 ふいに声を掛けられ、意識を向ければそこには出会い頭に唯舞にプロポーズをしてきたリッツェンの息子・ロウの姿があった。

 アヤセとは違い、完全に着込んだ彼は目の前の男の軽装に寒々しい視線を向ける。



 「そんな薄着でよく寒くないな」

 「……理力(リイス)を纏えば大したことない」

 「あぁ、そうか。アンタもアルプトラオムなんだっけ。理力(リイス)が豊富な奴はそんな芸当も出来るんだな」



 自分に臆することなく、あのカイリにさえ靡かなかったというロウは、アヤセにとっては天敵(ライバル)に他ならない。

 それとなくカイリが釘を刺したようだが、それでも恋愛は自由よと言い残して彼も再契約に行ってしまった。



 「……なぁ」



 薄桃花(はくとうか)を見上げるアヤセと同じように、木を見上げたロウは静かな口調でアヤセに呼びかける。



 「イブさんが言ってたけど、アンタはイブさんの上司なんだよな?」

 「……それが?」



 上司、と言われてしまうと何故だか急に距離を感じて僅かな引っかかりが胸に刺さった。

 決して間違ってはいないのだが、何となくその言葉を素直に受け入れることができずアヤセはぶっきらぼうに答える。



 「いや? 恋人だったらさすがに悪いなと思っただけ。じゃあ別に俺がイブさんを好きでも問題ないよな。今後も会えそうだし」

 「……あいつは明日ザールムガンドに帰る。そう簡単に会えるとは思えないがな」

 「残念。俺、交易の仕事に就いてんだ。イブさんはアインセルの食材が欲しいんだろう? 女将から話が回ってきて俺のとこで担当することになったから。だから俺も定期的にザールムガンドに行くぜ?」

 


 アインセル連邦の食材を手配できると知った時の唯舞の嬉々とした表情を思い出す。

 嬉しさを全面に出した蕩けそうな笑みを、この(ロウ)にも見せるかと思うと握った拳が力んだ。

 仕方がなかったとはいえアインセル連邦に唯舞を連れてきたことを悔やみ、アヤセは僅かに眉を寄せてロウを見下ろす。



 「はっ。アンタさ、そんだけ俺とイブさんを近づけたくないくせに無自覚なのか。情けねーな」

 「……喧嘩を売っているのか?」

 「売らねーよ。自分がイブさんのことを好きだとも気付かないようなマヌケに売るもんなんてねーだろ」


 

 そう言って(きびす)を返したロウに、思わずアヤセの目が驚きに見開かれた。

 肩越しに振り返ったロウが、少し馬鹿にしたように(わら)う。



 「なんだ、本気で気付いてないんだな。あれで惚れてないってほうが嘘だろ? 自分の気持ちにも気付かないのかよ」



 そう言い残して夜の闇に消えていくロウの背中を、アヤセはただ茫然と眺めた。

 さわさわと夜風に揺れる薄桃花(はくとうか)の花びらだけが周囲に舞っては散っていく。

 


 (俺が、唯舞を……?)



 中佐、と自分を呼ぶいつもの声色が頭の中で聞こえる。

 内側から激しく揺さぶられる感情が唯舞への恋心なのだと指摘されたアヤセは、何も言えず、ただただその場に立ちつくした。


 

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