9話 雲貫く山々の道中
この日記はまだ何かあるかも知れないので回収。さて、地図を広げ次に向かう目的地を決めよう。
…………一度あそこに向かわなければならないからな……よし決めた。
「次に向かう行き先は、まず前方にある山脈を横断し、道中にある遺跡群を調査した後に国境を越えて高原地帯を突き進み、その先にある海岸の漁村に向かう。何か聞きたいことはあるか?」
あの隠れ庭を出て前方に聳える山々を見ながら、エンデに次に行き先を説明する。特に何も言わないから、了承と受け取って良いだろう。
食料や寝袋等の全ての準備は万全。だがこの老体の足腰は全く持って万全では無かった!
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
「……休憩しないのか?」
「いやまだだ。まだ今日中に到達すべき目標地点に到着していない。今ここで休憩すれば到達できるか怪くなってしまう」
そもそもこんな登山中で休憩すれば、進む速度的に今進んでいる崖地帯を抜けられずこんな足場が不安定な場所で野宿することになる。儂としては絶対に避けたいし、狭い場所で野宿をした結果足を滑らして崖下に落下と言う最悪の可能性を孕んでいる。
だからこそ少々無理をして進まなければ。そして多少早足で急がなければ。
「…………」
やはり口数が減っているな。
何とか……何とか目標地点に到達し、安定したこの場で野宿の準備。然程時間は掛らず終わり、夕食を取り終えたら後は寝るだけ。だがまだ調べ確認したいことがある。その為に焚き火の明かりで照らしながら、持って来た日記を読み進める。
「それには何が書いてあるんだ?」
焚き火が煌々と燃える中、暇になったのか儂が持っている2代目国王の日記について聞いて来た。そう言えばこれの中身の情報共有をしていなかったな。
「これは2代目国王の日記で、当時のことかなり詳細に書かかれている。何度か魔王についての記述もある。魔王とは、エンデのことだろう?これを読む限り随分暴れていたようだな」
「…………」
……何か嫌なことを思い出させてしまったのだろうか。流石に何度も見ればエンデが黙ってしまう規則性を大体掴めた。
エンデが魔王と呼ばれた過去に関することと、この凍えた世界で凍えた原因を究明しようと老体に鞭を打つ儂の姿。多くが黙ってしまう前後で起きている。何か思う所が……
「お前は……聞かないのか?」
……?
「……聞かないのかと問われても、儂には何のことだか全く分から無いが」
「お前を…………殺したりするのか……とか……」
あー……世界を滅ぼすこと等に関連したこと、だろうか。
「……何を思ったか知らんが、今までそんな疑問は全く湧いてないぞ。そもそも、こんないつ死ぬか分からん老体に聞くのは野暮だと思うがな」
「……」
会話が途切れたか……取り敢えずエンデの方から儂に言葉を発するまで、そっとして置くのが良いか。湖周辺の遺跡調査でも思ったが、ああ言うのは気持ちの問題だろう。多少時間が経てば、その問題は解決に向かうはず。
明日になっても解決しなければ儂の方から話し掛けてみよう。今は、今はそれで良いはずだ。
日が昇って朝になり、かなりの距離を進んで山脈の頂上まではあと少し。今は空に敷き詰められた暗雲たる分厚い雲の中を登って進んでいるが、実は山頂を経由せずとも進める。と言うか山頂を経由すると少し遠回りになってしまう。
こんな凍えた世界の空は延々と続く暗雲。日の光があまり届かない世界では、こう言う場所は特別だ。暗雲を突き抜けたこの山頂では、雲に邪魔されず日を見ることができる。エンデは封印を解き放ってから初めてで、儂としても20数年ぶりの日を拝める。
この場所を経由しようとするのは、日は活力の源だと言う考古学者の友人の戯言。あの時までは冗談のように受け取っていたが、こんな暗雲があってしまえばその言葉を全て受け取る他に無い。
……眩しっ?!
ようやく雲の天井を抜けれたが、あの暗さに慣れた目だと流石に眩しい。この山頂付近で今無理に進めば、目が眩んで足を滑らせば落下し即死は確実。目が見えるまでは一旦立ち止まろう。
「…………」
目はすぐに慣れた。ただ……エンデは昨日と同じだな。
兎に角、後少し。あともう数歩で山頂に辿り着く。そこでエンデと話そう。そこで中に溜め込んでいる感情でも吐き出してくれれば、儂にもやりようは……
「……あっ」
ま、不味い!こんな時に、こんな場所で足を滑らしてしまった!もしこのまま落下すれば良くて骨折、最悪は死。やっとここまで到達したと言うのに!まだやり切って無いこと、書き切って無い物があると――――
「…………う、浮いて……?」
これはまさか魔法か?空中に浮遊できる魔法があるのか。初めて知った。
ゆっくり……ゆっくりと空中に浮遊したままエンデに近付き、そこで儂に掛けられていた浮遊が解除された。本当に助かった。やり残したことを終わらせずに終わってしまう所だった……
「わた……私は、何で……なんで…………!」
「だ、大丈夫か?」
「……っ!」
エンデが急に走り出した?!一体どうして……いや今はそんなことを考えている暇は無い。あのまま何処かに行ってしまえば儂にはエンデを探す手段が無い!
あの方向は山頂。こんなほぼ崖を登って……この崖は儂には登れない。今すぐに追い付きたいが、遠回りになる登山道に行くか……?
いや駄目だ。そんなことをすれば見失う。こうなったらこの老体に鞭を打って崖を登ってやる!
「ぜぇ……ぜぇ…………ぜぇぇ……ふぅ」
頂上に到達した。息が上がる。疲労が肩にのしかかる。恐らく夕刻か明日には筋肉痛で苦しむことだろう。
辿り着いた頂上にはただ茫然と、地平線の果てまで伸びる雲海を見つめ、儂の方を見ること無くエンデはこの頂きで、ただ立っていた。
どう声を掛ければ良いか分からない。耳鳴りが鳴るほどの無音が続く。この無音を断ち切ろうと儂が口を開くと、エンデがこちら側を向いた。
自殺願望者のような目で。
「…………なぁ、教えてくれ。世界がこうなってしまった今、世界が滅んでしまった今、私は……私は何者なのかを」