8話 隠された庭
エンデが示した初代国王が転移の魔法で逃れた場所。その場所付近に到達し、そこからの詳細な場所までの道のりをエンデに任せているが、何故か中々辿り着かない。
進んだ距離的にはもう目標地点を過ぎていてもおかしく無いほど。王都には不思議なほどその地点についての情報が皆無だったが、本当にあるのだろうか……
エンデを疑いたくは無いが、そんな疑問が湧いて出るほどに同じ場所をぐるぐると回っているような気分だ。
「あった。幻惑の魔法による結界の壁。これがあると絶対にこの先には進めない」
そ、そんなものがあるのか。通りでエンデが示した場所の情報が何も無い訳だ。14日間の王都調査でこの場所のことが何も無い原因が魔法……流石に現代で魔法への対抗策は儂の知る限りゼロ。誰も何処にも情報が無いのは納得としか言いようが無い。
エンデが何度か放っていたあの火とはまた違う。幻想的な光の膜のようなものが現れ、そして淡い泡のように静かに砕けた。
……見えた。さっきまでの道のりとは全く違う風景。大半が雪や氷に包まれているものの、先には一面の花畑と数本の大木。そして……
「ここ……」
土塊の……人型の大きな物体。これがゴーレムか。壁画や伝承で見聞きした物とほぼ同一。想像している通りの、そのままの存在が今、儂の目線の先に。
初代国王の時代。かなりの年月で稼働を止めたのか、エンデが封印されて停止したのかは分からないが、苔むし草木が生え鳥の巣と雛が住み動物の子らが遊ぶそのゴーレムは、大きな大木に横たわり、様々な動物の氷像に囲まれていた。
もはや完全に、自然の一部と化している。
見たところ動物には幻想の魔法が効かないのか。ここはまさに、人間の寄り付かない自然の楽園だな。
動物の氷像に触れないように歩きつつ、取り敢えず中心部に向かう。こう言う場所は大抵中央に何かあるものだ。
地下に続く階段があった。
花畑に隠されるように、もしくは目立つように造られたであろう野晒しの石の階段。
目立たないが目立つその階段に、何かがある……はずなのだが。肝心の階段は野晒しだった影響か雨水が溜まり、凍った水が侵入を阻んでいた。
一応透明感があり階段の先が見えるものの、それがどうした。としか形容できない。
階段の先は儂の知らない紋様が彫られた石の壁。どうせあれも魔法関連の代物だろう。だがそんな石の壁があると言うことは、その先がある。そしてあの石の壁によってその先が浸水している可能性はかなり低い。
ただ……侵入を阻むこの氷の障壁を破壊しなければ、先に行くことは不可能。チマチマとハンマーと釘で氷を削れば行けそうに思えるが、肝心の儂の体力が絶対持たない。半分に満たない所で力尽きる。
…………水だったなら容器で水を汲んで行けそうだな。そうだ!エンデの魔法がある。あの火で氷を溶かし、儂が水を汲み捨てれば到達できるのではないか?
「エンデ!やって欲しいことがある」
「……な、なんだ?」
人の手による氷の掘削の何倍も何十倍も早く終わったのだろうが、儂もエンデも息が切れるほど疲れた。
そもそも焚き火の火を維持するのに薪が必要なのと同じで、エンデの火も維持するのには相応の何かが必要なようで、全てを終えた頃には体力が底を尽きたらしい。結果エンデはその場で息を切らしながら寝転がっている。
儂は無論、溶かした氷を即興で作った木のバケツで掬い地上に投げ捨てを繰り返し、何度か休憩を挟み、階段の底の水をバケツで掬った。そして儂は今、最後の水を投げ捨てる気力が湧かず、溶かし取り除いた地下に続く階段に、息を切らして腰を掛けている。
これだけ頑張ったからには、何か有益な情報があると過剰に期待しよう。何も無かったらハンマーで階段に渾身の一撃を放とう。
……そうしよう。
「ふぅ…………」
多少疲れが取れて来た。
エンデも多少息が切れているものの立ち上がった。儂のやって欲しいことは察しているのだろう。儂の横を通り過ぎ、階段の下の奥にある紋様が彫られた石の壁に息を整えその手で触れた。
触れた途端に紋様に光が浮かび上がり、そして石の壁が光の粒子と化して消え、その先に空間が見えた。すると徐に、エンデが階段の上に向けて振り返る。エンデにやって欲しいことは終えた。ここからは儂の出番だろう。
ランタンを取り出し、火を灯して階段を降りエンデの横を過ぎて今さっきまで石の壁があったその先。その先に足を踏み入れる。
誰かの私室……なのか?
あの石の壁のお陰か、階段に溜まった水や凍えの影響は全く見られない。本棚らしき家具に数冊ある本も、凄まじく状態が良い。
これが、この場がいつの時代の物かは分からないが、この場にある物品全てがそれほど時間が経ったようには見えず、それ等全てが新品にも感じさせる。
壺、本、本棚、コップ、蝋燭、羽ペン、書類らしき紙、ふかふかなソファー、机に椅子、などなどその他諸々が生活感を漂わせる。
本棚にある全ての本を取り出し近くの机の上に並べてみたが1つだけ異彩を放つ物がある。これは……日記?かなり状態が良い。ここにある本の表紙に書かれている文字はかなり古いが、これだけ更に一段と古い。見た限りは初代国王の時代の当時の文字。解読は可能。
表紙には何も書かれていないが、中には1頁ごとに一纏めになっている文字が幾つも。恐らくその日その日のことが記載されている。読んでみよう。
『……戴冠式の夜。僕は初代国王である父から王冠を受け継ぎ、2代目国王になった』
成程。これは初代国王の子の日記か。いや待て、ならこの日記は1000年以上も昔だぞ……?!今が確か137代目だったはず。何故これほどに、紙が1000年以上も残るのか……?まさかこれには魔法が……いや落ち着け。まずは日記を読み進めよう。
『父に憧れ国王に相応しき人となれるよう今まで頑張って来たつもりであったが、やはり王の仕事は終わりが見えない。父を何年も何年も見て分かっていたが、実際に体験すると見ただけでは感じ取れないものが私の肩に積み重なる。少々疲れた』
この日記には初代国王から王の座を譲られ国王と成った者の物。ならば有益な情報が眠っている可能性が高い。もっと読み進めよう。
『今日は父に、この隠れ庭に招待して貰った。ここは父の緊急避難先であると聞いていたが、今はその面影は無くただの私室と化している。父が言うに、この隠れ庭を私に譲渡するから、仕事が嫌になったら気が済むまでここに隠れていろ、と。父は私のことを見透かしていたようだ。ここは、喜んで受け取ることにする』
隠れ庭と言うのか。確かに誰も入れないような場所だから隠れるのには最適だな。
『そう言えばと、気になっていた隠れ庭に倒れているゴーレムについて父に聞いた。父曰く、かつて父が撤退を余儀無くされた魔王が創ったゴーレムと言い、私はすぐに破壊した方が良いと進言したが、父からは造られたものには悪も善も無い。魔王が封印されているなら尚更、と……まぁ動く様子は無いし、父に免じて放置だ』
その判断のお陰で今ここに来られたことに、初代国王に感謝したい。有益な情報があればだが。
『今日、大賢者様がいらっしゃった。父の旧友であり頼れるお方。この前もご自慢の魔法で国の問題を一瞬で解決して下さった。私も魔法が使えれば良かったが、一昔前の魔王の襲来で多くの魔法使いが戦死し、父は魔法が使えるものの私自身には魔法を扱える才能が無い。非常に残念としか言いようが無い』
…………大、賢者。聞いたことがある。しかし想像以上に大暴れをしていたのだな……エンデ……
同じような国王としての日常が書き綴られているのか。無益では無さそうで一安心だが、流石に量があるな……仕方ないか。できうる限りは読もう。
『いつものように王としての仕事をしていると、部下から大賢者様がいらしたとの報告が来た。今日も盛大に出迎えようとしたが父に止められた。仕方ないので静かに出迎える。大賢者様との会話で、今回はどんなことを新たに知り、会話ができるのかと期待したが、残念なことに大賢者様が訪ねて来た訳は違うと言った。もう日が遅いので客室を用意し、訳を聞くのは明日にする』
…………
『鐘を鳴らす。大賢者様が真剣な面持ちで、開口一番にそう言った。鐘と言うことは、例の国に関連したことだろう。あれの危険性を後世に伝える為に各地に石板を残すと言ったが、私には詳細なことを話すこと無く、必要だと言う物を全て譲渡し、私は大賢者様を見送ることしかできなかった』
……鐘か。大賢者と石板と鐘。その関係性は……
「何か分かったか?」
この場にある別の物品を調べ終わったであろうエンデが、そう聞いて来た。
「あぁ、色々と有益そうな情報があった」
この隠れ庭とやらには、この日記には、恐らく大きな一歩を与えてくれた。日記に強調されるように書かれていた、鐘……そして石板。全貌が見えて来たかも知れない。
…………大賢者か。