6話 湖上の王国
「…………!」
何かを思い出したのか、エンデがはっとした顔で凍った湖の上の王都を見つめ、右手で口を押えた。
古い文献にある、封印から復活したという魔王の脅威を初代国王が退けた……魔王とはエンデのことだろう。エンデ自身そう言っていたし間違いは無いはず。
……エンデが一度目を伏せそして閉じ、ただ何とも言えない表情でこの光景を見つめていた。儂はエンデが動くまでここで待つとしよう。流石に夕刻になれば強引にこの場を離れて王都に向かうが。
「私の存在意義なんて、もう何処にも…………あぁっ?!な、何でも無い……何でも無い……から」
聞き耳を立てていた訳でも無いのに、どうして急に取り乱す?……初めて見た顔だな。驚きと、若干の羞恥。完全に儂の存在を忘れていなければ、今の独り言は出ない。
しかし聞こえた限りはそんな恥ずかしいことでは無いように思えるが……まぁ良いか。これを機に王都に向かう。エンデに取っても別のことに意識を向けた方が忘れも早いだろう。
「さて、改めて行くか」
「そ、そうしよう!」
新たな街に着いたらまずやるべきこと。それは屋根のある宿を見つけ、そこを仮拠点にする。
住人の住居に勝手に住むこともできるが、流石にかつての生活の一場面を見せられるとかつての日常を思い出し少々心に来る。それに……稀に恋人や夫婦のあれこれの最中だった氷像を目撃するから、色んな面で心臓に悪い。
だから宿。宿こそ泊まる為にあるものだから、調査の行き帰りの時の目撃数も少なくて済む。できれば誰もいない部屋があれば尚嬉しい。
「……無いな。宿」
「……そうだな……」
まさかここまで探しても宿が見つからないとは。ここの人は全て氷像になっているだろうから場所を聞くことはできないし、前の街で入手したここの王都を記した地図にはこの辺のはずだが、それらしい建物は何処にも……ん?
「宿屋……建て替え中……」
丁度……丁度建て替えの最中に凍えたか。はぁ……流石に建て替え中の宿は隙間だらけだろうから夜を過ごすのは無理だろう。野宿とほぼ同じだ。
となると、どうしたものか。
最終手段の人の家屋に泊まるか……?だがそれは流石に避けたい。人が少なくて屋根と壁があり外気と隔絶可能な建築物で、暖炉があれば尚嬉しい。
「……」
エンデ……一体どこを見つめて…………周囲とは一際大きい建築物で、ここからでも見えるステンドグラスが美しく空からの僅かな光を輝かせ、外には修道女が箒を持って扉前を掃除。
「教会か……」
あそこなら修道女が寝泊まりしているから最低限寝床はあるし、もし客室があるならそこに泊まろう。この国の気候的に良く冷えるから暖炉はあるはず。
儂自身あまり神を信仰している訳では無いが、今日は世話になろう。それにああ言う場所にこそ、世界が凍えた原因の糸口になる物があるかも知れん。
……おっと。
「扉が凍っておるな……待てエンデ。こんな場所でその火を放てば大きな被害が出るだろう。この程度の氷ならナイフで削り切れる」
地味にこの辺に氷像が密集しているから、下手にエンデの火を放てば最悪爆風で倒れて割れたり溶けてしまうだろう。凍っているからとは言え、そんなことをすれば殺人も同義だ。
氷像以外の氷は普通の氷と何も変わらない。ナイフで何度も刺せば氷は削れるし、柄で叩けば氷にヒビが入り簡単に扉から崩れ落ちる。
普通の氷が氷像と同じでなくて本当に良かった。そうでなければ儂は完全に詰んでいた。
「これくらいで良いだろう。エンデ、反対側の扉を押してくれ。一斉に押せばこちらの扉とそっちの扉の隙間にある氷が砕け扉が開くはずだ」
「……それじゃあ、掛け声するよ。せーの!」
儂とエンデが同時に扉を押し、氷が砕ける音と共に全力で押していた扉が内側に行き、儂は何とか踏み止まったが、エンデの方は踏み止まれずそのまま今さっきまで押していた扉がエンデの手を離れ、空を掴み教会の内部に向かって顔から落下して行った。
痛みで顔を押さえるエンデに対し、儂は手を伸ばしエンデの手を掴んで引っ張り立たせる。まさかあんなに吹っ飛ぶとは思っても見なかった。
さてまずは寝床の確保。もう夕陽が見えなくなり掛けている。寝床の確保以外は全て後回しにしなければ。
……温もりがあり暖かい…………だが狭い!
何とか客室を見つけそこを仮拠点にしたが、思ったよりもベッドが狭くそして他に客室が見当たらなかった。修道女や神父の寝床がある部屋は幾つか見つけたが、全ての部屋に最低3人分の氷像があった。うっかり氷像に触れれば一貫の終わり。だからこそこの誰もいなかった客室のベッドに寝ることになったが……
流石にベッドがある街に来たのに、床などに寝袋で寝ても旅の疲れは取れない。故にベッドで寝たいが、儂1人は駄目だ。エンデの分も無ければならない。結果、このベッドに儂とエンデの2人で寝ることになった。
幸いベッドは庶民の物より広いが、2人で寝るには狭いことに変わりない。
「……」
寝言を立てず、静かに寝ているな……邪魔しないようにゆっくりと横にズレて、毛布を動かさずベッドから脱出。
さて、起きてしまったからには色々と行動しよう。まずは暖炉に火を着けて、すぐに消えないように薪を何本か投げ入れる。
次に、防寒着を着て別の部屋の探索をしよう。昨日は色々と調べる余裕が無かったからな。
ここは……書斎か。かなりの蔵書だ。しかもこの国の歴史書が何巻か。これは有り難い。
語り継がれた言い伝えなどは大半が書物に残されず口伝のみの為、どう足掻いても今の儂に知る術は無い。それがかなり、かなり痛手だが、もう無理なことは無理だと決めつける他無い。
識字率の低い村や国があるからどうやって調べても穴はできるし、儂が良く調べている歴史や言い伝えも間違った歴史が書かれた歴史書が全てを台無しにする。
儂自身の知識と主観でそこはどうにかするしか無いが…………成程。最初は湖に浮かぶ小さな孤島だった場所に、魔法使いである後の初代国王が魔法によって瞬く間に孤島をすっぽりと覆うほどの大きな城を創り上げた。
これは王城の位置の下には地面があると言う部分は真実だろうが、城を創り上げたのは脚色混じりで書いたか、もしくは全て真実か。その時代の生き証人がいれば、文書の文字を疑うこと無く事実を知れると言うのに……
「ふぁ……ここにいたのか。起きたら暖炉の火が燃えててお前がいなかったから、何処に行ったか探しに来たけど……何だその顔」
あっ、いた。生き証人が案外すぐ側に。
「エンデ。聞きたいことがある。この歴史書の挿絵にあるこの国の初代国王と、その当時について教えてくれ」
「それは良いが、全部を知っている訳では無いし、私の主観が含まれるが、それでも良いのか?」
「それで良い。当時のことを知れるだけでかなりの収穫になる」
今いるこの国の王都を見た時のあの独り言。伝承を含め、あれは当時のことを、初代国王の代のこの国を知らなければ出て来ない言葉だ。
流石に全部を知らなくても、1割ほどしか知らなくても、それだけで何かしらの情報を得られることができるはず。全てはエンデにかかっている。
「……この湖と湖の上に造られたこの国は特徴的で見覚えがあるから言えるが、他の地ではあまり聞かないでくれ。それを知っているとは限らないから」
そんな前置きをして、日が浅く未だ薄暗い書斎の中で、灯りとして持って来たランタンが煌々と輝きながら、エンデが口を開いた。