5話 凍えた運河を越えた先
変に遺跡に時間を取り過ぎた。
元々何も無いだろうと踏んで遺跡に向かったが、まさか魔法の扉なんて物があるとは。その先で世紀の大発見と呼べるかどうか怪しい壁画を見つけたが、特に何か分かると言う訳では無く。結局分からず仕舞い。
……今回の遺跡ではエンデがいなかったら儂は確実に見逃していたことだろう。そして魔法の扉が遺跡にあった。つまり儂が今まで足を運んだ遺跡にもある可能性がある。これは良い進歩と言える。
今度エンデと共に世界の遺跡巡りをしてみるか……
「お前。この街に戻った目的を忘れたか?」
「忘れる訳無いだろう。2人分の寝袋と充分な食料に、街の近くを記した地図。今まで何年数々の国や街や村を巡ったと思っておる」
「それならいい」
今回はエンデに色々と苦労を掛けた。今後のことを考え、万全にして先に進もう。その為には今儂が言った必要な物をメモして置かねば。
準備を万全にするために丸一日の時間を掛けて、未だ暗い早朝に街を出る。
次の行き先は決めた。
ここから先。ここから直線方向に進み、広い運河を横断し、今いるこの国土の王都に向かう。馬車があれば一日で着く距離だが、生憎徒歩しか移動手段が無い。
だが迂回が必要になる凍える前の世界と馬の足とは違い、世界が凍え川や運河すらも凍った為、橋を使わずとも直線方向に進められ馬と同じ1日か翌日には到着するだろう。凍えた世界の唯一の利点と言っても差し支え無い。それ以外は最悪だが。
水の都と呼ばれるほどに水が潤沢な地。確か近くを流れる幾つもの川と地下から溢れる地下水が集まり生まれた、湖の上に建つ湖上の王国。
かなりの歴史を誇り、そして比例するように伝説や遺跡も多い。初代国王は魔法を使う魔法使いだったと言う逸話まであるほどに。エンデがいれば魔法関係は敵無しだろう。魔法は儂に取って完全に専門外。これほどの好条件で向かうことができるのは幸運と呼ぶに相応しいだろう。
「では、行くとしよう」
儂の言葉にエンデは荷物の入ったリュックを背負い、足を進める。荷物が分散したのは老体の儂にとってかなりの助け。これでもう肩を痛めずにすむだろう。当然儂の方の荷物はエンデよりも重いが。
雪を踏みしめる音だけが鳴る森を抜け、ようやく運河に到着。
予想通り完全に凍っている。横に広い為あまり波は立たず、足を乗せてもヒビ1つ入らない。横断するには好条件だ。遠くに橋が見えるが、今回は使わない。使っても現状では遠回りになってしまう。
氷で滑らないように儂の靴にはいつも小さな釘を打っているが、そう言えばエンデの靴には釘を打っていなかった。流石に釘を打たねばかなり滑りその分移動時間が嵩む。
そして釘を打つには少し時間が掛る。終わり次第進むのも良いが、そうすると時間的には運河の上で一夜を明かすことになりそうだ。足元が氷と言うのはかなり寒い。寒さとしては雪の方がまだマシ……仕方ない。運河の上で野宿するよりも、木々があるこの場で野宿する方が良さそうだな。
「焚き火を用意してくれ。それが終わり次第エンデの靴に釘を打つ。流石に運河の上で何度も滑るのは嫌だろ?」
「それは嫌だな……ほい。これで良い?」
「助かる」
エンデが周囲の木々の枝や葉を瞬く間に集め、ほい、の掛け声で火が点けられた。本当に魔法とは便利に思える。いちいち火打石やマッチで火を付けなくても一瞬で火が点くのは楽の一言に尽きる。
予想以上に焚き火を早く用意したエンデに負けないように、儂も組み立て椅子を1つ組み立てる。この椅子をエンデに座って貰い、儂は渡された靴に釘を打つ……つもりだったが座りながらじゃないと腰が辛い。儂の分の椅子を組み立てからにしよう。
できた。座って持っている釘を数本持って靴が壊れない程度に、足と釘が接触しないように考えながら…………
「……あっ、リス」
「っ!触っては駄目だ!!」
あ、危なかった……触れる直前で止めることができた。まさかエンデが動物に触りに行こうとするとは……動物好きなのか?
「……触ったらどうなるんだ?」
当然の疑問を……今まで説明していなかった儂が悪いな。
「触れた箇所が氷像と同じように凍る。一瞬触れただけなら、まだその箇所を火に炙れば治るが……もし反応が少しでも遅れれば、こうなる」
これは戒め。淡い希望に、安易な発想の道に進もうとした結果。
「世界が凍えてすぐ。儂はどうやったら皆を助けられるか考え、温めれば元に戻るのではと考えた。近くに焚き火を作り、火を点けて、そこに凍った体に火を当てようと氷像に触れた。しかし、氷像に触れた瞬間に火傷のような痛みに襲われ……すぐに手を離したものの、薬指を持ってかれてしまった」
今まで手袋で隠していた左手。その薬指。すぐに手を離したものの薬指の根本まで凍り付き、切り落とす他無かった。少しでも遅れていれば、儂も今頃氷像に。
もしあの時強引に火に近付けたとしても、後の検証で知った火の方から近付け当てても火が消えてしまうこの事象に気付かず、終わっていただろう。
儂の無い薬指を見たエンデは口を閉じ、何かを考え込むように靴を脱いだ足を座っている椅子に乗せて小さく丸まった。
今何を考えているかは、儂には分からない。だから完全に日が暮れ夜になる前に、エンデの靴に釘を打つ。
……目が覚めた。
今日は儂がエンデよりも早く起きたか。いつも素っ気ないが、寝顔は案外可愛いな。
よし、まずは火を灯し焚き火の燃え残りと枝葉を寄せ集め投げ入れる。おお、今回はよく燃える。稀に湿ったまま凍り付き全然燃えない木材があるが、今回は無かったようだ。あれがあると火がすぐに消えてしまうからいつも困っている。
昨日の内に片付けていた調理道具を広げ並べ、野菜を取り出し朝食の準備をする。
……野菜を煮込みつつ儂の寝袋を片付け、何度か野菜の状態を確認。
「……」
「おはよう、エンデ」
「ああ……おはよう」
瞼を細く見開き虚な目を空に向け、エンデが目を覚ました。そして数十秒の時間を掛け、エンデが寝袋から這い出てくる。欠伸をしながら腕を伸ばし寝袋の外の寒さに一瞬震えた。いつもの光景になりつつある。
エンデの分の朝食を用意して、儂の分も。寝惚けた目を擦りながら防寒着を着て立ち上がり、儂が既に用意していた温水に顔を漬けて顔を洗った。
朝食の用意を終えた手でタオルを渡し、エンデは受け取ってすぐに濡れた顔にぶつけて水を拭き取る。その表情から、完全に目が覚めたようだ。
「……」
無言で儂が用意した朝食を手に取り食べ始めた。流石に腹が減ったな……儂も食べるか。
広い広い見渡す限り氷の地面しかない運河を渡り、ようやく反対側に辿り着いた。既に時間的には昼を過ぎた。
後少し進めば王都に辿り着く。もうひと頑張りと行こう。
「氷の道が……増えてる……?」
「ああ、恐らくそれは川だな。そして、増えていると言うことは……」
幾つもの川と地下から溢れる地下水が集まり生まれた、湖の上に建つ湖上の王国。氷の道とは凍えた川。そして川を辿れば……
「到着だ。儂も始めて来たが、こここそがこの国の王都。かつて湖上の王国と呼ばれていた場所」
今はもう……見る影は無い。美しいと聞く王都は、薄暗い雲と動かず無音の湖に囲まれ、凍えた王都に動く者はおらず、凍り付いた湖に浮かぶ船と乗っている氷像は世界が凍えたと言う現実を加速させる。
この王都に城壁は無い。岸から湖の上にある王都に続く橋に建築物と番兵がいるだけ。防衛面で考えれば湖の上にある関係上、矢はどう頑張っても届かないし、秘密裏に船で行こうとしてもこんなだだっ広い湖だと王都から蜂の巣にされるだけ。
橋から行かなければ辿り着かぬ王都。
そして古い文献によれば、かつて封印から復活したという魔王の脅威を退け、50年ほど前まで存続していた唯一の国。