4話 魔法の扉
勢いに乗って行動を起こしたは良いものの……
「……なぁ、もう一回言ってくれ。何を忘れたって?」
「…………エンデ分の寝袋を用意するのを忘れてしまった」
致命的だ……もう日が暮れる。ほどなくして日中よりも更に寒い夜がやって来る。
今まで1人旅だったから完全に失念していた。昼過ぎに出発したせいでまだ遺跡からも街からも遠い。夜の時間帯に星の光届かぬ暗闇を進むのはかなりの危険を伴う。故にこの場で野宿しなければならないが……
「お前……私に凍え死ねと言いたいのか?」
「あっ……!あの崖際の窪みで夜を明かそう!あそこなら後方の寒さはある程度凌げるはずだ!」
完全に日が暮れ夜になる前に何とかしなければ……
焚き火を焚いて、儂の寝袋を取り敢えず用意する。エンデから恨めしい目を向けられているが一旦無視。焚き火はエンデに任せ、儂はどうにかする術を考える。
寝袋は一つしか無いし、儂の荷物を漁って寝袋の代わりとなる何かを探す。だが寒さを防げるほどの布は見当たらない。あまり嵩張らない布類しか荷物に入れていない弊害がここで出るか……嵩張るからと言う理由で持たなかった毛布を入れておけば良かった。
焚き火周囲の雪は粗方除雪したが、そもそも雪が積もっていた場。焚き火の熱で残った雪が溶け軽くぬかるんでいることだろう。その対策も並行して行わなければならない。しかも2つ分。
座る場所は組み立て椅子で良いとして、寝る場所だな。寝方は……崖に背を置いて寝るとしよう。椅子に座りながら寝るなら色々としなくて済む。
寝袋では1人しか寝られない。ならば分裂しない程度に裂いて広げよう。崖を背にすれば極寒の空気は前にしか来ないはず。裂いた寝袋の大きさでは2人分の前後は全く足りない為、そうする他ない。
そして、今回は儂の不手際。エンデには先に寝て貰い、儂は限界まで起きて焚き火の火をできうる限り消さないようにしよう。
よし、やることは決まった。夕食を作りつつ、儂が考えたやるべきことをやるとしよう。
……暖かい。
意識が起きた。若干だが瞼の隙間に暖色の光が入る。そして暖かい。焚き火の火が残っているのか?
「……おはよう。エンデ」
儂の不手際だったのに、いつの間にか寝てしまったな。しかも消えただろう焚き火を焚いて、昨日の露店の果実を焼き焦がし齧っていた。気に入ったのだろうか。美味かったから無理もない。
「……ん」
エンデから焼き焦がした果実を投げ渡された。喜んで受け取り朝食にするとしよう。
……少し少ないな。火があることだし、野菜炒めでも作るか。
「食べるか?」
「食べる」
誰かがいると言うのは、中々に良いものだ。
夜の寒さを凌ぎ、ようやく遺跡に到着した。ただ……まぁ、貴重な石板や壁画がある訳でも無く。財宝が眠っている訳でも無く。遺跡の地下の最深部に到着してもこれと言った何かや仕掛けは無く。儂としては予想通りな結果だった。
書物に記されていると言うことは、ある程度探索されたと同義。そして目ぼしい何かがあれば氷像があるはずだが、特に見当たらない。エンデがいた遺跡が立地的に誰も寄り付かないような特殊な場所だっただけで、大抵の遺跡は石壁の隙間の先まで探索されているだろう。この遺跡が現にそう。
「収穫ゼロ。よくある探索し尽くされた遺跡だな」
「待て。この先にまだ道がある」
……?エンデが何も無いように見える壁に指を差し足を止めた。儂も足を止める。
特に何か仕掛けがあるように見えない最深部への道中の壁。通るほぼ全ての人が見逃すであろうほど普通の壁。壁が壊れない程度に叩き壁に耳を当てても、反響音は聞こえない。
「少し離れて。これは魔法の扉。魔力を流せば扉は姿を表し鍵が開くはず」
……初めて聞いたな。考古学者の友人からも、今まで読み聞いたものからも、魔法と言う存在は知っているが魔法の扉なんて物は全く聞いたことが無い。取り敢えず一旦その壁から少し離れる。
エンデが壁に触れると、薄暗い遺跡内部に神秘的にも思える風のような光が壁に染み込み、壁に光る紋様が現れた。
その瞬間に紋様が現れた壁が消え、人1人が通れるほどの通路が出現した。これは扉と言うよりも隠し通路と呼ぶのが適切だと思うほど、信じられない現象……これが魔法……そして魔法の扉と呼ばれる代物か。
儂ですら初めて見る光景。当然この先は数々の探索者や考古学者の足跡の無い未到の地。
エンデは扉を見つけ開けてくれた。これ以上任せきりにはできない。これからは儂の仕事。ランタン片手に通路の先を進む。
魔法の扉の先。何があったか分かったものでは無い。古代遺跡と言えどまだ現存し作動し続けている罠があるかも知れないし、魔法の罠のような物があるかも知れない。細心の注意を払い、一歩一歩を踏み出して行く。
「……」
妙に緊張する。
ゆっくりと足元や壁を確認しながら進み、恐らく真の最深部と思われる広めな空間に到着した。
儂はランタンを掲げ広い空間の右側を照らし、エンデは人差し指を立たせそこからろうそくのような明るい火を生み出した。
2つの灯によって空間全体が照らされる。儂が期待しているのは邪魔になるだけの金銀財宝では無く、世界が凍えた原因と確信に迫る何かだが……果たして。
空間内には特筆すべきほどの何かは……あった。
足音が木霊し暗雲に閉ざされた日差しの届かないこの場に、意味深な壁画のような……壁画と呼べるか怪しい、それがあった。
この空間にただそれ1つ。地図にも見えるその壁画の周りにはかなり大きな窪み……まさか、何かをはめるのか?形的には周りの窪みに壁画の破片をはめることでその絵が完成しそうなようにも見える。
そしてその周りには壁に埋められた装飾品のような加工された宝石が4つ。まさか壁画の破片の数とでも言うのだろうか……分からない。
……この窪みの形。何処かで見たような……無いような……
エンデも首を捻っている。
今気付いたが、空間の中心地点に台座があった。台座の色が壁や床と同じな上に、唯一目立ちそうなその台座にはめられた宝石は薄暗い色を宿していて暗闇と同化し分かり難い。
現状は分からず仕舞いだが、魔法の扉の先にあるのだから何かはあることだろう。この場所にまた来ることがあるかの知れないな。
「この場所を覚えて置いて、またいつか用があるだろう。その時に来れば何かが分かるかも知れん」
「…………」
エンデは儂を横目に小さく頷いた。