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29話 残存する大穴

『これほどまでに重要そうな物が集まるとは……運命に見初められているのでは?』

「だとしたら世界は凍えてない」

 これが運命ならその運命を殴ってやりたい。殴ろうとしても概念を殴るのは無理だろうが。


 とにかく、完全に無意識だったが今まで見えなかった道筋がやっと見えた。長かった旅路にも意味があった。無駄ではなかったと知れたのはここ五十年余りで一番の収穫だ。


「さて、疲れたな」

 小屋に唯一ある窓に目をやると、いつも薄暗い空がかなり暗くなっていた。もう夕方になっているのだろう。丁度良い。今日はここで一夜を明かそう。


「あぁ、もうこんな時間か。よし、何か食材があったら私にくれ。適度に解かして適度に焦がす」

 儂の様子に現在時間を知ったエンデが儂に手を伸ばし、食材を求めた。かつて魔法で適度に焦がした果実を思い出し、小屋に放置してある果実を幾つか投げる。


 投げた果実は全てエンデの中に納まり、一瞬で手から火が生まれ果実の良い匂いが小屋の中に充満する。儂は皿とフォークを準備しよう。




 未だ良い果実の匂いが漂う小屋にある寝床で、目を覚ました。横には一緒に寝たエンデと、ゴーレムには必要ないはずの毛布に身を包んだ怒神が一緒に寝ている。人型と言えどもゴーレムはゴーレム。金属製のその体は重い。腕が儂の胸に乗っかるだけでも息が苦しい。


 なんとか魔王と怒神が寝ている寝床から抜け出し、世界が凍えてから増築した暖炉に火を投げ入れ、この寒い小屋の中を温める。


「運命……か」


 昨日、怒神が言ったその言葉が頭を過ぎる。怒神は今までの言動から、恐らく冗談で言ったのだろう。だが、儂はそれを冗談として受け取れない。


 今まで集めた幾つかの意味深な伝承や事実を持つ物品は、全て魔法に関連した物だった。


 エンデに出会ったのも、その封印を見つけた直後に復活に立ち会ったのも、奇跡のような確率を乗り越えたようにしか思えない。


 運命なんて、物語上の勇者や英雄のような存在に定められた道としか考えていなかった。運命という道を歩き、走り、たまに逸れて、行き着く人生。


「……はっ」

 まさか、儂に英雄になれなんて言ったりしないよな?世界を凍えさせた元凶を討ち、世界を救う。今更ながら考えるだけで、こんな老人には遠い世界に思える。だが、この場には行くべき道筋が揃った。強大な力を持つ仲間がいる。


 やるしか無いか。


「おはよぉ……ルーダぁ」

 寝惚けた目を擦りながら、寝床からエンデが暖炉の前にやって来た。そしてまだ眠いのか、儂に頭を埋めて寝た。取り敢えず椅子にでも座らせるか。立ったままだと転倒するかも知れない。


 運命か……いっそのこと、殴りつける心持ちで突き進もう。このまま立ち止まってはいられない。




「おお!これがこの国の観光スポットか!ルーダから聞いた以上だな。私でも全力を出さないとできない破壊跡だ」

『ほうほう。ワタシも大規模戦術ゴーレムの全力を出せば可能な程度に大きな穴ですね』

 エンデと怒神の全力を出せば可能だというその言葉に目を背けつつ、目の前の景色に目を移す。


 現在地はこの国の観光名所の一つ。六つ渓谷の大穴だ。中央領地から二つほど領地を跨いだ場所にあるその大穴は、蓄積した雪と凍てついた氷で時間が停止したかのように存在していた。


 かつての地下水の脈動は見る影も無い。


「はしゃいでいるようだが、観光名所故に人も多いからな。重々気を付けてくれ」

 大穴を上から見る為の高台や、幾つかある宿や料理店などの小さな村に反した大人数の観光客の氷像に目を移しつつ注意している。が、そんなことは関係無いかのようにエンデと怒神は大穴を見つめている。


 今まで旅をいていた時は、これほど大きな穴は存在しなかったからな。物珍しいのだろう。


 あの小屋でこれからの行くべき方針を知り固めてから数日。王都や中央領地の調査が一瞬で終わり、一旦この儂の祖国を観光しようと言うことで、今ここにいる。


 この地から凍えてた原因又は元凶を探る為に旅に出たから、既に元々本や紙などの記録媒体が消滅するほどに、何度も目を通した。あの時は何も分からず、今になってエンデや怒神に軽く目を通して貰っても全てが空振った。


 こう言う時こそ、息抜きが必要になるのだろうな。提案してくれたエンデに感謝だ。


『ズリ……』


 ……足元を確認してみる。降り積もった雪が少しだけ横に滑っていた。


『ボボ……』


 ……周囲を確認してみる。多少大穴まではギリギリの位置にいるのだが、気持ち少しだけ景色が違う気がする。


 過去の記憶を掘り返してみる。確か、六つ渓谷の大穴を囲む安全柵が老朽化し、現在は一度全部取り壊して新たな柵を設置中……と同時の新聞に大きく書いてあったな。


 再度儂の現在地を確認しよう。大穴にはギリギリの位置であり、記憶にある六つ渓谷の大穴とは景色が違う。雪は降り積もると、その位置から少し飛び出ることがあるらしい。今まで旅をしていた中で、崖から少し飛び出ていた雪を見たことがあるから、凍えた今の世界でもあり得ない話では無い。


 つまり、断崖絶壁の渓谷に飛び出た雪に乗った儂は、下に落下する。


「ん?え、あ、ちょっ、ルーダ?……ルーダァ?!」


 情けない。何と情けなくて不注意なんだ、儂は。とにかく、今の悲鳴に近い大声はエンデだろう。気付いたのなら助けに来てくれるはずだ。そう信じるしか無い。後で何かしてやらないとなぁ。


『何してるんですか。予測のできないバカなんですか?』

 いつの間にか儂の横で落下していた怒神がそう言った。来てくれたのは嬉しいんだが、エンデは何処にいるんだ……?


 儂のそんな気持ちを悟ったのか、怒神が指を上に差した。遠くから涙交じりの声が聞こえる。予想はつくし儂自身覚悟はしていたが、多分この後暴走するぞ……怒神が助けてくれた方が穏便に済むだろうに。


『ではワタシは下で待ってますね』

 怒神の落下速度が急激に増し、すぐに大穴の底に到達した。これは逃げたな。エンデに後で、近くにいるのに何で助けなかった?っと言われない為に。


「ルーダ!ルーダァァ!!」


 その切羽詰まったような様子に、前に儂が風邪を引いたことが脳裏を過ぎる。あの時のエンデは大変だった。今回もそうなるだろう。




 六つ渓谷の大穴の底。そこは人類未到と呼ばれている。巨大な宮殿が幾つも重なってやっと比類する圧倒的な高さの絶壁と、近付く者を呑み込まんとする底を流れる地下水の奔流。今まで何人もの無謀な冒険者達が、底の景色を見ようと降り、戻ってくることは無かったらしい。


 そんな場所に、儂等がいる。


 幸い地下水は凍っている為、呑み込まれることは無い。過去一面倒になっているエンデの心配と悲鳴が混ぜられた声を横に流しつつ、底の景色を見回してみる。思ったよりも普通な景色だ。まぁそもそも上の方から底が見えるから、然程物珍しさを感じていないのかも知れない。


「って、聞いてるのかルーダ?!」

 儂が何も聞いていないことに気付いたエンデが、聞いてくれと言わんばかりに儂の肩を揺らした。やめてくれ、その速度と力で揺らされたら死ぬ。普通に死ぬ。


 揺らす中で儂が苦しそうにしているのを分かってくれたのか、エンデが急に手を離してしょんぼりと項垂れた。揺らされた儂は勢いが、凄くて……息が……ちょっと……

「ふはぁ!ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」


「すまない、こんなつもりじゃ無くて……いやそもそもルーダが落ちたのが悪いんだ反省しろ!」

「……返す言葉も無い」


 反省だ。今までの五十年以上もの旅の経験が全く活かせなかった。それどころか、活かす以前の不注意だった。儂って、まさかだとは思うがボケ始めていないよな……?


『それでどうしますか?この高さだと、飛行特化のモードになったワタシですら厳しいですよ』

「そうなのか?怒神が無理となると……」


「私を見るな。はぁ……私だけなら可能だ。私だけならな。流石に私の目の前にいる荷物が追加されたら厳しいぞ。少々無理がある。それにしても、どうやったらこんな大穴ができるのか甚だ疑問でしかない。攻撃用の極大魔法陣が幾つあればこんな深さの穴を生み出せるのか……」


 そのままぶつぶつと呟き始め、エンデは自分の世界に入って行く。さて、それにしてもどうしたものか。上に戻る方法を考えなければ……

『ピ、ピピピ』


「ん?何の音だ?」

『いやワタシを見ないで下さい。今のはワタシから発生した音ではありませんよ』


『ピー!』

「あ、あそこ!動いてるゴーレムが!」

 何だと?!


 氷の上にいる儂等より少し上の位置に、壁に埋まったゴーレムがいた。人型に見えるが、随分とボロい。片腕片足が破損している。


『ピュー!』

 ゴーレムから極細の光の線が無造作に放たれ、氷の地面に無数の亀裂が走る。幸いなのは儂とエンデと怒神に直撃しなかったことだろうが……嫌な予感がする。


 もし今の光線が氷だけで無くその下まで貫通していたら、もしその下に空洞があったら……


『ビキ、ビキビキビキ!!』


「やはりそうなったか!」

「私に掴まれ!」


 落下の最中、咄嗟に浮遊したエンデが手を差し伸べる。儂は迷わず手を取ったが……もう片方の手には怒神がいる。さっきエンデは荷物があれば無理と言った。となると必然的に……


「ま、ままま不味い!落下死しないように頑張るから衝撃に備えて!」




 全身が痛い。エンデのお陰で落下死は免れたが、それでも衝撃が全身に響いた。しかし何処まで落ちたんだ?

「……エンデ、光を頼む」

「わ、分かっ……た」


 儂と怒神という2つの荷物の支えた結果につった両腕を庇いながら、エンデの頭上に光が灯る。光で周囲が照らされたが、目の前には街があった。こんな地下に。


 この街の外装、建築様式、なにより文献に記され残っている景色に近い。いやまさか……


「数千年前に滅びたとされる帝国……恐らくここはその帝都……」

『結果オーライになりましたね』


 あっけらかんとした様子の、そもそも飛べたはずの一番身体的な損傷の無い怒神に、エンデが頭突きをお見舞いした。良いぞもっとやってやれ。

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