27話 その大地の歴史
「……だからあの悪魔は、私のお父さんに当てはまる」
焚き火の火が弾ける音が耳の片隅で聞こえる。時刻は夜。エンデが目を覚ました時に言った発言のお陰で、儂は放心。怒神は突然スリープモードに入り、先程まで目を覚ますことは無かった。やっと怒神が起きたところだ。それほど衝撃が走ったのだろう。自我があることのデメリットと言えるな。無論儂もだ。
エンデから悪魔が父親だということを言った時は、まぁ何とかやっと今は受け止められた。
だとしてもあんなバケモンでしか無い悪魔がエンデの父親なんて普通思うか?!エンデの頭の中で聞こえていた声の正体に、あの時魔法陣を起動させた者。それらの新事実よりも父親だということに全て塗り潰された。
あぁ、今日は疲れた。寝よう。
悪魔の憑りつき騒動からはや数日。かつて平和主義国家と言われていた国の調査を後回しにして、今はその隣の国の国境を越えた。
「……距離的にかなり大回りになるぞこれ。あの国の調査は良いのか?」
「大丈夫だ。あそこよりも優先してやって置きたいことがあるからな」
既にもう隣国の歴史以外の調査は荒方終わっているが、魔法関連はまだ分からない。あの時はまだ歴史なんて必要無いと思っていたからな。必要だと気付くまで少々時間を要した。まぁどちらにせよ、今やることでは無いのは確かだ。
王都に寄りつつ、拠点を目指す。
この国は大陸の数多ある国の中で大規模な方の大国だ。主な産業は観光、農業、歴史文学。様々な観光客と学者が集う王都の賑わいは、この国よりも大きい大国にすら引け劣らない。
この国の国土の歴史は二千年以上前に遡る。かつて大陸の半分の国土を支配したとされる帝国が存在した。したのだが、魔王と呼ばれる存在が現れ即崩壊。次にその国土から無数の国が生まれたが、かつての帝国を夢見て国土を広げようと戦争三昧。結果その全ての国が共倒れ。
国土の話はこれだけに留まらない。そこから平和を願う人々によって最終的に四つの国に別れたが、野心を持った四つの国の一つが千五百年前の頃に帝国の兵器を発見。
まぁ考古学者達は兵器結論付けそう考えられているが、まぁ時期的に考えると実際のところ魔法の力を持った帝国の遺物だろう。兵器なんて曖昧でしかないし、兵器を見つけただけで勝てると思える決定打には魔法が一番分かりやすい。
どちらにせよ儂の想像でしか無いが……で、その帝国の兵器は当時の兵器よりも優れており、その結果野心を更に加速させ戦争勃発。残る三つの国は黙っている訳には行かず、三国同盟を結び対抗。最終的に兵器の質よりも三国分の量に圧倒され、首都にまで攻められた時に国民と兵士と貴族と大臣達は三国に取り入り、一人になった指導者は気が狂い兵器を自爆させた。
それが今もなお存在する、六つ渓谷の大穴だ。この国の名所である。交差する六つの深い渓谷と、中心に存在する荘厳な断崖絶壁の大穴。そして壁から流れ底を流れる地下水の脈動。観光客が選ぶ名所百選にも出ているほど人気だ。
話を戻して、自爆させたことで首都は指導者諸共消滅。それから四つの国は三つになり、その内一つの国が戦争を嫌になり周囲の国と平和条約を結びまくり、先程までいた平和主義国家の原型ができた。ただ内情の方はかなりドロドロだと有名で、革命を軽く十回以上繰り返し国名が変わり続けたことに、周囲の国からは平和主義国家としてどうかと今も言われている。
残る二つの国は、自爆して消えた国の国土をそれぞれ吸収。国土がかなり大きくなった両国では、一つが自爆、一つが平和主義になったことを理由に軍事行動の完全なる不可侵を締結。それが千年前のこと。
それから数百年もの間は平和を維持していたが、ある時、何処からともなくカルト宗教が発生。教祖は魔法と呼ばれる力を持つとされ、魔王を崇拝していたらしい。
確実にエンデの知らない宗教だろう。そしてその教祖は魔法使いの生き残りなのだろう。恐らく。
そのカルト宗教は魔王を神とした宗教国家を創ろうと画策し、結果二つの国の王族の血族が全て暗殺。まぁそれ以外の権力者や民衆が残っていたので、王族を敬い慕う者達によってカルト宗教は即撲滅したが。
魔法使いで無ければ、厳重な警備の元にいる王族。しかも二つ。をそうやすやすと暗殺なんてできないし、超常的な力を持つ者として崇められていたという記載されているかつての記録を肯定できるし、何より魔法使いでは無いという証拠が無い。
もしただのハッタリと優秀な諜報員及び暗殺者がいたのなら、儂の魔法使いだという仮説はあっさりと崩れるが。
その後、二つの国は同時に国の頂点がいなくなったことで、当時の権力者達が二つの国の併合を決意。それぞれの国から国の頂点である王に相応しい者達を集め、最終的にどちらかの国に権力が集中することを恐れた人々によって、王の役割は十数人による権力分散を主目的とした評議会に変わり、今も尚それは続いている。
王の名を冠した王宮や王都などの呼び名は今も変わらず残っている。二つの国の王宮は、今や完全に美術館だ。
国は別れ変わり交わりと、かなりの激動の歴史だと、思い返す度に想起させられる。
毎年新事実が発見され、そこに世界中から歴史や考古学者が集まるので、別名歴史の聖地と呼ばれている。そしてその膨大で普通じゃ無い歴史を間近で知った国民の多くが脳を焼かれている。儂の考古学者の友人はその一人だ。
ちなみにこの国の始まりに等しい帝国。そのかつての巨大帝国の帝都がこの国の何処かに存在しているらしいが、そんな遺跡は全く見られなかったし、考古学者の友人すらも見つけられなくて諦めたほどだ。今は完全に陰謀論に近しい事実として、王宮図書館の歴史書に記載されている。
かつての記憶と歴史を思い返していると、ひとまずの中継地点に到着した。雪と岩石に包まれたこの場にぽつんと存在する、周りに何も無さすぎて目立つ小屋。
この小屋は登山の観光客の休憩所であり、儂も何度か世話になった。確かまだ、あれが残っているはずだ。
「エンデ、怒神。これに乗れ」
「……ソリ?」
『形状からしてソリですね』
小屋の中から引っ張り出した三つのソリに、エンデと怒神が首を傾げる。この場所から察せると思っていたが、理由も話した方が良いな。
「時短だ。ここの標高はある程度高いし、この先は開けていて進みやすい。それに、儂はソリに何度も乗った経験があるがエンデと怒神には無いだろう?が、もし仮に操縦を誤って木にぶつかろうとも、無傷で済むだろという信頼だ」
「いやまぁ……木に激突した程度じゃ死なないのは確かだけど。最低限のテクニックは教えてよ」
「……そうだな。あそこの坂で練習するか」
怒神が凄まじい成長具合である程度滑れるようになった頃。
「うわぁ?!うわぁ?!へぶっ?!」
「……」
『……魔王が聞いて呆れますね』
「こんな感覚初めてだから仕方ないだろ!」
怒神のその言葉に、雪に埋まった頭を引っ張り出したエンデが反論する。怒神はゴーレムだから成長具合が著しいのは当然として、エンデがあまりにも下手過ぎる。
「もういい!私は飛んで行く!」
「よしそうしよう」
儂が即答したことに驚いたのか、エンデが驚いた様子でこちらを向いた。だってそうするしか無いだろう。あの下手さ具合だと、ソリに乗るよりもエンデ一人が飛んだ方が速い。
「最初からそう言え!」
ソリで一気に速度を増して目的地までの時間を狭めれば、広い国土の国境端近くから中央付近の王都には半日程度で辿り着ける。若い頃に思い付いたこの国の移動方法。この国は山が多く高低差が中々に激しい。故に場所さえ見極めれば、容易に長距離を移動可能。元々この国は雪が一部の地域でしか降らず、この方法に辿り着くまで苦労した。
さて、この丘からならこの国の首都を一望できるだろう。
「それにしても、どうしたんだ?ルーダ。いつもなら幾つか町や村を経由するだろ」
『もうエンデさんに話しても良いのではないですか?ワタシはルーダさんの言動からもう既に推察できていますが、エンデさんは鈍く鈍感で察しが悪いようですし』
待て待て煽るな。エンデを煽るな。エンデが拳を握り締めているぞ……はぁ。元々首都に着いたらこの国について話すつもりだったが、先に話して置くか。
「ここが、儂の祖国。そしてその王都だ」




