26話 その名は少女エンデ
時系列は魔法陣起動直後。24話と繋がっているルーダ視点です。
エンデの体から、凄まじい威圧感と何か大きな力の奔流が感じ取れる。
赤い涙が頬をなぞり、そして地面に向けて落下した時、エンデの体から片手をこちらに伸ばした。手の平を向けているが、まさか何かを放つ前動作か……?!
『対悪魔用戦術モード』
緊張と緊迫感の中、ボテッと音を出しながら怒神が仰向けに倒れた。そしてゴロゴロと横に回転移動を始めた。
……対悪魔用戦術モードという、大層なこと言っているが、それは何処からどう見てもその場に寝転がっているようにしか見えないぞ。不安だ。凄まじく不安だ。
「だ、大丈夫……なのか?」
『はい。万事問題ありません。これが1番有効との記録があります。有効で無ければあの世でマスターを殴り飛ばします』
それはもう、死を覚悟したと同義では無いのか……?
『高出力ジェット起動。風魔法による5mmの浮遊。対象ロックオン。魔力測定開始。攻撃予備動作を把握。回避行動開始!』
『バンッ!!』
エンデの手から紅い閃光が煌めき、瞬時に大砲の砲弾が直撃したかのような爆音と土煙が怒神のいた位置に舞い上がる。儂が反応できないほどの速度。そして、確実に命を狩り取る威力だ。ん……?そう言えば怒神はどうなった?!
土煙の中を凝視し怒神を探す。すると怒神がかなりの速度で土煙の中から脱出した。見た限り無傷だ。安堵する反面、さっきまでの体勢と変わらずゴロゴロと転がっていることには正気を疑う。無論怒神に自我を与えたマスターとやらに。
『バンッ!!バンッ!!バンッ!!』
す、凄い……!あの馬鹿みたいな体勢で、見事にエンデの手から放たれる魔法を回避している!
三連続で放たれた紅い閃光を全て避け、怒神はゴロゴロと転がりながら無傷。別にもっと良い回避手段があると思えなくは無いが、無傷なら良いか。
現状標的が怒神に向かっているのは幸いだが、儂では反応し切れない。しかしこのまま見ているだけなのは何とも惨めだ。だが、今の儂に何ができる……?儂が取れる手段として意味深コレクションがあるが、あれに縋るのは博打が過ぎる。今の儂の魔法知識はまだ無いに等しく、分からない物だらけだ。せめて鑑定役がいないと。
諦める他無いのか……?ただの人間に、しかも老人にできることなんて……何も……
『ルーダさんがエンデさんにキスをしてくれれば戻る可能性も……』
「軽口と冗談は要らないだろ!せめて今は!」
だがその場を考えていないような軽口で、先程までの思考は吹き飛んだ。
儂ができること……そうだ。今まで儂は色んなことを見て知った。知識だ。未だ浅いが、エンデから教わり知った魔法への知識なら。だが……魔法知識を何に使える?…………ん?エンデの足元にある魔法陣がまだ光っている。
「怒神!エンデの足元にある魔法陣は今何を担っている?!」
『魔法陣?何故、未だに光っているのでしょうか。悪魔を召喚したら魔法陣は光らないはずですが……少々お待ち下さい!ワタシはまだ回避にキャパを裂かないといけませんので!』
それも当然か。念の為、その間にエンデの死角に回ろう。必要になるかも知れない。
『……分かりました!あの魔法陣は今、召喚元の異次元から魔力を吸収しています!そして計測中に、エンデさんの身体内部で魔力の衝突と減少を確認しました!つまり、エンデさんは取り憑いている悪魔と戦っています!どうにかしてあの魔法陣を破壊すれば、悪魔のパワーアップを防ぎ、大幅に弱体化するはずです!』
……そうか。
前にエンデが言っていた。魔法陣は精密な物。少しでも魔法陣が破損すれば、小爆破を引き起こし消滅すると。ならば、手に入れてからずっと氷の掘削にばかり使っていた儂の持つこのナイフで傷をつければ、魔法陣を壊すことができる。
これが魔法の力を持たない儂に、できること。
紅い閃光が放たれて、馬鹿みたいな体勢の怒神が転がり避ける。視線、攻撃の方向から、儂のことは気にも掛けていないだろう。実際それが正しい。儂にはエンデのような魔法も、怒神のような兵器も、かつて存在した魔法使いが持つ魔力すらも持ち合わせていない。故に放置しても問題無い。
っと、思っているのだろうな。その様子は。これは時間の勝負だ。いつまでも怒神が避けれるとは限らないし、中で戦っているだろうエンデにも限界があるだろう。
紅い閃光を避ける最中、怒神がエンデの死角に移動していた儂に紙切れの塊を投げた。いつの間に書いたのかと言う疑問が、そこには、儂が限界まで魔法陣に近付いた瞬間に怒神が悪魔が動かすエンデの隙を作る。と言うもの。
気付かれた瞬間に儂は終わりだ。だからこそ隙を作ってくれれば、確実に魔法陣を破壊できる。
ゆっくりと早く、息を殺し音を殺す。儂は、今までこんな歩き方をしたことなんて無い。当然だ。必要無かったから。だが今は、緊張が胃をキリキリと締め上げる。
あと数歩の距離まで近付くと、怒神が転がりながらエンデに向けて手を伸ばした。やるか怒神、やるぞ儂!
避け続けた怒神から小さな無数の玉が放たれ、エンデの体はさも当然かのように半透明の壁を生み出し、無数の玉を止めた。その瞬間、魔法陣の上にいるエンデの体の上に魔法陣が現れ、エンデが消えた。
{?!}
『どうですか?魔法陣から離れた感想は。ワタシは通常のゴーレムとは違うのですよ。転移の魔法もお手のもの!今です!』
確実な隙。転移の魔法によって魔法陣の上から怒神の背後。つまり儂、魔法陣、怒神、エンデの順に一直線。これで魔法陣に戻るには怒神を経由しなければならなくなった。
よし、あと数歩の距離だったお陰ですぐに到達した。魔法陣が描かれている足元の物質は感触から石。生半可に削ろうとしても儂の筋力とナイフが負ける。故に走る勢いと、この勢いのまま落下。ハンマーがあれば良かったが、生憎持ち合わせていない。重いからと持たなかった過去の儂が憎い。
『ガリッ』
削れた音と共に、勢いを殺せず盛大にゴロゴロと地面を転がった。かなり目が回る。
回る目とクラクラする頭を押さえながら、魔法陣のあるはずの方向に視線を移す。パンッという破裂を響かせて、悪魔を召喚した魔法陣は呆気なく消えた。本当に呆気なく。
『……この状況では最適最善の言動しかできませんね。幼児用の本にある、王子からのキス等の軽口をできないのは残念です』
「聞こえてるぞ!」
ん?この状況……では?今怒神に何が起きている?
頭を叩き儂自身に喝を入れ、怒神とエンデのいるはずの方向に視線を移す。
「……竜」
それはあの台地で見たそれと全く同じ、その姿は竜そのもの。しかもその竜は周囲の雪を吸収し、今まさに巨大化を続けている。そして紅い閃光の数が一気に十個にまで増えている。先程までは一発ずつしか放っていなかったのに。
エンデはあの中か……?あの雪の竜の中……?魔法陣は破壊したはず。魔法陣という補給路を断てば勝てると思っていたがまさか、最後の足掻きで暴れるつもりか?!
『ルーダさん!そこに落ちているエンデさんを回収して下さい!ワタシは竜からの攻撃の回避と討伐を優先します!』
落ちているエンデだと?!いた!そこか!雪の竜の足元付近にエンデが倒れている。精神的には疲れたが、儂にはまだ体力が残っている。閃光に巻き込まれないように大回りしつつ、エンデの回収に向かう。
「あ、ああ、危な?!」
本当に、本当に危なかった。急に閃光の一つがこちらに放たれた。ギリギリで怒神が光線らしきものを放ち軌道を変えてくれなければ、儂は恐らく木っ端微塵になっていた……
今すぐにでも座って疲れを癒したい。だがそんな場合でもない。今儂にできることは、エンデを全力で回収すること。できるだけ全力で走り竜の足元に滑り込む。この竜が無造作に足踏みしていたらと思うと恐ろしい。
初めてエンデを抱えたが、想像以上に軽いな。いつもかなり食べているはずだが、太りにくい体質なのか?まぁ今考え答えを導き出すようなことでは無いな。この距離なら……充分離れただろう。
「エンデを回収したぞ!思いっきりやれ!」
『戦術モード超魔過圧砲。大規模戦術ゴーレムに搭載されていた国を滅ぼした必殺の兵器。スケールダウンしていますが、魔力の補給を断たれた今の状態で耐え切れますか?!』
……不安だな。もっと離れておこう。
『充填完了。発射!』
大地にぽかんと大穴ができたことには目を瞑り、エンデを軽く揺らしてみる。起きなかった。エンデの頬をぺちぺちと叩いてみる。起きなかった。大声でエンデの名を呼んでみる。
「おい!大丈夫か?!エンデ、エンデ!」
『やはりこの場合はキスで目を覚ますのでは?』
「いい加減その冗談はやめろ!」
「……ぷっ、はははは!」
軽快な、エンデの笑い声。起きたエンデは目から赤い涙を流さず、先程までのエンデとは思えない表情でも無く、そこには先程までのエンデがいた。
「おはよう。ルーダ」
「……ようやく起きたか。おはよう、エンデ」
肉体的疲労か、精神的疲労か。どちらにせよ、気が抜けて足の力が抜けた。へなへなと座り込んだ。起きたばかりで立っていないエンデと、疲れでその場に座り込んだ儂。そして、目線を合わせる為か怒神がその場にしゃがんだ。
怒神も、肉体的ではなくとも消耗したはずだ。そしてエンデも儂も。予想外だが、疲れを癒す為にこの地にもう一日いることになりそうだ。
「ふぅ……しかし疲れたな。エンデが戻って何よりだが、何故急に悪魔がエンデに取り憑いたんだ?それだけが分からん」
『そうですね。脈絡が無さ過ぎますし』
「あぁ、その悪魔私のお父さん」
「……とっ?!」
『はい?……スリープモード、突入』




