24話 突然の帰郷
「はぁ?儂の名が知りたいと?」
儂の聞き返しに、エンデが頷き辛いような面持ちで頷いた。
『今更では?』
「怒神の言う通りだ。今頃聞く気になったのか?初めて会ってから、もう軽く年は経過しているぞ……」
現在時間は夜。小屋に暖炉が無かった為、渋々外で焚き火を作りその日を囲んで夕食を取っている。そんな中、食事中にエンデが突然儂の名前が知りたいと言い出した。
「……まぁ良い。儂の名はルーダ。ルーダだ。覚えたか?」
まさかこんな時になって儂の名を言うことになるとは。今までエンデからはお前としか言われなかったから、妙な気分になる。
「ルーダ……ルーダか」
「あぁ、そうだ」
「ルーダルーダルーダルーダルーダルーダルー……」
「ちょっと待て!儂の名を教えたのは儂たが、連呼して良いなどと言った覚えは無いぞ!」
『ルーダルーダルーダルーダルーダルーダですね。記録しました』
「怒神も混ざるな!」
魔王と怒神による儂の名前の連呼の中、儂の怒号が響き渡る。半分以上は羞恥心からこの怒号に繋がっている。
「ふふ〜ん」
その顔をされたら、口を出し辛いのを分かっているのか……?!はぁ、変なことを覚えたもんだ。
「もう良い。儂はもう寝る…………儂の名前を教えたのだから、明日からまた、お前とかに戻さないでくれ」
「ルーダ!」
『ほぅ?軽口材料が1つ増えました』
「もう良いからエンデも怒神も寝てくれ!」
……面倒なことが多いが、孫を持った気分だ。怒神は、まだ変な奴としか分からない。
あの夜が過ぎ去り、半日で国境を越え、予想以上に早く到着した。これほど早く到着した原因なんて分かり切っている。
「ルーダルーダ!この前の翡翠玉石を見せてくれないか?」
これとか。
「ルーダルーダ!前に魔法について知りたいと言っていただろ?いつなら大丈夫だ?私はいつでも大丈夫だぞ!」
これとか。
「ルーダルーダ!凍える前の世界とか、ルーダのいた場所について教えてくれ!」
これとか……
何度も何度も儂の名前を言いながら声を掛けて来る。初めて見るエンデのしつこさに、無意識ながら早歩きになっていたのだろう。
とにかく廃村には到着した。いつも通りのことをしよう。
『エンデさんのかまって力が強くて、冗談及び軽口を叩けませんでした……』
……怒神は無視だ。エンデも真顔になって怒神を見つめている。
丸一日を費やし、結果として、怪しい場所を一つ知れた。
「廃屋には無相応な金庫に入っていた一冊の日記。そしてこの日記には、悪魔が出る禁地と呼ばれる立ち入ってはならない場所があると記載されていた。で、ここがその場所のはず……だが……」
ものの見事に草原。開けたこの場に、等間隔に一本の真っ直ぐな木が生えているが、それ以外に物珍しいところは無い。しかしこれは儂から見た視点のみ。魔法的な視点では、別のことが分かるかも知れない。
しかし、幽霊は眉唾だったか。廃村ということに尾ひれが付いた、ただの噂の可能性が高い。現にあの廃村は、エンデと怒神から見ても何の変哲も無いただの廃村らしい。それは儂も同意見だ。何も起きず一日が経過したのだから。
「何にも無いな。ただの作り話だったのか?」
『恐らくそうでしょう。この草原には草や雪に隠れていますが、人骨が幾つもあるだけで、それだけです。戦争のような事態が起き、この場が戦いの中心となり死体が無数にあったとすれば、周囲の村人達が忌避するには充分な理由かと』
確かによく見ると、人骨らしき物体が幾つも見える。その数は数えるのが億劫になるほど。だとすれば怒神のそれにも一理あるな。この国の歴史はまだあまり知らないが、凍える前の世界情勢ではこの国は建国当時から一度しか戦争をしていない平和主義国家のはず。
ならば、平和ボケした国民達が戦争で穢れた土地と言えば禁地と成っても不思議では無い。
……確定するにはまだ儂はこの国の歴史を知らな過ぎる。この国にこの国の歴史書があれば良いが。
「……見覚えがある」
エンデがただ一人、そんなことを呟いた。まさかエンデからそんなことを言うとは思えず、儂だけで無く怒神すらもエンデに視線を移した。
「見覚え、か……確かに地形とか植生とかが噛み合って記憶に残る景色と合致することはあるだろうが、前回の封印から何年経った?流石に儂には杞憂だと思うが……」
前回の封印は千年以上のはずだ。ならば土地の地形は雨風に晒され削られ原型を留めていないはず。それが前々回以上前なら確実に消失だ。雨風以外にも、火山噴火、地震、大洪水、土砂崩れ。自然災害では無くとも、魔法も地形破壊の一因をになっているだろう。
だからこそ疑問に思う。本当にこの光景に見覚えが確実にあると言えるのだろうか。
「違う。変わらない。でも、思い出せない……何故?」
本格的にエンデが困惑している。儂にも何が何だか分からないから困惑するしか無い。
ゆらゆらと、エンデが歩き出した。困惑した様子のままのエンデが歩くたびに、不気味な気配が背筋をなぞる。
この異常事態に気付いた怒神が儂の前に立ち、エンデを止めようとして足を出した儂を、怒神が腕を横に突き出し儂を止めた。
『……魔力測定スコープ起動。約5倍の魔力増大。魔力波長が変質、記録データから参照…………ルーダさんはワタシの背後にいて下さい。激戦が予想されます』
「怒神……エンデに、何が起きている……?初めてだぞ。あれは……っ!」
あれは魔力なのか?沸々とエンデから禍々しい色の靄が湧き出ている。まるで、孤島に封印されていた悪魔のような……
エンデが立ち止まった。その位置を中心に、不気味な模様が足元に浮かび上がる。その魔法陣は、小さくは無いが広いくも無い。小さな小屋が丸々入るほど。
『この場には悪魔召喚の魔法陣が残されていました。悪魔召喚の魔法陣は通常の魔法陣と違い、生物の贄を必要とします。生物の生き血と魂と多大なる魔力。恐らく魔力以外の全てが揃っていたのでしょう。魔法陣の模様に魔力が無いせいで分かりませんでした。ワタシは迂闊です』
エンデを中心に、足元の雪と土が四方に消し飛ばされた。木々がへし折られ、残存していた白骨死体が砕かれる音が微かに聞こえる。この場は小さな窪みになるはずだった。だが、雪と土が消し飛び現れたのは、小さな祭壇と白銀の着色料で描かれた魔法陣。強く淡く光っている。
光だけが地上に出ていただけで、本体たる魔法陣はそこなのだろう。あれが……悪魔召喚の魔法陣。魔法知識の無い儂でも、あれが危険な物だと分かる。それほどの存在感。
しかし、悪魔召喚が起動したと怒神が言っていたが……何処にいる?まさか?!
「もしやその悪魔は……!」
『エンデさんに取り憑いているでしょう。しかし、ワタシにはどうすることもできません。精々物理的に止める程度』
エンデがこちらに振り向いた。しかしそれは先程までのエンデの顔では無く、赤い涙を垂れ流す表情の無い何か。あれがエンデだとはどうしても思えない。
儂は、この場においてはあまりにも無力。怒神の足手纏いにならない方法が儂一人で逃げる以外に思い付かない。しかしそれは余りにも薄情で、みっともないことだ。
いっそのこと、今まで集めた意味深コレクションの出番か?いや、魔法知識の無い儂に、確実に使えるとは限らない物だらけだ。どうすれば良い?……考えろ。
『対悪魔用戦術モード起動』
エンデ、大丈夫だと信じる他に無い。儂は全身全霊を掛けて、方法を見つけ先程までのエンデに戻す。もう一度、儂の名を呼んでくれ。




