22話 止まりて歩みし怒神
柱にある人のゴーレムは一旦無視し、空間全体を見回しながら文字を読んでみる。所々読んだ限りだと、柱から右に行くにつれて時系列が後になっている。
柱のすぐ右に書かれた文字を読んでみる。
「国は僕ら研究者にゴーレムで世界を黙らせられる兵器を造れと命令した。既に国の上層部で話し合い描かれた設計図を見せられたが、あまりに巨大過ぎる。あの時はそんな感想しか湧かなかった」
昔この地付近に存在した国がこの巨大なゴーレムを造ったのか、実感があまり湧かないが、国家の推を集めただけでこんな代物すらも造り上げるとは……
「僕は研究者の1人としてこのゴーレム製作計画に参加したけれど、その時にはそれは優に世界を滅亡させるほどのスペックに到達していた……か。私ですら未だ完全滅亡までは至っていないと言うのに、そんな結論に達するのか」
エンデが複雑そうな表情で呟き、その文字を見つめていた。魔王の言葉は重みが違うな。
「人同士が傷つけ合うだけの戦争なんて反対だ。大反対だ。しかもこれは傷つけ合うだけでは終わらない。世界を、景色を、人を、全て滅ぼし消し去る。でもどうすれば良い?そんな自問自答を繰り返す日々。気付けば、大規模戦術ゴーレム、怒神の完成が間近に迫っていた」
この文字の周囲には『どうすれば良い?』が書き殴られ、敷き詰められている。その文字からは、当時のその研究者の心をありありと映し出し、当時存在していたはずの国で何が起きたのかを連想させる。
この地の周囲には国なんて存在しない。怒神の砂丘の近くに一つだけ町があるのみ。儂はここに書かれているような国の存在を知らない。この研究者が何をして、その国がどうなったか。既に分かってしまったが、取り敢えずその先を読み続ける。
「完全に手遅れになる前に、僕は研究者仲間に言った。今すぐ造るのを止めてこのゴーレムを破棄しろと。だが仲間達は聞き入れること無く、あろうことか僕を命令に背く異端者として拘束された……いや当然でしか無いだろ。国家プロジェクトが完成間近なのに、どこに努力をドブに捨てるような愚か者がいるんだ」
それは儂もそう思う。儂だって完成間近な物を捨てたくはない。止めるのならもっと初期の方が良かっただろうな。
「僕は牢に入れられたが、まだ何とかなると信じ、脱獄を果たした。それだけで一生分の労力を使った気分だが、まだ止まってはならない。僕は怒神に忍び込み、起動させて一撃を放つ。もしこれの力を知れば、誰もが怖気付き破棄されるはずだ……短慮が目立つな」
「やってしまった。このゴーレムの性能は僕予想を遥かに超えていた……やっちゃったな」
「予想通りの結末だな」
予想通り過ぎて目も当てられない。
「また、どうすれば良い?で書き殴ってる。どうすれば期突入ニ回目。そして先には三回目」
エンデが文字の先に視線を移す。そこにも『どうすれば良い?』で書き殴っている。二回目では、ここには書いてないが、恐らく怒神の一撃で国が消し飛んだのだろう。予想通りだ。そして文字を見る限り、研究者の精神は大丈夫なのかと心配になる。
「どうすれば良い?あの時の僕はどうかしていた。国を滅ぼしたんだ。あのお偉い奴らが狂っていただけの国を。国を。国を……うわぁ、精神崩壊でもしたか?」
その先には文字と呼べない書き殴りが壁の一面を支配し、所々には軽い傷が付いている。その隣は、急に理知的な文字に早変わり。
……何が起きた?
「そうだ。ゴーレムを人にしよう。名案だ……阿保かこいつ」
「完全に同意だ」
「どうすれば期三回目を挟み、その隣……人にするにはまず心を与える必要がある。ただ命令に反応し従うだけの存在なんて人とは呼べない……は?」
「おい、こいつヤバいぞ。精神崩壊したら天才になるタイプだ」
エンデの言葉には心底完全に同意する。脈絡が無さ過ぎる。馬鹿か天才は紙一重と言うことわざがあるが、これはそれより斜め上に行ってしまっている。
「何年も掛かったが怒神に自我を持たせられた。次はゴーレムの素体から人間を造るだけ。砂漠となったこの地を歩かせている怒神をその身体に入れれば、人間にできる」
「で、これが最後か……自我を持たせた、身体も完成した。あとはこの鍵で作動させれば怒神の自我はそこにはある人に入る。終わりだ。終わりだ。でもなせだ?なぜか最近、頭の中で蟲の羽音が聞こえる。痒い、頭が痛い。そうだ。頭を叩けば治るかも。後で試してみよう」
そしてこの後に、あそこで倒れてしまったと。ん?鍵?
「……エンデ、今さっきあそこに鍵を入れたよな?」
「あー、ここに書いてあるのが真実だとしたら、あそこにいる人形は……」
「「怒神!」」
小走りで柱に近付き、中がどうなっているか確認する。見た限りは特に何も起きて無かった。
「可能性としては、この研究者はミスか何かをしていて、まだこの中に怒神は入っていない」
「もしくはここ以外の場所に、また別の人形があり、怒神はそこにいるとか。精神崩壊研究者ならやりかね無い」
エンデのその可能性も否定でき無い。ならばやることは一つ。
「今すぐ人形がある可能性がある場所を洗い上げるぞ!」
「ああ!私の予想では、距離的に動力室のすぐ近くだ!」
こんな精神崩壊者が造った人型ゴーレムだ。どんな機能が搭載しているか分からない上に、大規模戦術ゴーレムの方がどんな挙動をするか分からない。一発だけで国を滅ぼすレベルの代物だ。下手に暴走すれば世界が更地になる。
走って通路に繋がる扉を通ろうとした瞬間、肩に軽い衝撃を感じた。気のせいにしては明確すぎる感覚。
誰かが肩を叩いた……?
エンデは違う。儂の真横にいる。つまり儂とエンデの背後に第三者がいる。ゆっくりと首を回し、背後に何がいるか確認する。エンデも一緒に背後に視線を移す。
……移したらそこに指があり、頬を突っつかれた。横にいるエンデの頬も指で突っつかれている。
『先程ぶりです皆さん。ワタシの狸寝入りはどうでしたか?』
何故狸寝入りをしたのかはさて置き、一瞬で気が抜けた。ゴーレム内部を洗い上げる必要も無くなった。
……狸寝入りとは。あの研究者あってこの怒神ありか。何を考えているのかさっぱりだ。
「怒神……で合っているよな?」
『はい。大規模戦術ゴーレムの自我、怒神です。最終プログラムが起動し、ワタシの意識データがこの人型ボディに転送されましたが、紛れも無く怒神です』
念の為の確認は必要無かったようだ。さて、これからどうするか。
取り敢えず大規模戦術ゴーレムの方は破棄しなければ、下手に勝手に動かれたら儂には止める手段が無い。そして世界に致命的なダメージを与えるだろう。まぁまずは、共に来るかを聞くか。
「怒神に聞きたい。儂とエンデと共に……今揺れなかったか?」
「いや、あり得ない。あり得ないはず!大規模戦術ゴーレムに搭載されている衝撃吸収能力は、ゴーレムの移動による衝撃をほぼゼロにするほど高性能。残っていた資料に書かれた理論と設計図は完璧なのに、何が起きて……」
『あ、伝え忘れていましたが、ワタシの意識データが転送された時点で、先程までワタシの体であったゴーレムの主導権を失いました。これから部外者侵入による自爆が始まります。今の揺れば歩行の機能停止による影響でしょう。敵に塩を送る。そしてこれは敵に爆弾を送る。です』
「「……」」
一旦深呼吸をして何処かに吹き飛んだ冷静を取り戻す。
「さて……逃げるぞエンデ!抱えるから最短距離を教えてくれ!」
「分かった!まずこの通路を左に行って!」
『あ、伝え忘れていましたが、ゴーレムの主導権を失った為、内部を巡回する警備ゴーレムが再起動しました。そして認識されている事態が事態なので、恐らく保管されていた予備ゴーレムが緊急排出されているでしょう。数はおよそ200です。あと暴走状態なので手強いですよ』
「それを早く言え!!」
「それは先に言って!!」
あの研究者あってこの怒神か!これで通路を通って逃げることは困難になった。他にある方法は……あ、あれがある。
「エンデ!転移の魔法で外に逃れられないか?!」
儂としてはこれ以上無い最良の提案をしたつもりだったが、エンデが少し目を逸らした。
「……あー、転移……の魔法かぁ。あれは……あらかじめ転移する座標を指定しないといけない、準備が必要な魔法だから、今すぐはちょっと……」
その新事実にくらりとしただけに留めた儂を褒めて欲しい。
「転移とかの移動系の魔法よりも、最短距離で壁をぶち抜いた方が早いと思う」
脳筋。あまりに脳筋な脱出方法だが、それ以外に方法が無いのだから致し方無い。やるか。儂は特段やることは無さそうではあるが。
『あ、内部外部の壁には魔法に対し高い耐性を誇る魔法陣がゴーレム内部に無数に刻まれています。生半可な魔法では傷一つつかないかと』
「なっ……?!」
「どうした?」
「それが本当なら私の魔法だと威力不足かも。あぁー、魔王の名が折れるぅ……」
それほどショックなのか。というか不味いな。エンデが無理なら終わったな。
「……お前が集めてる魔法具になにかこの状況を打破できるのはあるか?」
「そう言われてもな……儂が集めている意味深コレクションも、その全てが魔法具だという保証は何処にも無いんだぞ。例えばこの意味深コレクションその5、翡翠玉石も……」
儂が翡翠色の玉石を取り出すと、エンデの目の色が変わった。
そうなのか?これが魔法具なのか?とある大遺跡の玉座から拝借した代物だが、他の意味深コレクションのように、たいそれた伝承や現象が起きるわけでも無い。ただの金目にはなりそうな玉石と認識していたが。まさかなのか?
「か、貸せ!これも魔法具だ。中に風の魔法威力を増幅させる魔法陣が刻まれている。外からは見えないから素人が見えればただの玉。魔法具だと知らなかったのも無理は無い。よし、私の手に掴まれ。ほら怒神も!」
エンデが片手で翡翠玉石を持ち、もう片手を儂と怒神に差し出した。儂は迷わずその手を取り、怒神もその手を取った。
『こういった脱出劇は胸を打つような……』
「今は黙れ!」
風など起きるはずの無いこの場に、風が吹き始める。次第にそれば爆風に移り変わり、エンデがある方向に翡翠玉石を向ける。
爆風の中、ガリガリと壁を削る音が耳を貫く。
「しっかり掴まれ」
絶対に離さないように、置いて行かれないように、強く握る。
その瞬間、儂の目に写る全てか凪いだ。そして全身に強い衝撃が走り、気付いた時には雪に埋まっていた。
全身が痛い。だが着地地点が雪で良かった。エンデが多少風でクッションを創ってくれたのだろうが、岩だったら全身の骨が逝っていただろう。
周囲を見る。息切れ中のエンデと、とある方向を見つめる怒神。その方向には大規模戦術ゴーレムがいるのだろう。そして間も無くそれは消えるだろう。
一つとんでもないことに気付いた。町がある。つまりここは怒神の砂丘のことを知ったあの町だ。かなりの距離を吹き飛んだことになる。
「お、おい……ここ。これ、を、かえ……す」
エンデが息を切らしながら翡翠玉石を返した。後で良いのに。
『自爆しました』
怒神が呟いた。ずっと見つめる方向を見る。そこには、天まで届くほどの爆発の煙。そして……
……!!爆風!凄まじいほどだ。あそこが聖域で無ければ国が幾つも消し飛ぶほどの爆風と威力。町からあの場所までかなりの距離があると言うのに。
爆風と煙が収まった頃。空が明るかった。あの爆発で、空に停滞していたあの暗雲が、吹き飛んだのだ。まさか山頂以外で明るい世界を見られるとは。
怒神は、これからどうするのだろうか。
「怒神は、これからどうする?良ければだが、儂とエンデと共に来ないか?」
『良いのですか?』
「私も異論無いぞ。一緒に来てくれ」
儂とエンデの言葉に、怒神は小さな笑みを浮かべて儂とエンデの目を見た。
『大規模戦術ゴーレム怒神改め、人型汎用ゴーレム怒神。ワタシは、貴方方の旅の行末を共にします。それとワタシへの悪口やツッコミはワタシを造ったマスターが悪いので、全てそちらにお願いします』
後半の付け足した補足のような言葉に、儂とエンデの顔が呆れ気味になったのは言うまでも無い。




