2話 目覚めた少女
「何か嫌いな野菜があれば言ってくれ。人参か?玉葱か?素材が少ないから料理の種類も少ないがな」
取り敢えず即席で焚き火を作り料理を作る。
さっきから口をあんぐりとして何も言わないから、持っている野菜全種を入れた野菜シチューにした。主に儂の腹が減ったからだが。
あの少女があの場から動かないから、この洞窟内で作る羽目になったが、まぁ良いだろう。
持っている野菜類と農家から掻っ払ったヤギの乳とバター。乳はガッチガチに凍っているから、粉々に砕いてからじっくりと火で炙って溶かす。
ここ50年ほどで、ほぼ他人任せだった儂の料理の腕は信じられないほど上達した。誰も作ってくれないという事実が儂の料理の努力を加速させたのか、昔を思い出すと今になっても信じられん……よし、完成だ。
「食べるか?」
儂がそう聞くと、少女はあの表情のままその場にへたり込んだ。取り敢えずシチューを掬って木のお椀に入れて渡すと、少女はシチューを受け取って、意識が朦朧そうなままスプーンを手に取り、シチューを口にし出した。
すぐに食べ切った。若い者の食欲は凄いな。儂の分に掬ったシチューはまだ半分残っている。
「……それで、世界が滅んでる…………世界が既に滅んだだと?!そんな世迷言を……」
シチューを食べ切ったからか、少女の思考が動いたようだ。いきなり立ち上がって持っているお椀を投げ捨てるのは勘弁して欲しいが。
「疑うなら外を見てきたらどうか?洞窟の出口は近いぞ」
少女は走りだした。取り敢えず1人にしたら危険そうだし、荷物を纏めて儂も出口に向かう。ここにはあの少女以外特に何も無かったからな。
洞窟の出入り口はかなり高所にある。そしてそこから少し進めば崖。だから洞窟を出て外を眺めれば、絶景だった。世界が滅び凍える前の本来の姿だったのなら、朝日である今と共にかなりの絶景が見えただろうに。残念だ。
崖の寸前に立っていた少女は、ただ唖然てしていた。一面雪景色の世界に、朝日すら殆ど通らない空一面に存在するどんよりとした暗雲。
風は吹かない。音は鳴らない。
雪を踏み締める儂の足音に気付き驚いた少女は振り向く。その顔には焦燥と懐疑心が全面に出ていた。
「本当なのか……?本当に……世界が……」
「嘘だと思うなら、儂について来い」
……素直だな。儂が歩き出すと後ろから着いて来る。そう言えば、遺跡を優先したことで後回しにしていたが、そもそも街に行こうとしていたんだった。そこに行けば、儂の言葉も真に理解するだろう。
そう言えば、彼女の衣服はボロい布一枚……しかも裸足……そしてそれを苦にする様子は無い…………白い粒?あぁそうだ。偶にしか来ないから忘れていた。今となってはかなり珍しい、数年振りの雪か。
「……」
一度見ても、二度見してもやはりボロい布一枚。流石にこのままは儂の良心が痛む……
「ほら、儂のを貸してやる。そんな格好だと風邪を引くぞ」
防寒着は素直に受け取って良かった。荷物の中に余分に防寒着を用意していて良かった。流石に靴は儂の足の大きさでは歩き難いどころかすっぽ抜けて歩けないだろう。
板とかで即興で作るか?流石に少し面倒か。街に到着すれば靴屋くらいならあるだろう。そこから丁度良い大きさを拝借すれば良い。
「あ……うん。うん?!いや待て待て待て!何故お前はこの私に怯えん……しかも甲斐甲斐しくシチューを渡すわ服を渡すわ。危機感は無いのか?!私は破滅の帝王だぞ?!」
急に口達者になったな。違うか。今になってようやく冷静になったか。
「そう言われてもな……どうせ儂が死んだ所で世界が滅んどる事実は変わらん。儂としては50数年ぶりに会話ができて大満足だぞ?」
この言葉は儂の本心そのもの。50数年間の間たった1人は精神的に来るものがあったからな。会話とは、想像以上だった。
「それにしても寒く無いのか?特に足。ずっと雪を踏んでるが」
「……寒いに決まっているだろう。なんだ?寒さに震える私が見たいのか?」
痩せ我慢か……何故今まで寒いと言わなかった?儂としてはそんな疑問が浮かぶが……よく見ると微かに震えている。仕方ない。即興で靴を作るか。
えーっと……板をあーしてこーして、板が足から離れぬように布と釘で固定し……できた。目測で足の大きさを測ったが、まぁ大きかったらまた調整しよう。
「片足上げてくれ。これを着ける」
そう言うと少女は数秒の葛藤を顔に出しながら少し嫌そうな顔をして片足を上げた。さっきの痩せ我慢といい、妙なプライドがあるな。こう言う手合いは面倒なことが多いが、彼女はしっかり面倒だ。
雪が降る中、想定より少し遅く街に到着したが……面倒なことになった。
門が……閉まってる。しかも門の両扉同士が氷結して繋がってしまっている。これは不味いことになった。門が開かなければ街に入れない。若い頃は城壁の上に縄を引っ掛けてよじ登ったりしたが、流石にこの体では厳しいだろう。
こう言う形式の街は反対側にもう一つ門があるはず。半周回って閉まっていたら諦めるしか無いか。
「……どうした?」
「門が閉まっている上に氷結してしまっていてな。儂の力では開けられんから城壁を回って反対側に……」
どうしたんだ?急に少女が門に向かって手を伸ばしたが、何をしようと……
『ボワッ』
……火?…………いや違う、異様な色だ。まるで彼女を包んでいたあの球体の色に近い。
放たれた。あの火が小さく圧縮されて門に向けて放たれた。
……!!爆風?!ふき、吹き飛ばされ……!
「……ふぅ。はぁはぁ……」
収まったか。爆風で目を開けられなかったが、今何が起き……
「こ、これは……!」
氷結していた門が、大きく開け放たれた。しかも門の周囲の雪が、氷が全て溶けている。
今の現象……儂の理解を超えた力……考古学者の友人から聞いたことがある。
かつて遥か昔の人々は、魔法と呼ばれる条理を逸した技術を持っていた……繁栄を極めたその時代の最中、童話などで語られる世界を滅さんとする魔王が現れ、幾千年もの戦いの最中、時の流れと共に失われた。
分野は違えど学者同士いつも駄弁りながらそんな推論を並べたてていたが、恐らく正しかった。こんな現象は魔法以外に考えられ無い。
今思うと、自らを名乗った時に破滅の帝王。魔王とか言っていたな。あの球体と言い、今の魔法と言い、彼女の言葉は真実と受け取っても良いだろう。だが恐れや畏敬の念は湧かない。儂から見れば、ただ妙にプライドが高い少女だ。
「これで良いか?早く私に服と靴を用意しろ。寒くて堪らん」
「分かった分かった。まず服屋を探そう」
儂がそう言い街の中に進むと、彼女も歩き始めた。そこは素直だな。
門から進み大通りに出ると、生活感のある街並みが並び、そして……全てが凍り付いた人、物、家。今日の朝、彼女と出会いまだ氷像と化していない人がまだいると言う希望に縋っても良いと考えたが。やはり無駄だったか。もう、分かっていたことだ。彼女が特別であることを。
……凍えた街並みに自らの思いに耽っていたが、背後を見ると当の本人は動かぬ氷像に目を見回し、ただ唖然としていた。
「本当に……世界は滅んだのか」
「確か、破滅の帝王。魔王エンデールだったな」
「……エンデでいい」
……心を許した……とは言えないな。彼女の……エンデの関心は依然として動かぬ氷像と凍えた世界だろう。
自らの手で世界を滅ぼすことが目的なら、もう叶わぬ願いだろう。しかし、あの魔法があれば世界が凍えずとも、魔法と言う技術が無い現在では、エンデの手によって滅ぼされ…………魔法か。
「そうだ。エンデの魔法で氷像になってしまった人々を助けられないか?」
「分からない。でも、多分壊れる」
「……そうか」
壊れてしまえば本末転倒だな。