18話 2人だけの夜会
ぱっと見の破損具合。氷像の数。植物の浸食度。推測するに廃城だな。
「よし、調べるとしよう」
「おい待て。怪しくないか?怪しいだろ。こんな子綺麗な廃城なんて怪しさの塊だろ」
「小綺麗でもところどころ壊れているし植物が浸食している。廃城と呼ぶ他ないし、こんな雪原のど真ん中にあるこの廃城が怪しいからこそ調べるんだ。野営は嫌だろ?」
儂がそう言うと、エンデは痛いところを突かれたように口を閉ざした。
さて、城主はいるかどうか。街から遠く、国の端っこにあり、人の寄り付かぬ陸の孤島。儂の予想では王族か貴族の別荘か、他国への侵略拠点か。さて、どちらだ?
結果として、氷像が一体も無い放棄された城なのが確定した。そして、武器が一つも無く、代わりに様々な楽器と多種多様な食糧が保管されていた。つまりこの廃城は放棄された王族か貴族の別荘。
特段儂が求めるような物が何も無いこと以外は完璧な城だ。2人だけでは少々、いやかなり広いが。
一通り見回ったところで日が暮れて、夜の寒気が肌に触れている。そろそろ寝た方が良いのかも知れないが、一つ気になる部屋を見つけた。
恐らく夜会の場として活用されていたであろう広い部屋。シャンデリアが天井から釣らされ、部屋の端に幾つかの楽器が布を被さられて置かれている。その中に、ピアノがあった。
懐かしい。本当に懐かしい。かつて儂や考古学者の友人と同僚達と共に、上司から決断力を高める為とか言われて、楽器の演奏会を半ば強制的にやらされた記憶が蘇る。あの時は何とか無事に終わらせられたが、あの時から同僚間での上司の評判が地に落ちたのだったな。あぁ、懐かしい。
あれから50数年。久々に引いてみるとしよう。絶対腕は落ちているだろうがなぁ……一曲を完走させるだけの気概でやってみるか。
エンデの魔法によって灯されたロウソクの火の明かりで、部屋全体が凄く明るい。いつものたった一つのランタンによる薄暗い夜では無い。手元が鮮明に見える。これならばやりやすい。
『♪』
よし、問題無く鳴った。
『♪♪♪♪』
軽く一音ずつ鳴らしたが、音のズレた気配も無し。
さて、儂の記憶と腕があの時の演奏会を覚えていれば良いが。他人任せと呼べる儂任せだな……
『♪♪!!』
「……ふぅ」
「おー!すごい!」
パチパチと手を叩く音が聞こえる。聞こえるが、聞こえるだけでそこに視線を移す気力はもう儂には無い。
疲れた。こんなにも疲れるものだったのか?加齢による体力の衰えがまさかここで出て来るとは……思っても見なかった。
何度か息を吐き、呼吸を整えてピアノから離れる。さっきまで声と拍手が聞こえた方向を見たが、何故だ。誰もいない。エンデはどこに行ったのだろうか。
『ギッ!ギッ!ギッ!』
耳を塞ぎたくなるような不快音に顔を顰めつつ視線を移すと、布を被った楽器達からバイオリンを取り出したエンデが、見様見真似でもしているかのように引いていた。
恐らく初めて触ったのだろう。通常では無い持ち方で力任せに引いている。
その様子をあえて止めずに見ていると、儂の視線に気付いたエンデが気不味そうに目を逸らし、バイオリンを儂に渡して来た。
「……これも、弾けるか?」
「やったこと無いから無理だ」
儂が何でもできると思ったら大間違いだし、さっきのピアノも上司の無茶ぶりの結果だ。音楽に人生を捧げた部類の人間では無い。
……そう言えば、この前の村祭りの時にエンデが創り出したゴーレム。写影機を持ちボタンを押せるレベルの指捌きだったな。
「エンデのゴーレムでピアノを弾くことは可能か?」
「ゴーレムでピアノを……?可能か不可能かで言えば、どちらかと言えば可能だけれど……何をする気だ?先に言って置くが、ゴーレムは製作者の命令による簡単な動作と人の動きをトレースすることしができない……本当に何をする気だ?」
「それができるなら充分だ。三体ほど創ってくれ」
儂のお願いに疑問を顔の全面に出しつつも、何も言わずに三体のゴーレムが出来上がった。背丈は儂と同じ。指の大きさと長さもほぼ同じ。
「儂が今からここにある一種の楽器で一曲分演奏するから、その動きのトレースを頼む」
そう言ってピアノに儂が向き合っていると、エンデが何とも言えない顔で口を開いた。
「できないって言って無かったか?」
「儂ができないと言ったのはバイオリンで、それ以外の楽器は弾けないと言った覚えはないぞ」
一曲分のトレースが終わり、準備は整った。
「なぜ、こんなことをするんだ?意味が分からない」
「たった2人だけだが、夜会の場としては最高の城と、この場だ。夜会と言うものを、エンデと共に経験してみたかった老人の小さな願望だ。エンデはどうする?曲を聴くだけに留めるか、儂と一緒に踊るか」
「……踊る。踊って見せる」
良い心意気だ。
「ちなみにエンデは踊れるか?」
「ふっ……足を踏むことには許容してくれ」
つまり上手く踊れないと。まぁそれくらいは許容するか。これはただの、自己満足な儂の願いだからな。
「さて、準備は良いな?幾らでも足を踏んで良い。気に病まず、最後まで踊ろうではないか。さぁ、始めてくれ」
エンデが目を閉じ、そして開く。すると、三体のゴーレムが同時に楽器を奏で始めた。多少音のズレが生じているが、許容範囲内だ。
「あぁ!」
「落ち着け、足を踏んだ程度で儂は死なない。安心しろ」
そんなに悲しそうな顔をするな。ダンスに誘った儂の心が痛むではないか。
『♪♪♪♪』
「慣れてきたか?」
やはり人生経験というものが違うのだろうか。もう儂の足を踏まずに、ダンスとしての形を成して来ている。
「慣れてはきた。でも……あぁっ!……踏むところだった……」
そこまで気に病むなと言っているのだが、頭からすっぽり抜けているなこれは。
「……でも、今になって思う。どんな経験をすれば、ここまで多才になれるんだ?」
「一言で表すなら、老兵を侮るべからず。波乱万丈な日々しか無かったからな。必然的に色々な技能が身についているんだ」
『♪♪♪♪』
「……そう言えば、今になって思うが、あまり儂のことを話してなかったな。儂に関して知りたいことがあれば、いつでも何でも応えよう」
儂の言葉にエンデがダンスを崩さず顔を下げ、数秒の間を置き顔を上げた。
「じゃあ、お前のことを一つ教えてくれ。お前にも、大切に思う家族はいるのか?親とか、妻とか、子供とか……」
いきなりかなり踏み込んだ質問だな。まぁ何でも応えると言ったのは紛れもない儂だ。隠さずに全てを述べるとしよう。
「儂には、親も妻も子供もいない。両親は儂が物心つく前に亡くなったと聞いているし、今まで恋人と言う存在がいたことも無い……どうしたエンデ?」
「いや、何でもない。ははっ、楽しいな。本当に」
「……そうだな」
『♪♪♪♪!!』
曲が終わり、ダンスがフィニッシュを迎えた。流石に、この歳でここまでのダンスは流石に疲れるな。
『バンッ!』
扉からそんな音が鳴り響き、エンデが部屋の外に走り去って行った。一瞬エンデの耳が赤いように見えたが、それほどまでに疲れたのだろうか。取り敢えず、今はこの枯渇した体力を癒さねば……
「親に……恋人か……それを何のしがらみも無く欲することのできる世界だったなら、どれほど良かったことか」
世界は凍えた。あれから50年以上過ぎた。もう、遅い。




