17話 小さな辺境の村祭り
いつも通りの暗雲立ち込めた凍えし世界。風邪がほぼ完全に治り、港町からやっと出られた儂とエンデは次なる地に向けて足を進めている。
「昨日の魔害の本についてなんだけど、あれ危険思想が入り混じった魔法書だった。あ、魔法書ってのは、ある特定の魔法等についての理論とか、発動方法とかが書かれた教科書みたいなものだ」
「成程。ちなみにどんな危険思想があったんだ?」
「……人類は腐ってるとか、世界の支配種の交代が必要とか、書いてある魔法は主に悪魔の召喚方法だったし、魔王なはずの私がドン引く理想と思想の塊だった」
エンデが顔をしかめながら視線を明後日の方向に向けた。確かに過激であまり読みたく無いな。魔害の本……利用価値が無ければ焼却処分した方が良いかも知れない。
「見えて来たな。あれが今向かっている村だ」
山岳地帯の高台。そこから見下ろせる家々と氷で包まれた畑。単眼鏡で見ると、村の中心部に氷像が集まっているように見える。何かあったのだろうか。
「……祭りか」
見たところ収穫祭なのだろう。農村では良くあることだが、調査となると少し動き辛い。この村はかなり大きいし、人数が局所的に集まっている。そう言った場所を調査する際に、間違えて触れないように気を付けなければ。
「お、おい!あれは何だ?!」
「何って、恐らくこの村の特産品を売る屋台だと思うが」
心なしか、いや、かなりエンデが興奮している。今まで魔王として暴れていたから、このような祭りとは無縁だっただろう。単なる興味か、今までの魔王としての反動か、どちらにせよエンデの気が済むまで付き合ってやろう。
……最近は頼り過ぎ気味だったし。
「……」
犬みたいだな。様子が完全に待ち切れない犬のようだ。
「あらかじめ言って置くが、絶対に素肌で氷像に触れないように。布越しでも冷気はある程度貫通するから油断しないように。このような祭りの時ほど、人の密集が凄まじいことになる。くれぐれも浮かれて触れないように」
「そ、それくらい分かってる!ほら、当たらずにここまで来れたぞ。これが特産品か……『ガチッ!』冷たぁ!」
……何をしているんだ……本当に。浮かれ過ぎだ。このような場は初めてだからこその浮かれ具合か?興味に直進している様子が年相応にしか見えない。
「馬鹿者、この世界の気温を忘れたか。パンすらもガッチガチなのに、屋台の料理を食えば冷たいのは当たり前だ。はぁ、ほら、このかごに入れて置け。後で解かす」
「うぅ……」
エンデは冷えた唇を手で温めながら、屋台の特産品らしき料理を入れ、さらに別の屋台の料理まで手を伸ばして行く。
「なぁ、これは何だ?動物の耳の剥製か?」
「いや、それは……確かに動物の毛は使われているだろうが、剥製では無いな。つけ耳と言うやつだ」
猫耳、熊耳、兎耳に犬耳。冷気でガチガチに凍っているが、氷像のような冷気は纏っていない物品。完成度が高く、そして高い。手作り故か、何とは言わないがかなり高い。
この機会だ。せっかくだし、一度着けるだけ着けてみるか。
「……」
……取り敢えず着けてみたが、恐らくいや絶対似合わないだろうなぁ。考古学者の友人が見れば大爆笑は間違い無しだろう。
「あっ」
エンデが儂を見てスッと真顔になって、手で口を押さえただ儂を見つめた。
笑うなら取り繕わずに笑って欲しい気持ちと、何も見なかったことにして欲しい気持ちが混合している。早く何か言ってくれ。この気不味い空気を壊してくれ。
「……大爆笑して良いか?」
エンデが……そんなことに許可を求めた。儂としては、ただ頷くことしかできない。
「……ふふ、あはははは!ははっはははははー……あっははははははは!げほっげっほ……はーふーぁははは!」
見たことないくらいに大爆笑している。若干苦しそうに腹を抱えている。バンバンと地面を叩き、衝撃で地面が軽く揺れている。
よし、外そう。このままにしたら被害が出そうだ。
「もう二度とつけ耳とやらを着けないでくれ。腹が捻り切れるかと思った」
「流石にそれは儂にとって不本意なことだ。自主的に止めさせてもらおう」
大爆笑から復帰したエンデがそう言って溢しながら、祭りにはしゃぐ子供のように次々と屋台の物を手に取って行く。すると、村のとある一角で足を止めた。
エンデの視線の先を追って行くと、そこにはローブで身を隠した集団がおり、その中心には大事そうに四角い塊のような物を持っている氷像があった。
取り敢えずそれに近付いてその塊を回収してみる。
「これは……珍しいな。写影機か」
「写影機?知らない物だな」
何でも知ってそうなエンデでも知らないことがあるのか。何だか妙な気分だな。
「ちょっと待ってくれ。これを持って……確かここを押せば」
『カシャ』
エンデに向けて写影機のボタンを押す。カシャと言う今の音と共に、写影機の中から振動音が響き、数十秒の後に一枚の紙が中から出て来た。
その紙には、今さっきのエンデの姿が詳細に描かれていた。その紙を、エンデが目をキラキラさせて四方八方から見つめて覗く。初見ならその反応は当然か。儂も初めて見たときの衝撃は忘れられない。
「100年ほど前に、とある天才絡繰師が作り上げた景色や人の絵を一瞬で描き上げる正に魔法のような装置だ」
「正直、魔法以上にすごい。魔法なんて戦争とか地形破壊ばかりに使用されるから、こんな絵とかの芸術関連の魔法は存在しない。私が封印されていた時に進歩してたら別だけど……」
それは完全に儂の預かり知らぬところだな。歴史の影で発展していたら別だが、そんな魔法の伝承や話は全く聞いたことが無い。そもそも破壊や封印ばかりの魔法しか儂は知らない。芸術にどう転用すれば良いのか全く知らない。
……それほどまでにこの写影機が凄いと言うことか。実感が薄い。
「これを作った天才絡繰師は技術を伝えずに寿命を迎えてな、技術は誰にも伝えられずこの装置の部品が複雑で小さくて多すぎて意味不明で再現は不可能と国々が口を揃えて言ったほどだ。確か現在に残存する写影機は1000も無いと聞いている」
それがこんな田舎の村にあるとは正直驚いた。いや、周囲の服装や装飾品から貴族のお忍びと考えられるな。怪しや満点だ。故に周囲の誰も近付こうとしている氷像が一つも無い。
「記念に一緒に撮るか」
「賛成!」
「ただ、どうやって一緒に写るか……片手でやろうとしても、大きさと重さ的に無理だ」
そう儂が溢すと、エンデが足元の雪を掘り、露出した地面に手を置いた。すると少しの振動と共に地面の土が膨れ上がり、人型の土人形が出来上がった。つまるところゴーレムがそこにあった。
「よし完成。これにそれを渡せ。私が指示を送って撮らせる」
「今日一番驚いた。まさかあのゴーレムがこんなにも簡単に出来上がるとは……」
驚いたものの、今は取り敢えずそのゴーレムに写影機を手渡す。驚きと動くゴーレムの調査は後にしよう。
「ここで良いか?」
「場所的にはここで良いだろう。背後には壁があり目の前には障害物や氷像も無い。撮ってくれ」
『カシャ』
その音が鳴り、ゴーレムの元に駆け寄る頃には、一枚の絵が出来ていた。儂とエンデの絵だ。この村に来たことへの記念品としては充分だろう。写影機を貴族のお忍び集団に返し、ゴーレムを見て触りエンデからゴーレムの話を聞き、最後にこの村をもう一回りして、村の調査を終えた。
「ふぅ。存外、楽しめたな」
「そうだな」
一枚の絵を手に持ち、エンデは輝くような目でその絵を見ていた。




