15話 封じられた島
幾つかの小川や小山を越え、鬱蒼とした枯れ木の盆地の中心部。そこに、大きな窪みがあった。
その窪みから放射状に地面に亀裂が走り、そこから若干の光を放っている。窪みに近付くほど稼働を止めたゴーレムが増え、窪みの周囲には大きな杖を地面に突き刺した状態でミイラ化した人柱のような者達。計三名。
「自らを生贄に極大魔法陣の強度底上げをしているのか……」
その者達を見たエンデは興味深そうに呟く。それが本当なら下手に動かさない方が良いだろう。もしや島のゴーレムはこの者達を守る為?いや、違うな。
エンデはこの者達を、自らを生贄に極大魔法陣の強度を底上げをしていると言った。つまり、極大魔法陣を発動した張本人はまた別にいる。恐らくこの窪みの底。
その張本人を守る為にゴーレムがいると考えて良いだろう。この者達は単なる保険。1人消えても張本人がいれば極大魔法陣自体は消えることは無い。強度は多少下がるだろうが。
この仮説をエンデに話すと、驚きと共に笑みを浮かべた。エンデとほぼ同じ仮説を儂が考えていたらしい。エンデとほぼ同じなら、この仮説はほぼ正解だな。
安全そうで崩れ無さそうな場所から、窪みの底を覗いてみる。
ただ、暗い。ただでさえ暗雲で暗いのに、窪みまで光が届かない為か更に暗い。同じく暗くてあまり見えないだろうエンデが、魔法で光る玉を生み出し宙に浮かばせながら、少しずつ窪みの底に高度を下げて行く。
光る玉に照らされたそこには、絵物語のような場面が広がっていた。
童話に出てくるような勇者と、童話の悪役で良く出てくる真っ黒い人型の何か。詳細は分からない。
「悪魔か……面倒な……」
「あれが悪魔か……初めて見るな」
エンデが顔を嫌そうにしかめ、儂は警戒しつつそれをこの場から観察する。下手に動いて悪魔が動き出せば元も子もない。悪魔だとするなら、それくらいの警戒は必要だろう。
少し遠くて見辛いな。単眼鏡を取り出して勇者と悪魔を観察してみる。
勇者らしき方は半身がボロボロで崩れかけ、しかも胸に大きな穴が空いている。あれでは確実に心臓に至っているだろう。
対して悪魔は万全の様子に見える。
勇者の真下には、色を失い欠けているかのような悪魔と共に包み込むほどの大きさの魔法陣と、その中心部に杖を突き刺すミイラ達と同じような態勢で、剣が地面に突き刺さっているのが見えた。
薄く淡く輝くあれが、封印の核だろう。ここから見える範囲でも、あの勇者の劣勢は確実。そして死も。
「成程。そこにある通常の魔法陣の効果は時間停止。極大魔法陣はそれを更に高めるように、そしてその魔法陣が消えても大丈夫なように、時間停止が組み込まれていると言う訳か。随分と警戒している」
「エンデに聞きたい。あれを放置するのはどう思う?今にも消えかけな魔法陣を見ると、気になって仕方がない」
儂の質問に、エンデは魔法陣に関しては問題無いと言う。やはり儂には魔法に関する知見が乏しいようだ。
「あの悪魔が存在する限り、真下にある魔法陣が消えても極大魔法陣がその代わりを成すから、私の推測ではあと万年ほどの時間がある。勿論あの悪魔が消えれば魔法陣はその存在意義を失い消滅するはず」
そうか、なら……
「でも、悪魔に関しては放置はできない。絶対に」
……エンデが、苦虫を噛み潰したような表情で拳を握っている。儂としては放置しようと口を開きかけたばかりだが、すぐに口を閉じる。
底までの高さは中々あるが、無理なほどでは無い。近くに太い木があるし、底まで届く縄もある。そして儂にはこれを打破する可能性を持つ秘密兵器もある。だがまずは……
「ならばエンデの力で、あの悪魔をなんとかできるか?」
「……今の私には悪魔を完全消滅させるほどの力は無い。あの声が消えてから、私は少し弱くなった。もう後悔はしてないけど、ただ、あの悪魔をどう足掻いても倒すことはできないのは、確実」
悪魔を倒すことはできず、放置も得策では無い。秘密兵器を使うか?しかし使い時を見極めなければ多大な被害が……
『パァン!』
何の音だ?
『ギギギ……!』
何の音だ?!
「……見立てが外れた……世界が凍えたせいで、封印の魔法陣に歪みが……!」
「おい!何がどうなっているんだ!」
急に淡く光っていた魔法陣がパンと音を立てて消滅し、何処かから大きく軋む音が聞こえ、勇者が力無く倒れ、悪魔が少しずつだが動き始めている。突然過ぎて意味が分からない。
「極大魔法陣の多くは長時間の稼働が前提で、土地が風化したりして変化しないように修正する術が刻まれている。けど、今はそれが裏目に出た。前までは毎秒毎秒修正する必要があったけど、今は全く変わってない。変わらな過ぎた!これは、その暴走だ……」
咄嗟には理解ができないが、その様子から不味い状況だと言うことは分かる。ならばこれを使う他無いか!
「意味深コレクションその3!贄の王冠!」
これはとある国の宝物庫に厳重に、厳重に保管されていた王冠。あまりに厳重過ぎて興味本位に持ち出してしまったが、後でこれの詳細を知った時は身震いしたほど危険な代物だったらしい。
贄の王冠は冠った者を喰らい尽くす力を保有し、喰らえば喰らうほど土地を侵し不浄の地にするらしい。幾度も国を滅ぼした伝承があり、おっかなくていつこれを捨てようか考えていたが、今が相応しいだろう。
「魔法具?!しかもなんでそんな危険物を持っているんだ!今すぐ捨てろ!」
「ああ、エンデの言う通りに今すぐ捨てようとしているところだ!」
さて時間が無い。儂としてはここからこれを投げて悪魔に冠らせたいが、ここからは距離も高さもある。
「この縄をそこの木に括り付けてくれ!」
「え、あ、わ、分かった!」
取り出した縄の端を掴み、人ならざる速度で儂が指し示した木に到着し、一瞬で括り付けた。よし、あとはもう片方の端を窪みの中に放り投げ、肩に背負っていた全ての荷物を下ろし、縄を強く掴み力加減をしながら一気に丁度良い高さまで落ちて行く。
素手なら縄と手が擦れて痛くなるが、生憎のこの寒さだ。常に手袋は常着している。しなければ凍傷は確実だ。
手っ取り早く終わらせる為に、エンデの宙に浮く魔法で悪魔の頭の上まで行き冠せてもいいのだが、最近はエンデに任せきりなことが多く、50年数年間頑張り続けた儂の立つ瀬がない。あと精神的に立ち直ったとは言え、エンデの精神はまだ子供だ。子供に重荷など、持たせるべきでは無い。
せめてこれくらいのことはしないと、子供に任せきりな大人と言われ、考古学者の友人におちょくられてしまうだろう。だが、今は、現状は、そうなって欲しいと切に願うことしかできないが。
……この位置だな。かつての友人に思いを馳せるのを止め、深呼吸をして今に集中する。
エンデが危険物と叫んだこの贄の王冠の伝承は、恐らく真実。でなければエンデがああも取り乱すはずが無い。
角度、高さ、力の込め加減。贄の王冠は右手にある。
頭から外れたとしても、悪魔自体は大きいから何処かしらには引っ掛かるだろう。それを願い、投げる。
儂ながら綺麗に飛び、見事に頭に乗っかった。さて、あとは贄の王冠が伝承通りに悪魔を……
『グルオォォォアァァァァ……!!』
耳が痛い!窪みの中で叫び声が反射し更に痛い!
「エンデ!引っ張り上げてくれ!早く!」
こんな大音量の絶叫の中で儂の声が届いてくれるか不安だったが、エンデには届いたようだ。物凄い速さで縄が引っ張り上げられている。
贄の王冠を冠った悪魔は、絶叫を放つだけで何もできず、ただ声を放ち続け、真っ黒な光を放って消滅した。地に倒れた勇者の亡骸すら喰らい尽くし、贄の王冠のみが、そこにあった。
……使えそうなら回収しようかと考えていたが、これを回収したいとは思えないな。流石に。そのまま、捨てて置くとしよう。
「しかし、何故悪魔が復活したんだ?下の魔法陣が消えたからなのは分かるが、代わりを成すはずの極大魔法陣は稼働しなかったのか?」
上に戻り縄を巻きながら、儂はエンデに疑問を溢す。
「極大魔法陣が誤作動を起こして壊れた……じゃ分からないか」
随分簡潔にまとめてくれたが、確かに魔法知識の無い儂には分からない。
「……歯車に例えると、今まで回っていたのに急に止まって一部がずっとそのままになっていたんだ。止まったのに回る力はそのままだから、溜まる力に耐え切れず歪んでしまった。魔法陣は精密なものだ。一部が欠けただけでも誤作動を起こしてしまう。だから既に消えた魔法陣の替わりを成すはずの極大魔法陣は、誤作動を起こし壊れてしまった」
極大魔法陣の線が歪まないように修正していた物があるとして、急に不必要になればそれを止めろとするのは無理な話か。やはりさっぱり分からん。
「ちょうど下の魔法陣が消滅した時にここに来れて良かった。悪魔を取り逃がしたら被害は甚大だし、極大魔法陣が暴走する前で本当に良かった。一部破損しただけでも魔法陣は暴走して小規模の爆発を起こし消滅するから、極大魔法陣レベルの魔法陣が暴走すればこの島は跡形も無く消し飛……あっ」
エンデが固まった。そしてゆっくりをこちらを見て、そのままここに来た方向に視線を移す。エンデが言おうとしていることは分かる。分かってしまった。
即座に足を回しエンデと共に走り出す。
「逃げろぉぉ!極大魔法陣が暴走してこの島が崩壊するぞおぉ!」
「この老体の身に酷なことをしてくれるなあこの凍えた世界は!本当に!」
島全体から轟音が鳴り響く中、儂とエンデは全力で海を目指した。




