12話 洞窟の横穴の先の先
あの竜の研究所を見つけ調査し誰かの遺言が記録された小さな物体の内容を知ってから数日。
儂とエンデはあの研究所を後にし……もう行くことは無いだろうから掘った地点を埋め直し、今は次なる場所に向かう為に山の反対側に行ける大昔に人工的に開けられた洞窟を進んでいたのだが……途中であろうことか、エンデとはぐれてしまった。
近道を選択したつもりだったが、それが裏目に出てしまった。
この洞窟は山の反対側に通じてはいるが、昔故に反対側まで真っ直ぐ直線に掘る技術は無く、乱雑に無数の穴が蟻の巣のように複雑化してしまっている。
エンデなら魔法で物理的に穴を開いて脱出できるだろうが、ただの普通の魔法の使えない人間である儂にはそんな芸当は無理。
儂に残っている手段はいち早くこの複雑化している迷路でエンデと合流すること。
来た道を戻る手段は既に無い。儂自身が今何処にいるのかすら分からない。
取り敢えず足を進めよう。何事も行動だ。
足音のみが洞窟内に反響し、無音を掻き消す耳鳴りが集中を途切れさせる。
今持っている唯一の光源であるランタンの燃料は無尽蔵では無い。今も着々と減り続けている。
洞窟で迷ったときは入り口から入り吹く風を感じ辿れば出口に辿り着くと良く言われているが、こんな凍え停滞した世界では風は吹かないから困ったものだ。
少しくらい吹いても構わないと言うのに。
……ん?こんな所に横穴が……横穴の先を覗いて見ると、そこは人の手によって造られた洞窟では無く自然によって形成された洞窟がそこにあった。
人の手が入れば多少は均等に掘られているものだが、これは完全に不規則な穴だ。規則性の欠片も感じられない。
足元に転がる大小バラバラな岩か石の欠片から、恐らくこの横穴はこの洞窟が掘られた後に、元々近くに存在していた洞窟とこの洞窟の間に、地震などの何かしらの強い衝撃か膨大な時間の経過で自然に崩れ繋がったのだろう。
……ただの穴と頭の中で処理できれば良いが、そんな考えは儂の好奇心で塗り潰される。気になると言う興味は誰にも止められない。
一歩足を踏み出してみたが、滑る様子は無し。このまま穴の底まで滑り落ちると言うことは無さそうだ。
もう一歩進んでみる。未だ奥が見えない。まだまだ先がありそうだ。
あまり調子に乗り過ぎると痛い目を見るだろうから、少しずつ慎重に一歩を踏み出しそしてまた一歩を踏み出す。
考古学者の友人が何度も調査に出向いている遺跡に行き帰って来た時、杖を付いて片腕に包帯が巻かれていたからどうしたんだと思ったが、遺跡に調査しに行った時にここの調査は慣れたと調子に乗ってずかずかと進み、ずかずかと進んだ結果前夜の雨で濡れている遺跡の石畳に滑って転んで足と腕を打ったと聞いた時は大爆笑したものだ。
慣れたと自らを鼓舞しても、どんなに手馴れてもミスは起きる。怪我はする。今では完全に儂の教訓と化している。
さて、かなり進んだが…………どう言うことだ……?途中で急に洞窟の地面から階段が露出した。途中まで自然の洞窟だと認識していたが、まさかこの先に何かがあるのか?
これは、儂の好奇心だけでは無い。先へと進む口実ができた。エンデには悪いが儂自らが迷子となろう。
横穴を進み露出した階段を進み進む度に露出箇所が増え続ける石レンガの壁と天井を進み、ようやく階段が途切れ、一度階段に腰を掛け上がった息を落ち着かせる。
想像以上の段数だった。城1つ分は降りたのではないだろうか……それほどに多く長かった。
だが、これが報われるほどの何かがあると信じて一歩を踏み出すとしよう。
足を踏み出し階段から離れると、少し広い空間に出た。見た限りはかなり劣化しているが、未だ建築物としての体裁を保っている遺跡。今儂がいるここはその内部のようだ。山の内部を掘り造ったか、元々遺跡があった場所に山が形成されたか、どちらにせよ凄まじいことに変わりない。
天井は少し高く、そして儂の見間違いでなければ照明らしき物体が天井から吊り下げられているが、儂に確認する術は無い。一旦無視しよう。
しかし、この遺跡の内部は存外あっさりしている。どんなに古くても遺跡の大部分が崩れていても何かしらの装飾品等は出て来るはずだ。国王の墓とかが良い例だ。
もう一度ランタンを掲げ周囲を見回す。中心部に台が1つあるだけで他に目立つ物は無し。強いて挙げるなら石レンガの壁にぎっしりと刻まれた無数の魔法陣。儂には魔法関連の知見は無くさっぱりだ。だがこれだけの主張を持つほどに書き込まれ刻まれているなら、何かしらの意味がある。そう思える。
一旦壁の魔法陣は無視し、中心部にある台に近付いてみる。
この中心にある台に安置されているのは…………まさか……
慎重にそれに手を触れ、軽く持ち上げる。石板だ。断面はさらさらで、何かに嵌めてもすんなりと入ることだろう。表側にはかなり昔の……1000年以上前の古代の文字によって書かれた文章。反対側には今なお鮮明に描かれている地図らしき絵。しかし今は絵よりも先に、石板に書かれている文字を読んでみる。
…………
「4か!」
まさかの収穫だ。まさか4がこんな場所にあるとは。今すぐ全ての文字を解読し読み尽くしたい所だが、今はエンデと逸れてしまっている。一旦この石板は回収し、まずはエンデと合流……
「……冷たい」
……微かにそよ風を感じる。方向は先程まで降りていた階段から。そうか、考えたな。
今この凍えた世界では自然現象による風は絶対に吹かない。故にこれはエンデが引き起こしたもの。ならばこの風が吹き荒れる先に向かえばエンデがいる!
「おい!お前が入手したその雑な地図のせいで、逸れた上に迷子になってしまったじゃ無いか!何だよ、何でだよ。何だよ次は上って、何だよ次は右って、右にも上にも幾つも穴があるじゃ無いか!迷うに決まってるだろ!」
風を頼りに合流した途端、エンデが怒涛の文句をこの前入手した地図に言って来た。確かに雑だった。入手した洞窟の地図がこれだけだった儂にも非があるな……
まぁ今は、目の前の問題を対処せねば。
「それで、合流したとしても出口が分からないのがな……どうしたものか」
「もう見つけたぞ。風が吹き抜ける地点なら2つ。1つは入口。もう1つは出口。そして私は入口を覚えてる。だからその逆を行けば良い」
そう言うとエンデは歩き出し、儂も付いて行く。ほどなく薄暗い光が洞窟の先から見えて来た。
洞窟から出ると、そこは確かに儂が知らない景色。出口に到着した。痛い目を見たが、予想外の収穫で儂は大満足だ。
「口角が上がっているが、何かあったのか?」
おっと……咄嗟に口に手を当てて確認してみる。確かに口角が上がっていた。気付かなかった。完全に無意識だった。
「もしや私に合流できたのがそんなに嬉しかったか?迷子になって寂しくて……」
「……ふっ」
何を言われるか身構えたが、あまりの突飛な発言に少し吹いていまった。それに釣られたのかエンデも少し吹いた。一瞬で収まったのを見るに、壺にハマるのは避けられたらしい。
「それにしても、近道と言うのは安易に進むと痛い目を見るな」
「確かに」




