10話 頂きの告白
……随分と難しい質問をされてしまった。まずは思考を整える為にこの激しい息切れを収めよう。
「すぅ…………ふぅ……」
改めて前方にいるエンデを見つめてみる。息を整えてもその目は変わらず、飛び降り自殺をしそうな雰囲気を漂わせている。
「……エンデが何者なのかは、儂には分からん。儂がどれほど昔に見聞があろうと、エンデが封印される前の当時の人間では無い。ただの見聞きしたのと実体験は全く違う。だからこそ……エンデ自身のことを、儂に教えてくれ」
当時何があったか、当時何が起こったのか、当時エンデは何を思ったのか、儂自身は何も知らない。それからで良いだろう。その質問の答えを導くのは。
「…………」
輝く日に照らされ俯き、そのまま片手の指で頭を押さえた。
「……ずっと。ずっと頭の中で声が響いてた。何かを壊せ、何かを殺せ、何かを消せ……でも今は全く聞こえない。今この世界みたいに、何も……何も。最初は不安だったのに、今は何故かほっとしてて……」
……幻聴が常時聞こえていたと言うことか。それが突然聞こえなくなれば逆に不安になってしまうのも理解できるが、今は不安が落ち着いていると。
「私でも、私は誰なのか……私が誰なのか……分からない。何も覚えて無い。私に親がいたのか、兄妹がいたのか、友人がいたのか、人間らしい誕生をしたのか、化物の如く生まれ落ちたのか、何故私が魔法を扱えているのか……何も……知らないんだ」
……
「名前以外、何もはっきりとしない……何も覚えていないのに、唯一の存在理由だった世界の破滅……でも今はこんな雪景色で誰も動くことは無い。なぁ……私の存在理由って、まだあるのか?残っているのか?……もう、何をすれば良いか……何をしたいのかが、私には分からない」
不味いな。内にあるものを吐き出して、今度こそ死への覚悟を決めた目をしている。
今この場で、儂がすべきこと。それは過去の追及や糾弾では無い。ただ偶然に生き延びた者では無く、ただ1人足掻くだけの人間では無く、儂個人として……この思いを言葉にしよう。
「エンデが何者なのか……初めて会った時から思うが、一言に言えば面倒な人物像をしている。もう一度言う!かなり面倒!!」
儂自身の想いを口にしながらエンデに一気に接近して肩を揺らす。この行動には予想外だったのか、エンデがぽけーっとした顔で儂を見つめている。この調子だ。
「そもそも何だ?!過去の行いを今更恥じて!そこからが面倒だ!」
「……私は…………」
「初めて会った遺跡から街に向かう時は妙なプライドで儂に言われるまでボロ布一枚で何も言わず、儂から言わなければずっと裸足で街まで歩いていただろ?!」
「……いや……」
「エンデ、主はひ弱な娘っ子か?違うだろ!エンデは儂から見れば面倒で妙なプライドがあって情緒が不安定な我儘娘だ!」
「……それは……!」
「今まで変に大人びていると思っていたが、今ここで確信した!その身勝手な自責も、変に何処かに向かってしまう感情も、もう既に聞こえない声に振り回されていても、エンデは化物や魔王では無い、ただの面倒で妙なプライドがあって我儘ななんてことの無いただの人間だ!」
「…………!」
持論ではあるが、このような自殺志願者のような者に効果的なのは、今思い詰めている思考を吹き飛ばすような何か。一瞬にして深淵に沈んだ思考を一気に浮上させるような衝撃的な言葉と行動。
「人、間……?……魔王と呼ばれて、その呼び名の通りに行動し続けた私が……どんな存在すら私自身も知らない私を……人間?」
「その他に形容すべき言葉があるか?儂には無い。今までの行動も、言動も、面倒な点も含め全て人間にしか見えなかったぞ」
負の思考さえ吹き飛ばせば、言葉は通る。
「……ふ、ふはは……何を考えていたんだ、私は。今まで恨まれるようなことをし続け、挙句に自分勝手に終わろうと。ふぅ…………あ”あ”あ”!!!」
日が照り付ける山頂の頂きで、何も無い地平線の果てまで続く雲海に大きな声を荒げて発した。
「落ち着いたか?」
「……かなり。お前には、頭が上がらないな。ありがとう」
妙なプライドを持っていたが、儂に感謝を……心を許してくれたか。これでようやく、心を落ち着けて日を見ることができる。
前回は1人だったが、こうして誰かと一緒に見ることができるとは……良い景色だ。
山に登れば、当然降りる作業も当然しなければならない。
頂上までの道のりで最後の最後で駆け上ったせいか、いつも以上に疲労が肩にのし掛かる。まだ時間的には昼前。今日の内に道中にある遺跡まで行って調査しようと思っていたが、これだと今日中に到着するかしないかかなり怪しい。
一旦長めの休憩と昼食を挟んでこの疲労を取り除こう。
「これをやれば良いか?」
「あぁ、頼む」
儂が立ち止まると、儂の様子を察してかエンデが進んで焚き火を作り始めた。
さっきまであんな雰囲気を漂わせていたとは思えないな。儂の言葉で吹っ切れたようなら何よりだ。
山脈に存在する山と山を分断するほどの大きな谷の底に、かつて人々が生活していたと言われる遺跡がある。
元々標高の高い山である関係上、さらに山脈の谷底と言う立地も合わさり、登山者が遭難でも限り見つけられないような場所だからこそ、ここ最近……世界が凍えた前年ほどにたまたま発見された遺跡であり、当然の如く調査は全く進んで無い。
あの時は考古学者の友人が、たった1人でここの遺跡に突撃しよう強行して、周囲の者達と協力し彼を止めたものだ。
凍える前の世界のあの時の時期は、この山脈で雪雪崩が頻発する時期と重なる。しかも立地は最悪ときたものだ。事情を知った者全員に色々と言われ、流石に考古学者の友人が折れて勝手に行かないように約束を取り付けた。
あの時の苦労を考えると、多少は何か有益な物があれば良いが……
さて、何とか遠回りして安全に谷底まで来たが……何がある?
「あっ……」
谷底に残るかつての建造物の残骸を見たエンデが何かを思い出したように声を漏らし、その声に振り向いた儂を見て、気まずそうな目を逸らしながら口元を押さえた。
流石にそんな反応をされれば察する。この遺跡は、かつてエンデが滅ぼした街か国だったのだろう。しかし……エンデが滅ぼしたとなると、当時の文献や石版は消失してそうだな……
やはりと言うべきか。念の為遺跡を調査しても、特に何も有益足り得る何かは無くただの古い建築物のみに終わった。
それは特に気にすることでは無い。だが、頂上の件からエンデがかなり喋るようになり、元気が有り余っているように行動している。老人である儂は振り回されていつも以上に疲れた気がする。
時はもう夕暮れを過ぎ夜になった。
焚き火から火花が飛び、冷たい空気に包まれ雪に消える。エンデは既に寝袋に包まれて寝ている。今日は色々と……流石に疲れた。少し早いように感じるが、もう寝よう。
「……すぅ…………すぅ……」
……いや、もう少しくらいは起きても罰は当たらないだろう。あれを、書き進めるか。
暗雲が空に停滞し、雪は地面を隠すほどに積もり、ただ見渡す限り生物は氷像に成り果てた。だが……
「野営の片付けは終えたか?悩みが消えたから、今の私はすごく元気だぞ!」
誰かが一緒いてくれれば、それこそ明日への希望をその身に宿す者がいれば、こんな絶望的な世界でも何とかできると信じれる。
「そうだな。さて、旅を続けよう」




