シャーペン。
右隣の席の中水流美波はぼーっとしている。
ショートヘアで長身で、いかにも体育会系な見た目なのに帰宅部だし、流行にも疎い。最初どこまで名字でどこから名前なのか分からない私に、
「中水流でなかずる、って読むんだよ。珍しいでしょ」
と、へらっと笑った顔にも締まりがなかった。
化学の授業中の今も、口をぽけーっと半開きにしてシャーペンのお尻を唇に当てている。しょっちゅうそうしているから聞いたら、
「え、そんなことしてる?全然気付かなかった」
と、驚かれた。完全に無意識にやっている癖らしい。シャーペンだけではなくマーカーでもマジックでも、ぽけーっとしている時にはだいたい端っこを唇に当てている。
それに持ち物にも何というか色気がない。皆がどこかしら可愛らしいペンケースやら何やら使っているのに、どこで買ってきたんだという「ザ・事務用品」という感じのポーチにざらっとペンも消しゴムも突っ込んでいる。だいたい百均で揃えるらしいが、百均でももっと可愛いやつはいっぱいある。根本的に興味がないらしい。
そんな美波のペンの中で、唯一お高めなのがシャーペンだ。細くてシュッとした、製図用とかいうやつ。お高めと言っても数百円の話だが、珍しくこだわりがあるらしい。
「なんかね、これがいちばん手に馴染むっていうか」
そう言って、へらっと笑う顔にはやっぱり締まりが無かった。
ちょっとそれ貸して、と言うと、美波はあっさりシャーペンを貸してくれた。代わりに私のシャーペンを渡す。私のは太めで人間工学に基づいた云々とかいう、パステルカラーのやつだ。そのまま次の授業で使っていいか聞くと、いいよーという軽い返事が返ってきた。
ちょうど鉛筆くらいの太さの美波のシャーペンは、私のとは加減が違って違和感があった。日本史の授業は書くことが多くて、微妙に中指が疲れる。隣の美波を見ると、やっぱりぽけーっと口を半開きにして、シャーペンのお尻を唇に当てていた。
それ、私のだよ。
目で訴えても、美波はこっちを見もしない。私もマネをして、半開きの唇に美波のシャーペンを当てる。
いつも、美波の唇が当たっている部分を。
人の気も知らないで。
そっと唇でシャーペンを挟み込む。美波はこんな私に、全然気付かないんだろうな。俯いて、板書の続きをノートに書いていく。
「いいでしょ、それ」
授業が終わるとやっぱりへらっと笑って、美波が私のシャーペンを返してきた。私も美波のを返す。細くてシュッとした、美波みたいなシャーペン。
リップ付けてれば、気付いたかな。
美波はスマホを見ていて、私なんて見ていない。返ってきた太めのシャーペンの、さっきまで美波の唇が当たっていたところをノックする。カチカチと、芯が押し出されてきた。ノートにぐっと押し当てると、折れた芯が飛んでいく。
開けた窓から、生温い風が吹き込んでくる。五月の、よく晴れた日だった。
無意識な癖に出るフェティシズムみたいの、いいですよね。世間一般に認められてるものだと、髪を掻き上げる仕草とか眼鏡クイッとかでしょうか。
※最後のところの文の並び順だけ変更しました。 5/11