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大きな桜の木の下で

作者: 世界の中心で愛を叫ぶ系雑草なムシキ

正直、推理小説と言っていいのかは微妙ですが、小説初心者な雑草にはこれしか閃かなかったんです……。

楽しんでいってもらえたらいいなと思います。


最後に一言、虐め駄目絶対。

ふわりと桜の花びらが舞う。

一人のセーラー服を身にまとった少女は死んだ魚のように、その瞳を虚ろに染めながら顔を上げる。

彼女の頭上には、この学園一大きな桜の木。


その木の根元に彼女は一枚の紙を置き、木の枝に吊り下げられたボロく擦りきれた縄を見つめる。


(死ぬってどういう感じなんだろ)


そんな事を考えながら、彼女は足元に置かれたバケツに乗り、縄で結ばれた輪に首を通す。


(痛くなければ……いいなぁ)


そんな事を考えながら、少女は台を蹴って____。



「サボり決め込もうと思ったら自殺現場とかマジヤバ!超ウケる!!」



台を蹴ろうとしたところで、そんな第三者の声が聞こえ、少女は振り返る。

そこには、ウェーブの掛かった黒髪にピンクのインナー、前髪には大き目のヘアピン

両耳に沢山のピアス、規則違反である化粧を施し、首に桜のタトゥーを入れた女子が立っていた。








・・・・・・







「ほーん、じゃぁマユマユは彼ピ寝とったって言われて虐められちゃってたんだ、なるなる、理解理解」


桜の根元に腰を下ろした、少女……皇万由(すめらぎまゆ)は自殺をしようとしていた、この桜の木の下で。

しかし今彼女がこうして生きているのは、彼女の隣でセーラーの上からパーカーを羽織軽い口調で話す桜井幸子(さくらいゆきこ)が理由であった。


自殺を図ろうとし声を掛けられたのはまだいい。

しかし彼女はあの後何処かへ行く事も無く、鬱陶しいほどに此方を見つめて来たのだ。

その視線に居心地を悪くし、自殺する空気でも無かったので万由は、こうなれば家で自殺するか、とすんなり諦めて家に帰ろうとした、のだが。

そんな彼女の手首を掴んだのは幸子であった。

振り返った万由に幸子が笑顔で一言。


「ねぇねぇなんで自殺しようとしたの?理由あるっしょ?アタシに教えてよ!興味アリアリだからー」


そう言って来たのだ。

そんなドストレートに聞いてくるだろうか、普通。

こういった話はデリケートな話だ、気を使う言葉を投げることはあれど、こんな風に聞いてくるだなんて思いもしなかった万由は豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をした。


その後も彼女はしつこかった。

そして凄くグイグイ迫ってきた。


そんな彼女に内心イラっとした万由は掴まれていた腕を振り払うと、ぎろりと彼女を鋭く睨み付ける。


「いきなり何なの?貴方に関係ないでしょ?放っておいて」


そう、冷たく言い放って万由は踵を返し、颯爽とその場を離れ…………られたら良かったのだが


残念ながらこれらは全て万由の脳内で再生された想像上での出来事であり

現実の彼女は今まで関わる事の無かった未知の生物(ギャル)を前にマトモに幸子の手を振り払うことも、睨み付ける事すらできず

ただただ「あ」とか「えっと」とモゴモゴと口を動かすだけであった。


そう、彼女は自決する勇気はあれど、グイグイ迫って来るギャルを突っぱねる勇気はなかったのである。


そんなこんなで、気が付けば押し負け、万由は何故自殺をしようとしたのか、という経緯を見ず知らずの女子に話した。



発端は些細な事だった。


万由は人と騒ぐのが苦手で、教室の隅で一人静かに読書を(たしな)むタイプの女子であった。

そんなある日、彼女は図書委員の仕事を押し付けられた。

読書は好きだし、図書室の静かな空気も気に入っていたのでそこまで苦ではなかった。


「皇さんだよね?」


委員会の仕事は、週一で本棚の整理とカウンターに座り、本の貸し出しチェックをする、という簡単な仕事。

ただでさえ図書室に来る人間は少ない。

彼女はカウンター席に腰かけ、無人と言ってもいい空間で一人、読書に没頭する。


そんな彼女にそう声をかけて来た男が居た。

一つ上の先輩、釜野環(かまのたまき)だ。


最初の会話はありふれたやり取りで「この本を帰りたいんだけど」「ええ、わかりました」という淡々とした会話だった。


彼は毎週図書室に来た。


その度に事務的な会話を交わす。

それだけの関係だった。


「その本、面白い?」


或る日、いつも通り図書室に来た環がカウンター席に座る万由に声をかける。

話しかけられた万由は驚きつつ、机に視線を落としながら答える。


「面白い…ですよ」

「ふーん、それ推理小説だよな?難しくない?」

「そうでも、無いです。

読み進めてい行けば面白いですし、謎が解けた時はスカッとします」


確かあの時はそう返したのだ。


彼は万由が読んでいた本の一巻を借りて図書室を出て行った。

それから環はよく万由に話しかけるようになった。

相変わらず目を合わせることは出来なかったが、万由としても読書の話が出来る人は貴重で、楽しい時間であった。



そしてその時はやって来る。



その日も万由は教室で本を読んでいた。

と、いきなり万由の机を叩く手が現れる。

驚いて顔を上げればそこには髪を金髪に染めた女子生徒

その後ろには、茶髪と黒髪の女子生徒が二人、立っていた。


「アンタさぁ」


ガンっと万由の机の脚が蹴られ、音を立てる。

化粧がバレない程度に施された顔は、般若のような表情を張りつけ、とてつもなく迫力があった。

「ひっ」と情けなく悲鳴を上げ、万由は体を縮こませ、目の前で何故か怒り狂っている彼女を見上げながら

確か彼女は隣のクラスの女子だったはず、と思い出す。


隣のクラスの女子何て全く関わっていない。

なんならクラスメートとも碌に関われていないのだから。

混乱する頭で万由は必死に頭を回し、なぜ彼女が怒りをあらわにしているのか考えるが皆目見当もつかない。



「アタシの彼氏寝とっておいてよくもまぁのうのうと学校に来れたよなっ、このクソ女!!!!」



困惑する万由に目の前の彼女はとてつもない爆弾発言と同時に、強烈なビンタを投下した。








あれから一年、彼女はあれからずっと陰湿ないじめにあっていた。

典型的ないじめである、集団無視や、陰口、机への落書き。

しかしそんな物は可愛い。


廊下ですれ違えば足を引っかけられたり殴られたり、階段から突き飛ばされたり

モノを壊されたり、極めつけは着替えの盗撮をされたり。


地獄でしかなかった。


写真をインターネットに流すと脅され、カツアゲをされたり、宿題を押し付けられたり

「皇万由は大人しい顔をしておきながらビッチだから頼めば誰でもヤってくれる」というありもしない噂を流され、男子に襲われかけたり。


親には相談しなかった。

両親は幼いころに離婚し、万由を引き取った母親は、仕事をし、家事をこなし女手一つで万由を育てた。

だからこそ、心配を掛けたくなかった。

迷惑を掛けたくなかった。


何より、母が自分の話を信じてくれなかったらと思うと怖かった。

クラスメートたちと同じ目で、自分が男を誘惑し、淫らに関係を持つような人間だと思われることが怖かった。

友人なんていないから、ずっと一人で抱えて、抱えて抱えて………そしてついに、自殺を決意したわけだ。





ここまでの経緯を話す万由

話を聞き終えた幸子の感想は冒頭の通りだ

幸子はふんふんと頷くと質問を投げてくる


「それさぁ、否定とかしたん?」

「しましたよ……でも証拠があるって、嘘吐きって…」


万由も最初はちゃんと否定していた。

「そんなこと無い」「私は何もしてない、誤解です」と。

しかしその言葉を聞いた女子は怒れる獅子の如く激怒し、万由を蹴り飛ばすとスマホを見せて来たのだ。

その写真には万由と思わしき女子生徒と環が、ラブホテルに入っていく映像であった。


それをみて彼女は言葉を失った。

全く持って身に覚えがない映像が、現に自分の目の前にあったのなら誰だって言葉を失うに決まっている。

その後も、図書室で会話している盗撮写真や

ただ話しているだけなのに、まるでキスでもしているかのように取られた写真を突き出される。

この写真だけならいくらでも弁解が出来た。

しかし動画がある以上何を言っても言い訳と捉えられ、誰も話を聞いてはくれなかった。


「それ激ヤバじゃん!」

「激ヤバ所の話じゃないですよ……というか桜井さんは私の話知らないんですね。

学校中で結構有名なんですけど」


「悪い意味で」と万由は自嘲気味に笑う。


「桜井さんなんてマジ他人行儀じゃね?アタシ等もうダチっしょ!

ってことで、アタシの事はサッチーかサチチって呼んでねっ!」

「…………サッチーさん」

「渾名なのに敬称付けるとかマユマユめっちゃオモロイね!

で、アタシがマユマユの事知らない理由は最近転校してきたから

激ヤバ女が居るって話はちょこっと聞いてたけど、アタシ噂とかマジ興味無しって感じだからさ」


そう言って幸子は鞄からポテトチップスを取り出すと封を破りパリパリと食べだす。

万由の前にもポテトチップスの袋を差し出されたので、遠慮気味に一枚だけもらう。


「てかマユマユの話がガチならクソ腹立つじゃんそれ!マユマユは悔しくないの!?」


そう幸子はポテトチップスを一気に何枚も口に入れて叫ぶ。


(そんなの、悔しいに決まってるじゃん…)


逆にこんな状況になって悔しくない人間なんているのだろうか。

正直、自分が何をしたんだと叫びだしたい気持ちでいっぱいだ。

でも叫べない、向こうには自分ですら記憶にない”証拠”が存在するのだから。

スカートの裾を握りしめて、下唇を噛む。


ああ、早く死んでしまいたい。

早くこの地獄から解放されたい。


死ぬ前に幸子と話せてよかったかもしれない。

長らく人の害意に晒されること無く話せたのは久しぶりであった。

しかしこのまま一緒に居る所を万が一でも見られれば、彼女まで被害を被ってしまうかもしれない。


ここは裏庭だから余り人は来ないが、万が一見られたらただでは済まないだろう。


(早くこの場を離れよう)


そう万由が立ち上がろうとして、万由が立ち上がるより先に幸子が立ち上がる。

勢いよく立ち上がったことで、彼女の耳に付いたピアスの桜をイメージしたであろうピンクの石が他のピアスとぶつかり音を立てながら揺れる。


そして幸子はニコッといい笑顔を浮かべるとキョトンとする万由の両手を握り、ズイッと顔を近づけ。


「犯人捕まえよう!!」

「……へ?」







・・・・・・







授業開始のチャイムが鳴る教室。

教室の隅の席。

そこは皇万由の席だ。

置かれた机には相も変わらず「死ね」や「消えろ」「ビッチ」等々の暴言の文字や、首を吊る万由らしきミニキャラの絵が描かれている。

そしてその机には教室で飾られていた花瓶が一つ置かれている。


それを入って来た担任はチラッと見たものの、特に何も言わずに授業を開始する。

さて、授業は始まったモノの、生徒は皆してひそひそと話に花を咲かせている。


「ねぇ、アイツ今日学校来る気配ないね、死んだんじゃない?」


そう言って笑うのは早乙女未来(さおとめみく)

彼女は口元に手を当て、花瓶が置かれた席を見ていう。


「不謹慎なこと言うなよー」


未来の隣の席に座るピアスを開けた男子生徒鈴木大河(すずきたいが)はたいして注意する気はないのかケラケラ笑う。


「まぁこんなことになったのも自業自得だろ」


そう鈴木の後ろの席に座る男子生徒は未来の彼氏である綾瀬歩(あやせあゆむ)はそういいながら、板書を取る。


「でも、本当に死んじゃってたら…」


歩の隣に座る女子生徒南沙織(みなみさおり)はもしもの可能性を考えて僅かに顔色を悪くする。


「死んじゃってもアタシ等関係ないし!

てかあのビチ子の事だしサボって男と遊んでんじゃ無いのー?」


沙織の後ろに座る女子生徒沢辺亜理紗(さわべありさ)はスマホを堂々と出してそういう。

亜理紗、彼女こそ去年彼氏を寝取られたと怒り散らしていた女子生徒である。


「てかアイツのせいでアタシ環先輩と別れることになったんだけど、死ねよマジで」


そうイライラとした様子で吐き捨てる亜理紗に未来は後ろを向いて声をかける。


「そんなに好きなら別れなきゃよかったのにー」

「許すって言った!でも環先輩がそれじゃぁ申し訳が立たないからケジメとして別れたいって…」

「うわー、環パイセンもったいねー、亜理紗ちゃん超かわいいのに」

「というか亜理紗そんなに先輩好きなら会いに行けばいいじゃん!大学行けば会えるでしょ」

「会いに行ったけど、会えなくて……なんか意図的に避けられてるっていうか…」


そう言って亜理紗はスマホを強く握りしめる。

その際、スマホが僅かに悲鳴を上げる。


それを見ながら他四人はヒソヒソ話す


「めっちゃ切れてんな亜理沙」

「うん……凄く怒ってる、ね」

「そりゃ彼氏ねとられたられたうえ、別れてずっと避けられたらね

私だって歩寝取られたら絶対許さないしー」

「てか未来ちゃん皇ちゃんと仲良かったんだろ?すげぇ今さらだけどいいのか?」


そう大河はふと沸いた疑問を未来にぶつける


「いやそれは中3までだし

同じ部活だから仕方なく仲良くしてただけー。

てか私アイツが猫被ってること知ってたからさー

ついに本性表したなって感じ」

「女って怖ぇ…」


と、亜理沙が「ああああ!もう!あれもこれもぜんっぶあのクソ女のせいッ!!」と叫ぶ。


と、亜理沙は荒ぶっていたがすぐに真顔になるとゆっくりと視線をスマホに落とす


「……あーあ、アイツのせいでストレス溜まちゃったわー。

ストレスのあまりインターネットにアイツの画像流しちゃいそうー」


そう言って亜理紗はニヤリとあくどい笑みを浮かべてスマホの画面を眺めるのだった。







・・・・・・・・・








「ちょっと待ってサッチーさん!犯人捕まえるってどういうことですか!?」

「そのまんまだよ!」


目を白黒させ困惑する万由に幸子は笑う。


「マユマユはこの写真に覚えないっしょ?

てことは、誰かがマユマユを嵌める為にこんな映像取ったとしか考えられないって」

「分かんないよ……沢辺さんが私だって勘違いしてるだけかもしれないもん」


自分の大好きな彼氏が同じ高校の女子と一緒にホテルに入っていく光景何て考えただけで胸が苦しくなる。

きっと同じ状況なら万由は頭が真っ白になって何もできなくなってしまうだろう。

そんな中、亜理紗は携帯を取り出し、証拠写真を収めた。

そしてその写真の女子が万由だと思い込み、クラスに突撃してきたのだろう。

なら万由は誰にも嵌められてなんかない。

犯人なんて、いない。


しかし幸子は「うーん」と考えるそぶりをした後「違うと思うけどなぁ」と呟く。


「だってマユマユは沢辺(サワベン)と面識なかったっしょ?」

「え、うん」

「アタシはその動画見てないから分かんないけどさ。

マユマユが見せられた動画はマユマユっぽい女子とその子の彼ピがホテルに入っていく動画を見せられたんでしょ?

てことはその動画って”背中”よくて”横”からしか見えないんじゃないの?」


そう言われ、万由は動画の内容を思い出す。

確かあの動画は斜め後ろから取った動画であった。


「つまり女子の顔は見えてない訳じゃん」

「!」


その言葉に万由は目を見開く。


(あの動画、私だっていう”前提”で見せられたから、髪型とか身長で信じちゃったけど

私に似た人なんて探せばいくらでもいる、ならなんで沢辺さんは私だって思ったの?)


亜理紗は学年でも美人で有名だ。

だから面識はなかったが万由は噂程度には亜理紗を知っていた。

しかし万由は極力目立たないようにずっと振舞っており、隣のクラスである亜理紗はその存在自体知らなかっただろう。


「多分その動画サワベンが撮影したわけじゃないと思うな、図書館での盗撮写真もね」

「えっ?」

「だって対して知りもしない女子を怒りに負かしてぶん殴る様な尖りまくりガールなんでしょ?

マユマユみたいなビビりっちのオドオドめそめそキャラならともかく」

(ビビりのオドオドめそめそキャラ……)

「そんな凶器みたいに尖った子が大好きな彼ピの浮気を大人しく動画とか写真取っただけで見送るとは思えんのよねー」


そう言われれば確かにそうだと頷く。


その光景を受け入れられなくて暫く呆然としてしまうだろう

しかしその後、あの恐ろしい顔で浮気現場に突撃し容赦なく殴り掛かる未来しか見えない……勿論女子の方を。


(あれ………?)


そこで万由は一番大切なことに気が付く。


「そういえば、釜野先輩は何で否定しなかったの……?」


万由がいくら言ってもきっと亜理紗は聞く耳を持たないだろう。

実際此方が弁解する前に叩かれた訳だ。

しかし大好きな彼氏である環の言葉なら素直に聞いたかもしれない。

環が一言否定すれば全部丸く収まったのではないのだろうか。

それなのに環は否定しなかった。


「もしかして釜野先輩が……?」

「その線なしよりのなし」

「な、なんで?」

「だって意味わかんないじゃんソレ

(浮気)を自分から公言する犯罪者(人間)とか居ないっしょ」

「なら、なんで……」

「考えられるパターンは2つじゃね」


そう幸子は指を立てる。


「一つ、テンパっちゃった、もしくは浮気相手を守りたくてマユマユのせいにした」

「……っ」

「二つ、カマのんは”誰か”に指示されて否定することが”できなかった”」

「!?」


万由は目を見開く。


「誰か…?」

「それは知んないし、あくまで推測だし

普通にカマのんガチクズ説もゼロじゃないからこればっかりは本人に聞くしかないって」

「聞くって………どうやって」

「カマのんは一個上って事は今、大学生か就職かしてるっしょ?何か聞いてない?」

「…………そういえば釜野先輩、五月雨大学の推薦うけるって」


その言葉を聞くや否や幸子はスマホで位置を検索する。


「五月雨大学こっから近いじゃん、バスで一本!出待ちしよ!」

「え、え?でも迷惑じゃ」

「迷惑被ってるのはマユマユ!さぁ!真相解明に向けてカマのんを絞めに、じゃなかった話を聞きに行こー!」


そう張り切る幸子


と、そこで万由のスマホが鳴る。

スマホを開くと通知が一件。


相手は…………亜理紗だ。


恐る恐るトーク画面を開くとそこには万由のあられもない姿。

更衣室での写真だ。


その写真を見て、私は固まる。

しかしスマホを握る手や足は無意識のうちにガクガクと震える。


そして続いてくるメッセージ。


【この写真ばら撒かれたくなかったら今すぐ学校こい】


そのメッセージを見た瞬間、恐怖が体を駆け巡る。


(写真、ばら撒かれる……どうしよう、行かなきゃ、早く、早く)


ライムのトークには既読の文字が付いてしまっているだろうから、ここで早くいかなければ万由の写真は亜理紗の手によりインターネットの海に放り投げられてしまうだろう。

そうなれば、母にも迷惑が掛かる、それに自身の裸が沢山の人間の目に触れて、そして……。


「どーしたんマユマユ」


そう万由の異変に気付いた幸子は万由のスマホを覗き込んで「うわ」と顔を歪める。

そしてスッと万由の手からスマホを抜き取った。


「あ!」

「んーっと」


反社的に取り返そうと万由は手を伸ばすが、幸子はその手をサラリと躱し、スマホに何かを打ち込むと万由にスマホを返す。

万由は慌ててスマホのトーク画面に目を落として、固まる。


【別に流出させるならご自由に、でもそれをすれば貴方は完全な犯罪者です

さらに貴方は態々私にこんなメッセージを送って証拠を残してくれた、ありがとうございます。

その写真を流出したらどうなるか、分からない程頭が悪いわけではないでしょう?

とはいえ”来なければ画像を流す”というのは既に脅迫罪に当たりますけどね

因みに脅迫罪を行った場合 法定刑は、2年以下の懲役または30万円以下の罰金らしいですよ】


そんな文字が並べられていた。

そして右上には【貴方は相手をブロックしています】という文字。

バッと幸子を見れば彼女は「これで大丈夫だと思うよ」と言う。


「証拠残すあたり間抜けではあるけど

流石に自分の人生棒に投げる程馬鹿ではないでしょ

さ!バスももうすぐ来るらしいし早く行こう!」


そう幸子は明るく言う

そんな彼女を見て万由の脳内は疑問で溢れる。


何故この子はこんなにも優しくしてくれるのだろうか、と。


その疑問は、無意識のうちに口から零れていたらしい。

幸子はキョトンとした顔をした後、万由と目を合わせ、屈託なく笑う。


「んなの、ダチだからに決まってんじゃん!それ以外に理由なんているの?」

「っ、でも……でも今日会ったばかりで」

「一緒にいた期間とか関係ないっしょ」

「本当は彼氏を寝取る様な、最低な子かもしれないよ………?」

「ふっ、侮って貰っちゃ困るね!アタシの目に狂いはない!」


そういうと幸子は万由の手を掴んで歩き出した。






・・・・・・・






「はぁ!?!」


授業で静かな教室に亜理紗の声が響く。

他の生徒たちは驚いたように亜理紗を見るが、亜理紗はそんなこと気にする様子もなく、スマホに齧りつく。


「な、なんなの此奴!」


そう言って亜理紗はスマホを机に叩き付ける。


「あのクソ女…!このアタシを脅すなんてっ」


最初の方こそ、オドオドしながらも、反抗的な態度を見せていた万由だが

証拠の動画を見せ、三年生で同じクラスになり、ストレス発散のはけ口として使い続けて居たら段々大人しくなり、都合のいいお人形のようになっていたと言うのに

急に牙をむいてきた万由に亜理紗は動揺を隠せずにいた。


其れと同時に、今まで万由より優位に立っていると、万由は絶対に逆らわないと思っていた亜理紗だが

それは間違いだと気が付き、顔を青くする。


亜理紗の目が、勝手に脅迫罪を行った場合の刑罰の文字を読み、頭が真っ白になり

急いで自身のトークを消す。

しかし、そうしかし、スマホにはスクリーンショットという機能がある。

トーク内容を撮られていたら、それをばら撒かれたら。


「っ!」


亜理紗の人生に犯罪者という傷がつく。


画像を流せば亜理紗の罪はさらに重くなる。

流さなくても、向こうには亜理紗の人生に傷をつけることができるだけの証拠がある。


「軽い気持ちだった」とか「本当はそんなことする気はなかった」という言い訳の言葉が浮かぶが

そんな言い訳が通用しないことくらい分っている。


亜理紗の背筋に冷たい汗が流れる。


「ちょっと、亜理紗大丈夫?」


そう未来たちが心配げに見てくるが亜理紗はそれどころじゃ無かった。

心臓が嫌な音を立ててなる。


直ぐに謝罪の文を送るが既読はいつまでたっても付かない。

それは酷く亜理紗の不安を煽った。


「やだ……やだやだ」

「え、渡辺さん?!」






その後、一人の女子生徒が倒れ、保健室に運ばれたと言う話が3年生の間で出回った。










・・・・・・・・









「ここが……」


万由と幸子は五月雨大学に来ていた。

現在は昼時

万由はバス内にて、ライムで繋がっている環に【話したいことがあります】とメッセージを送っていた。

大学につく頃には既読がついており、また【門の前で待ってる】という返信が


二人はバスを降りると大学に向かう。

そうして、門の前にはパーカーにデニムのズボンをはいた青年


「釜野先輩!」


そう万由が声をかければ、環も気づいたらしくこちらに近寄ってくる、そして


「ごめん」


そう、いの一番に環は頭を下げた。

それに万由は目を見開いて驚く。

そんな万由に気づいていないらしい環は頭を下げたまま言葉を繋げる。


「俺のこと恨んでるんだよな

本当にごめん、俺は自分の身可愛さで皇ちゃんを売った…」


その言葉に万由の息がつまる。


「これは臭いますねぇ、マユマユ話し聞いてみれば?」

「っ、うん…釜野先輩、その話……詳しく聞かせてもらえませんか?」

「……あぁ」


そう環は頷くと場所を変え大学近くの公園に移動する。

ベンチに腰掛けると、環はポツポツと話し出す。


「俺は、中学校時代によくないことをしてしまっていたんだ」

「よくないこと……?」

「…その話は、出来ない……ごめん」

「あ、いえ……」

「高校に上がって、皇ちゃんと出会って……そんなある日、俺のライムに連絡が来たんだ……俺、親が厳しくてライムとか勉強のアプリは使えたんだけど、ツミッターみたいなSNSは使わせてもらえなくて

中3になって許可が降りたんだけど

俺のツミッター知ってるの亜理砂くらいしか居なかったからダイレクトメッセージが来たときは、亜理砂だと思ったんだよ


でも、ツミッターの相手、全然知らない奴からでさ

トーク画面には俺がよくないことをしている写真が貼り付けられていて、手伝いをして欲しいって」

「その手伝いって…」

「こんなことになるなんて、俺も思ってなかったんだ…」


そう環は頭を抱える。


「ホテル街でとある女子に会って欲しいって

その女子の言った通りに動いてくれれば何もしないって」

「それで、その……ホテルに?」

「ああ……あ!別に疚しいことはしてないよ!?

いや、今更言っても信用ないだろうけど、!」

「大丈夫です、先輩が浮気なんてするとは思えませんし」


「そ、そっか……。

まぁ、それでホテルには入ったけどそのまますぐに出たんだ。

そしてその日はお開き。

次の日学校にいけばあんなことになってた。

言い訳にはなるけど、直ぐに訂正しようと思ったんだ。

でも、あの時間にあの写真、君の事を嵌める気なんだって気づいた。

待ち合わせに現れた子も、異様なほど周りを気にしてたし…。


俺にメッセージをよこした奴が誰なのかはわからない

けど、まだそいつが写真を持っていたらと思うと怖くて

皇ちゃんに押し付けてしまったんだ……」


そう環は再び深く頭を下げ謝罪を口にする。

一気に判明した事実を前には理解がまともに追い付かなくて思わず万由は呆然としてしまう。

と、環は腕に嵌めた時計をして「あ」と声を漏らす


「ごめん……そろそろ戻らないと」

「あ、はい、わかりました……その、いきなり押し掛けてすみません」

「いや、俺のせいでもあるんだ

そんなこと気にする必要ないよ」


「本当にごめんね」と、最後にもう一度いうと環は大学へ戻っていく。


「なんか思ったよりヤバめな話が飛び出してきてアタシちょい混乱気味なんですけどー」

「私もだよ……」


幸子の二個目の推測が当たった。

となれば本当に万由を嵌める気で今回の事を起こした人物がいることとなる。

いったい誰が何故こんなことをするのか万由には分からない

それでも、ここまでわかった以上犯人をなんとか突き止めたいと、そう思う


(でも持ってる情報はあまり多いとは言えないし…どうすれば)

「ワタベンと仲良い子って誰がいるの?」


そうベンチに腰掛け幸子が聞いてくる。


「えっと、未来ちゃんと、綾瀬くん、鈴木くん、あと南さんかな…でもどうして?」

「アカウントが勝手に流出することなんてそうないよ

となれば誰かが人に教えちゃって流出したって考えるのが普通

カマのんの話がマジなら教えたのはワタベンってことになるワケ

でも、対して仲のよくない相手に友達とか彼氏のツミッターなんて教えないっしょ」

「ってことは……もしかしてこの四人のウチの誰かが……?」

「その説バリバリ濃厚」


そういわれて万由は顔をくらくする

その様子に幸子は首をかしげた。


「どしたん?」

「…その、みんな良い人たちだから、本当なら悲しいなって……」


そう顔を歪めながら万由はいう。


「未来ちゃんは中学の時美術部で会って……浮いてた私に声かけてくれた子なんです。

その後も仲良くしてくれて……。

綾瀬くんは荷物を運ぶのを手伝ってくれて

鈴木くんは喋りベタな私のペースに合わせて話してくれたり

南さんは私がいじめで怪我したとき、そっと絆創膏をくれたんです。

みんな……優しい人たちで」

「優しい人はいじめっ子とは絡まないと思うけどなぁ」

「っ、そ、れは…」

「傍観決め込む人間は多いよ、注意とかしてターゲット自分にされたらガン萎えだし、ガチピンチだもん。

でも、悪いことしてる人間に自分から積極的に関わりにいこうとはしないでしょ、フツーはさ」


幸子の言葉に、優しい彼らへのイメージに僅かにヒビが入る音がした。


「マユマユは人が良すぎるんだってー。

カマのんの事だって許しちゃうんでしょ?

脅されているとはいえ、悪いことをしていたんだからマジ自業自得じゃん

それにマユマユ巻き込んでマジないわーって感じ

アタシなら絶対許さないし」

「…………」


確かに、幸子の反応が正しいのだろう。

それでも、環と仲良くしていた時間は楽しかった。

その光景が脳裏をよぎり、万由は泣きたい気分になる

それをみて幸子は目を見開くと慌てて

「あ、でもマユマユが許したいって思うなら良いと思うよ?!

今のはなんていうの?コジンテキカイケンって奴だから!」と弁解するが、万由は静かに首を横に降る。


「ううん、ユッキーさんの言うことは間違ってない……。

きっとショックが重なりすぎてうまく飲み込めてないだけだから、気にしないでください」

「本当に大丈夫?無理してない……?

いやなら、この話しはまた明日に」

「大丈夫です」


そう、きっぱりと言い張る。

理由は分からない

分からないが、今日が終わってしまえば

もう二度と真相を知る日は来ない……そんな気がしたのだ。


「……そっか、わかった、一緒に犯人捕まえよう」

「うん…!」

「さて、と、情報を整理すると

マユマユが名前をあげた四人とは多少なりとも関わりがあるってことで良いんだよね?」

「うん……未来ちゃんは中学から

他の三人は高校で知り合って」

「ビンタ事件が勃発する前から?」

「うん、綾瀬くんと鈴木くんは一年生の時に同じクラスで

南さんは……同じ図書委員を二年の時にやってたから」

「なるほどなるほど」


そういうと幸子は立ち上がる


「マユマユ、カマのんにライムで聞いて欲しいことがあるんだけど」

「なに?」

「んとねー」






・・・・・・・







誰もいない教室

つい一、二時間前までこの教室には自分のクラスメートがいたのだが、下校してしまって今は一人だ。


何故ここにいるのか

それはライムで連絡が来たからである。

同じクラスの皇万由から。


一度も会話していないため、トーク画面はまっさらだったのだが

いきなり万由より【話したいことがあります、教室に残っていてください】という内容が。


それに対して首をかしげながらも教室で待っていると

ガラリと音をたてて教室の扉が開く。

そちらを見ると、そこには呼び出してきた本人である皇万由の姿。


「待っててくれて……ありがとうございます」


そう律儀に感謝の言葉をぶつけてくる。


「早く帰りたいんだけど」


そう万由を軽く睨みながらいうと

万由はスーっと息を吸い




「貴方が犯人ですよね…綾瀬くん」




そう、万由は真っ直ぐ彼……歩を見て言う。


「なんだよ、いきなり呼び出したと思えば……犯人?何のことだよ」

「渡辺さんに送りつけたあの動画ですよ

私に”似た”女の子と釜野先輩がホテルに入っていく、あの動画」

「はぁ?あの動画は亜理紗が自分で」

「撮って無いですよね?証拠はあるんですよ」

「証拠…?」

「はい、貴方と共犯……いや、貴方の言いなりとなっていた南さんからの証言と、そこに至るまでのトーク、写真………全て見せて貰いました」


そう万由は言う。

ここで初めて歩の顔が歪んだ。


その顔を見て、改めて万由は彼が本当にこの件の犯人なのだと実感する。







数時間前、幸子はバスの中で「犯人が分かった」と言い出した。


「えっ、本当ですか?」

「マジよりのマジ

まぁ、この話をする前にまず大前提としてこの件には犯人が二人いる……というか犯人には共犯がいるっぽいね」

「共犯……」

「そのマユマユが見たって言う動画を取った人物と、マユマユに似た格好をした女子の二人」

「そうですね…」

「で、その女の子って話聞く限り多分沙織(さおりん)だよー」

「え、南さんが!?」


幸子は頷く


「まずサオリンってマユマユと体格近いんでしょ?」

「ちょっと私の方が高いけど……まぁ」

「それに動画の方が衝撃ヤバヤバすぎて霞みがちだけど

図書室での盗撮写真の事も残ってんじゃん」


幸子に言われて思い出す。

そういえば図書室の写真もあったのだと。


と、ここで万由は見せつけられた写真の内容を思い出す「あっ」と声を上げる。


「そうだ……そうだよ…!

あの写真、図書室”内”から取られてたんだ……!」


取られた写真は3枚


図書室で会話している写真

本棚の前で本についての感想を話し合っている時の写真

本棚の死角を利用し、キスでもしているかのように取られた写真


最初の写真は図書室の外から取られていた。

しかし残りの二枚はどちらも室内からしか取れない。

本棚が邪魔で外からじゃ中が見えないのだ。


それに、ただでさえ図書室に来る人間は少ないのだ。

まず図書室に入ってきた時点で気づく。

あんな写真を怪しまれずに取れる人間は

それこそ”図書委員”をやっている人くらいしか、居ないだろう。


それに幸子の言う通り、万由と沙織は体格が近い。

髪は長さが違うものの、ウィッグでも被れば誤魔化せるだろう。


「てことは……南さんは」

「間違いなく犯人、もしくは共犯者しかないでしょ」

「どっちなんだろう……」

「それを今から聞きに行くの」


そう幸子は言いながら、万由のスマホの画面をコンコンと軽くノックする。


万由はクラスライムに参加している。

いや、参加させられている。

万由をパシリとして使うために。


今までは何度退会したいと思った事か。

しかし退会したら翌日何をされるのか分からなくて、それが怖くてできなかった。

だが今はクラスライムに入っていてよかったと、少しだけ思う。


沙織のライムにトークを投げる。

返信は直ぐに帰って来る。

そうして万由は沙織と会って話す事となった。





結論を言うと、沙織は共犯者であった。


「っ、ご、ごめん…なさ、い………!」


少し詰めるだけで彼女はボロボロと涙腺を崩壊させ泣き出したのだ。

何度も謝りながら、彼女は事の詳細を話した。



曰く沙織は援助交際を行っていたらしいが、その場面を取られてしまったとの事。

そして環どうよう脅され「手伝いをしたなら見なかったことにするし、写真も消す」と持ち掛けられた。

周りから白い目で見られることを恐れた沙織はその交渉を受け、共犯者となった。

まさかここまでことが大きくなるとは思っていなかったらしく、万由にこの事を話そうとしていたらしいが、それをして相手を怒らせ写真がばら撒かれたらと思うと、言い出せなかったらしい。


流れは環とほぼ一緒だ。

ただ一つ違う点と言えば、沙織は”直接会って”脅されたということだ。

そして犯人の名前を叫んだ。


「私を脅した人は…………歩くん…です」と。







「南さんに貴方が送った命令のトークも全部見せて貰いました、言い逃れは出来ません」

「…………」


万由の言葉を聞いて、歩は顔を顰めたが、直ぐに鼻で笑う。


「沙織が本当のことを言っている証拠はあんのかよ

それにライムのトーク?あんなのただのネタだネタ、友達少ないお前には分かんないかも知れないけどな、あれくらい普通なんだよ。俺はアイツを脅してなんかねぇ」


そう歩は吐き捨てる。

万由の脳裏に、最後にあった沙織の姿が思い起こされる。

肩を震わせ、顔を真っ青にして涙を流す彼女の姿が。

無意識に拳を握り締めながらも、必死に冷静を取り繕う


「釜野先輩を脅したのも貴方ですよね?」

「脅してねぇよ」

「…………釜野先輩のツミッター、知っているの渡辺さんくらいだったらしいんです。

渡辺さんと仲がいい貴方なら、釜野先輩のツミッター聞くくらいは出来たんじゃないですか?」

「それはお前の想像だろ」

「そうですね…。

釜野先輩、ツミッターの人物に脅されたらしいんですよ。

前に起こしたトラブルをネタに、いったい誰がそんな事したんでしょうね、私は貴方が脅した犯人だと思いますけど」

「証拠もないのに人を疑うなんて最低だなお前、んなもんどうとでもなるだろ」

「例えば?」

「偶々ソイツのツミッターみつけた奴が脅したかも知れねぇだろ」

「見つけた人、貴方じゃないんですか?それで貴方が先輩を」

「しつけぇなァ!!

俺じゃねぇって言ってんだろうが!あいつと同中のやつがやった可能性だってあんじゃねぇか!!話聞けや!!!」


そう苛立ちのままに叫ぶ歩

そして万由は………彼の言葉を聞いてほくそ笑む。


「矢張り貴方ですね」

「っ、だから」

「貴方、どうして同中の人がやったかもしれない…なんていったんですか?」

「………は?」


万由の言葉を前に、歩は思わずポカンとした顔を浮かべる。


「私は一度も”中学”という言葉を口にしていないんですよ。

ならどうして貴方は中学なんていう単語が出て来たんですか?」

「そ…れは」

「釜野先輩にライムで聞いたんです、何所の中学に行っていたんですかって、そうしたら柊中学だって言ってました。

そしてさっき南さんから聞きました、綾瀬君、貴方も柊中学出身なんだと。

貴方は釜野先輩が中学生の時に起こしたトラブルを知っていた。

だから思わず”同中のやつが”という単語が出て来たんですよね?」


その言葉に歩はグッと押し黙る。


「どうして……どうしてあんなことをしたんですか?」


そう万由はずっと抱いていた疑問を投げかける。


犯人は歩だった、しかし何故自分を嵌めたのかが分からない。

虐めにも特に関与してこない彼が、優しいと思っていた彼が、どうしてこんなことをしたのか

それが分からなかった。


「お前が……」

「?」

「お前が昔俺を振ったからだよ」


そう歩は顔を顰め乍らそういう。


「どうせお前は俺のことなんて覚えてねぇだろうけどな。

未だにあの事を忘れたことはねぇよ。

俺とお前は同じ小学校に通ってた」

「え?」

「でも俺は小6になるタイミングで転校することが決まってた。

だから、最後の春に……お前に告った」


万由の脳裏に一つの光景がよみがえる。

小学生時代の万由は相変わらず本を読んでいて、それでも人とある程度のコミュニケーションを取れるようにはなっていたと思う

そんな時、万由に男子の友人が出来た。

そしてそんな彼に桜の木の下で…………告白され、私は


「お前に振られた」


そう歩は俯いて言う。


「お前が俺を振った理由は俺が転校するからだ。

転校するっていう理由でお前は俺の告白を袖にした」

「………」

「俺はお前と別れる時に行った

今は諦めるけど、大きく成ったら迎えに行くからその時は付き合ってほしいって、お前はそれに了承した。

高校生になってこっちに戻って来て、お前見て直ぐに皇万由だって気付いた

なのにお前は、一ミリも俺の事を覚えてねぇ…!」

「だから……こんな事したの?そんな事で?」

「そんな事?………そんな事ってなんだよ!大事な事だろーが!!

なぁ、なんであの時俺に希望を持たせるようなことを言った?なんであんなこと言ったんだよ?なぁ!」


そう目を暗くさせ歩がフラフラと近寄って来る。

その表情に万由は恐怖を覚える。

正直、今の万由には分からないが、昔の自分の性格からして、それは父親に向かって

”私お父さんのお嫁さんになる!”と同じノリだったんだと思う。

それにその話はもう五年以上前だ。

今更そんな話を蒸し返されても、困るだけだ、それに


「貴方には未来ちゃんがいるじゃないですか…」


そう彼は今彼女持ちだ。

なら、万由への気持ちはもうないはず……なのに、どうして


「未来?ああ、別に俺はアイツと付き合ってねぇよ」

「……え?」

「アイツが勝手に付き合ってるって思いこんでるだけ。

俺はアイツの告白に返事した覚えはねぇ

俺はアイツのことなんざ好きじゃねぇからな、寧ろうんざりしてんだ、キャーキャーうるせぇしよ」


そう歩は言い放つと、一歩、また一歩と万由に近寄る。


こんな状況は予想外だった。


しかし



「やっば、マジのヤバヤバ男到来じゃん、彼女ちゃんかわいソー」

「…………うそ」



幸子にとっては、予想の藩中だった。


聞き覚えのある二つの声に振り向けばそこには幸子と未来が扉の前で立っていた。

幸子はいつもの様子で、未来は呆然としながら歩を見ていた。


「は?なんで未来お前……」

「っ、付き合ってないって……どういうこと!?」


歩の声に我に返ったのか、未来は歩の元へ大股で近寄ると掴みかかる。


「私の事騙しての!?」

「騙してねぇよ!勝手に勘違いしたのはお前だろ?!」

「何それ!!ふざけんな……ふざけんな!!!」


そうして唐突に起こった二人の喧嘩に万由は目を白糞させていると、そんな彼女に幸子が近寄って来る。


「いやぁ、泥沼展開きたこれって感じだよねー」


そう言って幸子はケラケラ笑う。


「さ、いつまでもここに居るのもあれだし、爆弾だけさっさと置いて行こうか!」


そう幸子は笑って万由のポケットを指さす。

そこから出て来たのは、動画撮影機能がオンになったままのスマホ。

万由は幸子に言われ、今までの会話を録音していたのだ。


そしてそれを万由は……クラスライムに投下すると同時にクラスライムを退会した。

ピロンと直後、歩と未来の携帯からライムの着信音が鳴ったが、口喧嘩をする二人の耳には届かなかったらしい。


そのまま、喧嘩をヒートアップさせていく二人を残して、万由と幸子はその場を立ち去った。






・・・・・・・






二人は帰ることなく、今朝であった桜の木の下に座っていた。

ボンヤリと二人は桜の根元に腰かけ、オレンジ色に輝く夕日を見つめる。


万由にとっての今日という日は、いつもと何ら変わらない一日の筈なのに、なぜだかすごく長い一日だったように感じられた。

それはきっと隣に座る幸子のおかげだろう。


「多分これで明日からはいじめはなくなると思うよ」

「本当に、本当にありがとう」

「いいってば、アタシ等親友っしょ?」


ダチから早くも親友に昇格したことに一瞬万由は驚いたが、それでも彼女が自分を”親友”だと言ってくれたことが嬉しくて、何度も頷く。

万由の様子にケラケラと幸子は笑い、根元に置いてあった白い紙を手に取る。


「てことで、これも不要でーす」


その紙は、平たく言えば万由の遺書であった。

自殺する際に置いておいたものがあったのだ。

それを幸子は取ると、そのまま真っ二つに引き裂く、そして彼女はゆっくりと木の枝に目をやる。


「あれももういらないよね?」


そういう彼女の目の先にはボロボロになっている縄であった。


彼女は鞄から鋏を取り出すと、縄を切るために刃を宛がう。

縄は太いが、使い古されているからか、ドンドンと縄が切れて行くのが遠目からでも分かった。


「この縄ってマユマユの自前?」

「ううん、それ、この学校の七不思議のひとつなんです」

「七不思議?」


縄を切る手を止めて彼女は万由の言葉に首を傾げる。


「はい、この学校ではかなり有名で

この桜の木の下で昔自殺した子がいたらしいんですよ

その時にその子が使った縄がそれなんです」

「…ふーん」

「だから切ったら呪われるって言われてて」


そう万由が言った瞬間、チョキンッという金属の音が響くと同時に、縄が力なく地面に落ちる。


「ばっかばかしー」


そして地面に落ちた縄を見て幸子はそう吐き捨てる。


「そんな不謹慎なものさっさと取り除くに限るよ。

だってほら、どうせ呪いなんてないんだもん

そんな訳の分かんない噂流れるくらいなら、縁結びの方がよっぽどロマンチックでいいでしょ」

(いや、多分そういうことではないと思うけど……)


万由はそう突っ込みたかったが、言葉は出てこなかった。

夕日に照らされた幸子が、あまりにも儚い笑みを浮かべるものだから。


「さっ、もう遅いしそろそろ帰ろっか!」


そう先程の笑みなど幻覚だとでも言いたげなほど明るく人懐っこい笑みを浮かべる幸子。

幸子は地面に置かれた鞄を拾い上げると私の手を引いて歩き出した。




道中、私達は色んな事を話した。

今日の事、趣味の話、最近楽しかったこと、苦手なモノ。


沢山沢山、話した。




「バイバイ、マユマユ!」





そして分かれ道。

万由は右で、幸子は左。


幸子が元気いっぱいこちらに手を振る。


万由はそんな彼女の姿を見て、小さく笑みをこぼし手を振り返す。



「またね、サッチー」






それは、桜が散りだした春の終わりのことだった。









・・・・・・・・









「懐かしいなぁ」


大きな桜の木の下、一人の女は木を見上げてそう呟く。

その日は、高校の懇談であった。

一人息子を持つ女は、懇談の為、己の母校に足を運び、そして思い出を掘り起こすようにその木の元へ足を運んだ。


石川万由。

かつてこの木で自殺を図ろうとした少女であった。


あれから早十数年。

色々あったと彼女は懐かしむ。




彼女を助けてくれた桜の似合う少女はあの日を境に居なくなってしまった。

転校生だと聞いたので、先生に聞いたが、転校生などいないと言われてしまった。

もしかしたら他校の子だったのかもしれない

そう思い、またこの桜の木の下に来れば会えるんじゃないか


そんな淡い期待を込めて毎日足を運んだが、今日、この日まで彼女に会えたことは一度たりともない。

記憶も年々薄れだし、彼女の名前も顔も声も、もう覚えていない。


それでも、桜を見れば彼女との、あの一日を鮮明に思い出す。


「サッチー」


彼女の本名はもう思い出せない

それでも、この渾名だけは、するりと口から零れる。



きっと彼女に会うことはこの先も出来ないだろう。

それでもいいのだ。


彼女と出会った、この桜の木が

今も昔も、万由と幸子を繋ぐ確かな”証”なのだから。

彼女は一体何だったのか……。



噂の自殺した生徒の霊?


それとも他校の生徒が入り込んだ?


もしくは苛めで精神が安定しなかった彼女の防衛本能により見せた幻覚?







その答えは、誰にもわかりはしない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いじめが題材と知ってちょっとう〜んって思ったのですが、救いのあるお話でした。 二人のやり取りはいいなぁと思えました。
[良い点] 面白かったです。 不法侵入に1票
[良い点] 桜の木って嫌な話があるけど 私はやっぱり縁起の良いものだと考えてます 特に理屈は無いんですけどね、パァって咲いて綺麗じゃないですか ああー敬語面倒なので、普段通りにするね まぁあっという間…
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