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外伝9話 天都の朝霧

ライヤとジュリアンの回です

 帝歴12年 

 未明 天都 工房 剣姫寮

 この季節、黄河に発生した霧を伊洛河を流れて来た雪解け水の冷たい空気が押し上げ、天都は霧に覆われることがある。

 と言っても朝日が差し込むといつの間にか消えてしまう儚いものだ。

 ライヤは寮の3階からその様子を眺めていた。


 この寮もメンバーがパリに移ったので普段は当番の剣姫が居るだけだが、昨日、私が帝城から呼び出されたのでここに泊った。

 剣姫がいるのは治安の維持のためで、剣姫がパリに去った当初、治安が乱れた為、帝国に駐在を頼まれている。

 剣姫が一日2回市街を礼服でパトロールするだけで、治安がすごく良くなるのだそうだ。


 私が食堂に降りるとジュリアンちゃんがいた。ジュリアンちゃんと言うのは失礼かな。

 彼女と初めて会ったときは幼さの残る14歳だったが、もう女性の顔をしている。

 とは言っても他から見れば、二人とも不老だから同じくらいに見えるのだろう。

「おはよう、ジュリアンさんが当番なの?」

「おはようございます。そうなんですよ。今週いっぱいこっちに居ます」

「私は今日までかな。頑張ってね」

「ええ、寂しいなあ。もっと居てくれませんか?」

「無理無理」

 私はにっこりと否定した。


 朝食後、分かれて私は兄に会いに行く。

 兄はこの工房の責任者をしている。

 この工房は最初は生産中心だったが、各地に工場が出来てその需要が低くなったため、現在は工業大学を兼任している面がある。

 この工房には世界中から来る学生と工員、合わせて三千人以上がいる。

 その総責任者と言う訳だ。


「ライヤ、どうだった」

 兄は会うなり、昨日の交渉の内容を聞いて来た。

「可愛い妹に久しぶりに会ったんだから、もうちょっと言い方があるんじゃない?」

 ちょっと拗ねてみるが兄は知らん顔だ。

「忙しいんだから頼むよ」

 私は昨日の帝城での交渉内容を話した。

「と言うことでこちらの要求は、ほぼ認められたけど、兄さんはどう思ってる?」

「うん、お前に任せて正解だ。望み通りだよ」


「そう言えば、今日は給料日だから早く帰る。お前も一緒に来るか?」

 兄は40近い、結婚してすでに二人の子持ちだ。その家庭に招待してくれるらしい。

「ええ良いの?奥さんに怒られない?」

「まあ、お前なら大丈夫だろう」

 そう言って兄はそそくさと他の仕事に行ってしまった。


 私は忍猫村の人達に挨拶すると昼食を済ませ、帝城の工房出張事務所に出向く。

 転移をすると警護の人に怒られるのでスクーターで行く。

 ここには忍猫村出身の事務員が2人常駐している。

 事務所に向かう廊下を歩いていると、とんでもない人に呼び止められる。


「ライヤ殿ではないか。何処に行くのだ?」

 天子だ。天帝の子供で、当然恭平様の子供だ。

 11歳になってたかな。

「これは天子様。ご機嫌麗しゅうございますね。工房の事務所に顔を出しに行く所です」


「父上は来ておらぬのか?」

 恭平様は子供にはあまり合わないようにしている。子供に対して公平にしようとすればこれしかないのだ。

 今でさえ、数十人の子供がいる。公平に扱えるわけがない。

「いえ、恭平様は来ていません」

 恭平様は優しい、従者や後宮の女に求められれば子供を産ませる。

 その結果、子供には会えなくなる。変な期待を持たせないためにだ。女にも子供にもだ。

 私にも二人の子供がいるが、恭平様と会ったのは生まれた時ぐらいだ。


「左様か。一度くらい会いたいのだが」

 天子様は寂しそうな顔をする。

「その言葉、二度と発してはならぬ」

 天帝様だ。十三年前、恭平様の従者となるとともに恭平様を帝配とした。

「済まぬなライヤ殿、忘れてくれ」

「いえ、お気になさらずに」


 その後、世間話をして別れた。

 さあ、事務所の子たちと差し入れ食べながら駄弁ろう。


 ・・・・・・


 ジュリアンは、午前のパトロールをして昼食を終え、帝城に来ていた。

 近衛隊の副隊長になった兄を訪ねたのだ。


「おうジュリアン、久しぶりだな」

 兄も三十台半ば、年相応に渋くなってる。

「兄上もオジさんになりました」

「まあ、仕方あるまい。お前の様に年を取らないわけでは無い」

「改めて、副隊長就任おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

 余程嬉しいらしく、頬が緩んでいる。


 兄も数年前に結婚して子供もいる。もう竜王国に帰るつもりはないらしい。

「この間、父上と母上がこちらに来てな、喜んでもらえたよ」

「左様ですか。それは良かった」

「そう言えば、お前が昔、竜王都と天都を日帰りできるようになるって、言ったらしいな」

「はい、従者になるときに、あまりに心配するので言いました」

「えらく、感心していたぞ。言われた時には信じられなかったって」

「うふふふ、やはり飛行機に乗って来たのですね」

 私が子供を産みに帰った時に、帰りは飛行機で帰ると言ったら、父上は顔を青くして大丈夫かって随分心配してましたのに。


「ところで西安周辺を荒らしていた強盗団が、天都に来ているらしい」

 兄上は急に真面目な顔をした。

「何を狙っているのですか?」

 サイゾウさんからは何も聞いてない。

「それが分からない」


「ちょっとサイゾウさんに確認してみるわ」

 サイゾウさんは、まだ確実ではないけど可能性が高いと言っている。

 今、要員の交代が有ったりして、深く探索出来ないそうだ。


 その時、面会室のドアを叩く者がいた。

「どうぞ」

 兄がドアに向かって返事をする。

「こんにちわあ」

「ライヤさん、どうしたんですか?」


 ライヤさんが入って来た。

「ごめんなさいね、兄妹水入らずの所に。カクタスさんにお祝い言うの忘れてたんで」

「それだけ?」

 怪しい、ライヤさんがそれだけの為に来るなんて。

「副隊長就任おめでとうございます。実は兄が家に招待してくれたので、時間つぶしに来ました」

「ありがとう」

「やっぱり、何かあると思ったのよね。でもあの仕事ばかりのお兄さんが良く招待してくれましたね?」

「今日は給料日なので早く帰るんだそうです」

「・・・それだわ!!」


「えっ何が」

「そう言うことか。工房の給料なら大きな現金が動く」

「ライヤさん、お給料の運送ルートと時間を確認できませんか?」

「な、何なんですか?どうしたんですか?」


 ライヤさんに強盗団の事を教え、給料の事を調べて貰う。

 ちょうど出張事務所の事務員が、銀行で給料の袋入れに駆り出されていたので、念話で連絡が取れ、早く知ることが出来た。

 ライヤさんは事務員たちと駄弁るつもりで、事務所に言ったら事務員が居らず、時間つぶしにこちらに来たのだ。


 給料はゴーレム車に乗せ、前後に護衛車が付く、15時に出発する様だ。

 今、14時を過ぎているのであまり余裕はない。

 ライヤさんがルートの偵察に行ってくれた。重力制御で空中に浮いて空間転移で移動しながら眼下を偵察するのだ。


 カクタス兄さんは近衛兵を集め、逮捕の準備をしている。

 兄さんに剣姫の応援を求めるかを聞いたら、自分たちでやるべきだって言ったわ。確かにいつまでも恭平様に頼っているのも問題よね。でも私は天都の治安を守る為に来てるんだから参加しても良いよね。

 輸送車も護衛車も運送会社の制服を着た近衛兵に代わっている。私は護衛車に乗り込むことにした。


 ライヤさんから連絡が来た。勇犬村の近くで幹道の付近に50人ぐらいの集団がいるそうだ。

 道からは隠れて見えないようにしているようだ。悪い予感が当たった。

 ライヤさんは賊から見えない位置から見張っている。

 近衛は先行する20人が出発した。一度、その地点を過ぎて、輸送車が来る時間に合わせて戻ってくる。

 恐らく輸送車の真後ろに賊の車が付くだろうから、後から行く近衛兵は1km位離れて追うことにしている。


 輸送車が前後に護衛車を従えて出発した。

 護衛者のすぐ後ろに怪しい車が付く。待ち伏せする賊に連絡を取っているものと思われる。


 賊はトラックを2台、道の脇に隠しており、道を塞いだり、護衛車を排除するために使われるのだろう。

 情報もばっちり仕入れてる。まずは自分たちが有利になるようにしなくちゃ、恭平様に怒られちゃうからね。

 いよいよ、賊たちが待ち伏せしている場所に来た。


 前側のトラックは護衛車じゃなく輸送車に体当たりを仕掛けて来た。

 出てくるのは解っていたから急停止した。ぶつからずに済んだけど、道は塞がれた。

 私達の乗った後ろの護衛車にもトラックの体当たりがあった。ぶつからずに止まれたけど、輸送車とは分断された。


「兄上、分断されました」

「慌てるな、トラックの後ろから回り込むぞ」

「はい」

 私達は道を塞いでいるトラックの後ろから輸送車に回り込もうとした。

 しかし、十数人の賊がこちらに襲い掛かって来た。


 私は味方の一番前に出ると気功の刃を最大に伸ばして横に薙ぐ。

「兄上、先に行って下さい」

「解った、任せるぞ」

 体を上下に分断された敵の脇を兄上たちが、輸送車に向けて駆けていく。

 私は兄上たちを追わせないように賊の進路に立ちふさがる。

「結界」

 賊がひるんだすきに結界を張り、こちらにすぐには攻めてこれないようにした。


 兄たち3人のうち一人は弓使いで、輸送車の影から反対側から出て来た賊に弓を放っている。

 敵に飛び道具は無さそうだ。恐らく相手が少人数と見て数で押そうとしている。

 前の護衛車の人数も兄たちに加わったので、私は数を減らすのに賊の多くいる場所に突っ込む。

 気功の刃は乱戦では味方を傷つけるので使えないが、敵だらけの状況ではほぼ無敵の技だ。


 ここまでおよそ30秒、前と後ろから増援が来るまで、多く見積もって3分と言ったところだ。

 もう少し数を減らして、後で見ている首魁たちを捕まえないと。

 結界を張った方の敵が横を回って輸送車に近付いてくる。

 此方の敵が及び腰になって時間が掛かるので、結界側の敵に後ろから斬り付ける。


 そこに前から先行した20人が増援に来た。

 輸送車の方は近衛に任せて大丈夫だろう。私は首魁を倒すことにする。

 ライヤさんに案内を頼む。

 ライヤさんは再び上空に上がり、敵に案内してくれる。


 首魁は少し離れた所のゴーレム車の中にいるようだ。

 私がそこに近付くと一人の男が立ちふさがる。

「ほう、剣姫か。面白い、一度手合わせしたかったぜ」

 私の今の格好は剣姫の防刃仕様の戦闘用スーツだ。ちなみにパーソナルカラーは黄緑だ。

「どけ、お前に用は無い」

 私はそいつの後ろの車に乗ってる奴に用がある。


 そいつは抜刀して斬りかかってくる。

 気功の刃で迎撃する。ギーンという金属音で気功の刃が跳ね返される。

 そいつも気功を使っているということだ。

「ふん、気功剣がお前達だけのものと思うなよ」

 まあ、兄上も気功剣は使えるから驚きはしないけど、やっかいね。

 何度か切り結ぶが隙が見えない。


 こうなると合わせ技で無理やり隙を作るしかないか。

 一旦距離を取って突っ込む。小手から面に行って、横に回って胴から小手。

 小手を斬られてそいつが剣を落とす。柄頭で鳩尾を強打し、倒す。

 後のゴーレム車が急発進する。

「しまった。逃げられた」

『大丈夫よお』

 ライヤさんがそう言うと首魁のゴーレム車の前に近衛の増援車がとうせんぼする。


 給料は先行の近衛が運んだので問題は出てない。

 強盗団は全員が死亡または逮捕された。近衛もけが人は居たが死人は出なかった。

 兄上は駆け付けた警らから苦情を受けていた。まあ、本来は警らの仕事だから仕方ないよね。


 次の日の朝、私は寮の3階に上がって天都の方を見た。

 天都は朝霧に沈んでいた。昨日の騒動を隠すように。


次回は天帝の予定です。

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