外伝6話 望郷のドーテ
ドーテの回です。
転移456日目
朝 信帝国 寮 居間
私を母親が尋ねて来た。
「あんた、もうすぐヨーロッパに行くんだってね」
「うん、拠点を移すことになるから、なかなか会えなくなるね」
「孫はまだかい?」
「ヨーロッパが平定されてからだから2年くらいかかるかな」
「早くしなよ」
「もう、母さんもまだ若いんだから再婚したら。そしたら寂しくないよ」
「考えとくよ」
母さんも結婚して1年で去って行ったお父さんが忘れられないのかな。私は欠片も覚えてないけど。
昼食後 寮 居間
「ジュレイさん、私 台湾へ行って来るよ」
「ドーテちゃんいきなりだねえ。何か用事があるの?」
「ヨーロッパへ行く前に原点を確認しておきたいの」
「真面目だねえ。行ってらっしゃい」
「夕方には帰るから。行ってきます」
昼過ぎ 勇犬族の里
お爺さん達を迎えに行ってから半年が過ぎてるが、そんなには荒れ果ててはいなかった。
流石に畑は雑草が隙間もなく生えているが、通路は長年踏み固めてあるので、背の低い雑草が所々にあるくらいだ。
私は恭平様をここの婿に迎えようとしていた。あまりの恥ずかしさに顔が赤くなる。
世界に羽ばたく人をこんな田舎で、朽ち果てさそうとしたんだ。
おっと、そこは私の原点じゃない。私の原点は、この里の人を守って幸せにすること。
もう、里の人だけじゃ収まらずに、この世界に生きる善良な人まで広がったけどね。
私の家に向かい歩き出す。幼いころから通りなれた道だ。
うん、家の前の草が踏まれている。
私は収納から剣を出した。犯罪者が隠れているかもしれない。
家の周囲を確認するが異常はない。居たとしても一人か二人。
剣を抜き、玄関の戸を開ける。
見回すと男が一人、部屋で寝ている。
「お前は誰だ?」
返事がない。死んでいるのか?。いや服がかすかに上下している。
「おい、起きろ」
見ると男は大けがをして気を失っているようだ。
どうする。一瞬考えたが。治してやることにした。
死なれて善人だったら後悔する。
再生を掛ける。
右手と腹に斬られた跡がある。まあ、堅気では無かろう。
血の再生は程々にしておいた。襲い掛かられても困るからだ。
襤褸切れの様な服を着ているので収納の中に有った服と着替えさせる。
一時間経ったくらいで目を覚ました。
「俺は生きているのか」
「目が覚めたか。腹は減ってないか」
水を湯のみに入れて差し出す。
「済まない・・・右手がある。
お前が治したのか?」
「そうだ」
私は油断せずに男を観察する。まだ若そうだ。40には、なっていないだろう。
「お前は何者だ?なぜ俺を治した?」
「それは私のセリフだ。ここは私の家だ。私の家で死んでほしくないから治した。それだけだ」
「お前の家だと、この家の人は何処へ行った」
「天都だ、里ごと天都に引っ越した」
「天都に・・行ったのか」
「済まなかった。・・ありがとう」
男は落ち着いたのか謝罪と礼を言った。
「それで腹は減ってないのか」
「減ってる。お前、俺に聞かないのか」
私はおにぎりとお茶を出した。
「お前に興味は無い。腹が膨れたら出て行ってくれ」
男は私の顔をじろじろ見ながらおにぎりを頬張っている。
「なあ、お前はこの家の娘か?幾つだ?」
「私の家だと言っている。歳は16だ」
「そうか、そうなんだな。母親は元気か」
「もう、答えたくない。お前と世間話をするつもりはない。早く出て行け」
こいつもしかして、いやそうでも、もう関係ない。
「あのな、俺は、・・」
「出て行けと言った」
男の言葉を遮り、そう言ってやった。
ミヤちゃんの父親の例もある。馴れ合うべきではないだろう。
「俺はお前の父親だ。解るか」
「私に父親など居ない」
「お前、けがが治せる異能があるのか。なあ俺と来いよ。良い目を見させてやるぜ」
しまった、皆が天都に行ったって言っちゃった。まずいなあ。
「おい何とか言えよ」
「仕方ない殺すか」
「な、何を言ってる。俺はお前の父親だぞ」
おお、ビビってる、ビビってる。
「だからどうした。お前がろくでもないことをしてるのは解るよ」
「何を言う。俺は正義の味方だ」
「フーン、何をしてるって言うのさ」
「驚くなよ。俺は義賊だ。ヤマネコ団の幹部だ」
「ヤマネコ団って強盗じゃない」
「馬鹿野郎、義賊だ。悪い奴からしか金を盗ってない」
「じゃあ、マシラ屋はなにをしたのか言って見なさいよ」
「マシラ屋か、あんだけ儲けてるんだ。悪いことやってるに決まってる」
「じゃあ、そこの従業員を殺したのはどういうこと」
「正義を行うための尊い犠牲だ」
なんか聞いたことあるなあ。邯鄲の事件だ。
「これっぽっちも正義じゃないよ」
「良いんだよ。正義だって言っておけば何やっても」
「構成員は何人」
「うん、50人位だ」
「アジトは何処」
「台中の歓楽街にある」
「ナビさん解るかな」
「何を言ってるだ」
『ぼったくりバーの地下にそれらしきものがあります』
「ぼったくりバーの地下かな?」
「なんでわかった」
「馬鹿だからね。あんたが」
『現在、仕事が失敗したようで、ほぼ全員がけがをして集まっています』
「ほぼ全員怪我って、何したのよ」
「この頃、奴ら強い用心棒を雇ってやがるから失敗したんだよって、なんで解るんだ」
『今、サイゾウさんの孫従者に警らへの連絡を頼みました』
「さあ、行きましょうか」
「アジトに行ってくれるのか。お前を連れて行って、皆の怪我を治せば、俺はナンバー2になれるぞ」
「何馬鹿なことを言ってるの。警らに自首するんでしょう」
「自首だあ。なんで俺が自首しないといけないんだよ」
「私の身内が犯罪者って有り得ないでしょう。せめて自首してって事よ」
「嫌だ。お前何言ってるのか分かってるのか」
「うん、今、お前の密告でアジトは手入れの真っ最中だから」
「俺の密告・・俺は何もしてないぞ」
「さっきぼったくりバーの地下って言ってたじゃない」
「さっきってあれは、お前に言ったんじゃないか」
「だから、私に密告したでしょう」
「ええ、なんでお前に言ったら密告になるんだ」
おお、かなり混乱して来たな。
「だから、私が、私の知り合いに言って、その知り合いが警らに言ったんじゃない」
「そうか、それで俺が密告したことになるのかって、ちょっと待て、お前の知り合いってどこに居るんだ」
「台中だよ」
「解った、お前は俺をからかっているんだな」
「からかってはいるけど本当の話だよ」
「もう、お前の言うことは聞かねえ、縛って連れて行く」
「キャー、助けて」
と言いながら抱き着いて来た男をぶん投げる。
床板がバキバキと音を立てて壊れる。
「あー壊した、弁償だからね」
「この野郎、よくも」
スッと横に除けて足を掛ける。
盛大に柱に突っ込む。バキンと言う音がして柱が折れて天井が崩れる。
開けてあった玄関から走り出る。あの男は屋根に埋もれたみたいだ。
確認の必要があるので屋根を退けると下から出て来た。
息も絶え絶えだ。
「治してくれないのか?」
弱弱しい声でしゃべりかけてくる。
「本性を知っちゃったからね」
「仕方が無い。どうしてこんなことになっちまったのかなあ」
「俺はガキの頃、台中の街で一番強いと思ってた。チンピラをやっつけて街の人に感謝されたりしてたんだぜ。
そんな時だった。ちょうどお前くらいの女の子が現れて、俺を伸してこの村に連れて来たんだ。それで俺達は結婚したんだ。初めての女だし、俺はのめり込んだよ。惚れたのかもしれない。
でもお前を身ごもって、相手をして貰えなくて俺は思ったんだよ。俺はこんなド田舎で終わる男じゃないって。
俺は村を飛び出て働いたがうまく行かなかった。そこにヤマネコの親分が腕っぷしを見込んで声を掛けて来たんだよ。正義の味方をやらないかってな。そりゃあこれが正義じゃないって直ぐ分かったよ。でも考えなければ楽だし、金回りも良かった。部下もたくさんいた。
たまにむなしくなる時もあった。それで失敗して大けがした時、お前の母さんにもう一度ってな。それでこの村に来たらもぬけの殻だろ。がっかりしてもう死ぬしかないなと思った所にお前が来たんだ。なんでお前を利用するなんて思っちゃったんだろうな。
俺なんでこんなこと言ってるのかな。多分、最後は良い人だったって、お前の母さんに思って貰いたいだろうな。・・・・・ゴフッ」
血を吹いた、肋骨が肺に刺さってるのかもしれない。
「もう目が見えないや。最後にお前に・たく・さん・しゃ・べ・・・」
死んだ。なぜか涙が止まらなかった。こんな奴、死んで当然と思っていたのに。
ずるいよ。死に際に良い人ぶってさ。
私は遺体を裏山に埋め、目印に石を置いた。
もし、母さんが会いたがった時に解るように。
次の日、母さんに事の次第を告げた。
「そうかい、強盗に身を落としていたかい」
「お墓、解るようにしといたから行く?」
「行かないよ。私はようやく、あいつから解き放たれたんだから」
そういう、お母さんの目には涙があった。
次はリシュの予定です。




