第五十一話 可愛い侵入者
小さな女の子が工房に侵入します。
転移173日目
剣姫が有名になってこの方、時々剣姫と戦わせろとか剣姫になりたいとかの騒がしい奴らがやってくる。
剣姫の顔は良く天都にパトロールにいくヒイ以外あまり知られていない。
真白や茜は剣姫には到底思えないおしゃれな服装で出かけるのでばれていない様だ。
寮に帰るとTシャツ、短パンだけどね。
と言うことで外で剣姫にちょっかいを掛ける奴はいない。ヒイに掛けようにもハイジが居るしね。
それで工場の門に訪ねてくるのである。
ここが剣姫の拠点になっているのは有名な話なので仕方は無い。
門番も慣れててそういう奴は門前払いにしているが今日の奴は違った。
門番に断られると奥の林から竹を切り出し、3mの塀を棒高跳びの要領で飛び越えて来たのである。
昨日までの雨で道以外は柔らかい、ぬかるんでる所もある。そういうところに3mの高さから飛び降りたのである。
上から下まで泥だらけの恐らく10歳以下の子供を見つけた忍猫族のおばさんが、管理棟の風呂に連れて行き、洗ってやった。
たまたまその子が犬人族だったので保育所から抜け出した勇犬族だと勘違いしたようだ。
「もう逃げだすんじゃないよ。心配して探してるかも知れないわ。連れて行ってあげるから謝るのよ」
体を拭いてやって着替えを貸してやる。
「さあ行こうか」と言った時そこには誰もいなかった。保育所に行くと子供は全員いた為、侵入者と言うことが分かり、俺の所にも連絡が来た。
私は剣姫になりたくて家出した。塀を越えた時ちょっと失敗したけど着替えられたし大丈夫だわ。
一番小さな建物から2人の女の人が出て来た。一人の人が革鎧を持ってるあの人が剣姫なんだわ。犬人族だし話し掛けてみようかしら。何あれ、革鎧に大きな穴が開いてる。
「良く生きてたねえ」
「攻撃は受け止めるなって、言われてたんだけど咄嗟にやっちゃった」
「鉄板を貫通してるじゃないか」
「倒れた時に踏み抜かれたからね」
「剣姫ってホントに命がけなんだねぇ」
「ほんと、今生きてるのが夢みたいだよ」
「まだやるのかい。心配になって来たよ」
「もう大丈夫、二度とやられないよ。この鎧はこの気持ちを忘れないように貰ったの」
「頼むよ。あたしゃお前の子供を抱くのが唯一の夢なんだからね」
「ハハハ。じゃあね、心配してくれてありがとう」
「本当に気を付けておくれよ。また寄るから」
「あのー、剣姫の方ですか?」
勇気を出して話し掛けた。
「そうだけど。あっ君か、侵入者は」
「話を聞かせてください。私、剣姫に憧れているんです」
「内緒だよ」・・・・西域での竜との闘いを聞かせてくれた。
「剣姫には秘密が多いからあまり教えられないけど、剣姫はなりたいからと言ってなれるもんじゃないの」
「では、どうしたら?」
「そうねえ。あなたが剣姫になる運命だったら道は勝手に出来るわ。そうとしか言えない」
いつの間にか警備の人に囲まれていた。剣姫のお姉さんがバイバイって手を振ってくれたわ。
門の横の建物に連れて行かれて怒られた。もう二度としませんって念書も欠かされた。
ご両親の所まで送ろうかと言われたけど大丈夫って言ったわ。
門を出て暫くするとあいつがいたわ。
「もう困りますね。マイン様」
腕を組んだラッソがいた。
「調査していただけよ」
犬耳を外すマイン、ついで本来の耳を覆っていた毛の付いたテープのようなものを外す。
「じゃあお土産は返しておきましょうか」
ラッソが私の服に着いた小石のようなものを外す。
「ちっ、気付いたか。お前ラッソか?」
ヒョコっと灌木の影から若い男が顔を出す。
前に違う人間に憑依したラッソに会ったことがあるみたい。
「これは恭平殿、この顔では初めてですか。御久しぶりです」
蒼伊特製の超音波発信機を俺に投げて返す。
魔力が切れるまで人には聞こえない超音波を出し続ける優れものだ。ヒイには当然聞こえます。
「あいつ、私を着けて来たの」
「はい、マイン様が怪しいと思われたのでしょうね」
「もう、うまく騙せたと思ったのに」
振り向いて指さしていってやったわ。
「どうして私が怪しいと思ったのかしら」
「普通の女の子は3mの壁を越えられません」
私、思い切り初歩的なミスをしているわ。
「私がミスをしたみたいね。ごめんなさいラッソ」
「仕方ありませんよ。では、帰りましょうかマイン様」
「折角、ここまで着いて来たんだから教えてくれよ」
恭平と呼ばれた男が聞いて来たわ
「仕方ないわね。剣姫になるにはどうしたら良いか、調べに来たのよ」
ドヤ顔で言ってやったわ。驚くがいい。
何よ、その顔は。呆れてるんじゃないわよ。
「そ、そうか、で、今度はどこにいるんだ」
「天都に普通に住んでたんですけど、顔バレしたので引っ越します」
ラッソが言ってるけど、何で引っ越ししないといけないのかしら。
「そうか、さよなら。服は門番に返しておいてくれ」
恭平は帰って行った。
「何よ、折角、私が教えてあげたのに失礼じゃなくて」
「本当に剣姫になりたいのですか」
「もちろんよ。皆に持て囃されたいわ」
「あの、私達は剣姫の敵なのですが」
ラッソは可哀そうなものを見る目で言ったわ
「なんですってぇ!!」
私の叫びは赤く染まった夕焼け空に消えていくのであった。
帰った俺をドーテが迎えた。
「あの子何者でした?」
「悪魔の一族みたいだな」
「ええ、でも」
かなり驚いた顔をしている。
「剣姫になりたいんだと」
「ではあれは本気で。それで相手のアジトとかは」
「途中でバレたし、あんな子供の前で殺し合いなんか出来ないだろう。
しかし今までの悪魔とは確実に違っていた」
「確かに西域で会った悪魔とは何か感じが違いました」
「多分、あれは憑依してない」
「では、悪魔人間の子供?」
ここは悪魔皇国の首都ベルリン。その中心にある悪魔城。
「クルツが死にました」
皇帝の前で幹部の一人が言った。
「経緯を説明せよ」
皇帝は驚いた顔で言った。
「はい、信帝国西域門城を破壊して恭平なる人物を誘い出し、40頭のヴェロキラプトルの魔獣で夜襲しましたが味方は全滅、クルツも戦死いたしました」
悪魔軍には遠眼鳥と言う魔道具があり置いておくと遠方で映像を見ることができる。今回の戦闘も遠くから見ていたらしい。
「相手の軍は何人いたのだ。千人もいたのか?」
「6人です」
「馬鹿な。・・・それで相手はどうした」
一瞬、声を失った皇帝だった。
「一人が重傷です」
「・・・・・・・・ラッソが信帝国には手を出すなと言ったのはこれか」
40頭のヴェロキラプトルの魔獣は以前2000人の軍を破ったことがあった。それを6人で破った恭平。どうしても理解できない皇帝であった。
「雪辱戦をお命じ下さい」
幹部と一緒に来た悪魔人間の一人が前に出て発言した。
「馬鹿なことを申すな。勝てる見込みのない戦が出来るか。真なる悪魔は100人もいないのだぞ」
「もうよい下がれ」
皇帝が命じると幹部たちは執務室を出て行った。
「マインの事もあるし、ラッソを呼ぶわけにも行かん。信帝国に手を付けるつもりは無いのだが」
情報の不足に身悶える皇帝である。
「陛下」
ノックもせずに部屋に入って来たのは女性だ
「ヘルヴィかどうした」
「クルツが死んだと聞きましたが。マインは大丈夫でしょうか?」
「マインはラッソと共にいる。大丈夫だ」
「あの子は私達の希望の星、いえあの子はもう悪魔と呼ぶべき存在ではないのですよ」
「解っておるが大きな声を出すな。あの子に対して含む者も居る」
「人間を根絶やしにしようとする者たちですね」
「そうだ、ヨーロッパを手に入れるのに1000人近くいた真なる悪魔も十分の一まで減ってしまった。これ以上の戦いは悪魔をも滅ぼしてしまう」
「今は魔族との戦いも魔獣に頼っているのでしょう。もう戦争は止められないのでしょうか」
「悪魔には人を襲ってきた魔物の本能が残っている。残念だがこれは私の力ではどうしようもない」
「ああマイン、あなただけは生き残って下さい」
21時 寮 居間
「・・・・・・今日の侵入者事件のあらましだ」
「別の種類の悪魔がいると言うことですか?」(ジュレイ)
「そうだ今までの悪魔との遭遇で何種類かの悪魔がいることが分かった。
ラッソや西域の悪魔のような人間と同じような思考をする悪魔。
これを悪魔人間と呼ぼう。
マールに憑依したような、ただラッソ達に使役される悪魔。
低級悪魔と呼ぼう。
そして今日現れた人間のような肉体を持った悪魔。
少なくてもこの3種類がいる」
「肉体を持つということはもしかして」(蒼伊)
「子孫を残せる?」(真白)
「俺はこう考える。
魔物が進化して使役される悪魔になる。
その中からさらに進化してラッソのような悪魔になる。
ラッソのような悪魔人間同士から生まれたのが肉体を持った悪魔だ」
「と言うことは肉体を持った悪魔って最上級ってこと」(蒼伊)
「それなら信帝国にはいないだろう。悪魔も一枚岩ではないかもしれない」
・・・
「いずれにせよ、情報が少なすぎる。悪魔と正面切っては戦いたくない」
虎の時はヒイ、今度はドーテ、運良く死ななかったがいつまでも運が続くわけがない。
次回よりモンゴル帝国編が始まります。




