第五話 魔族の王子
鬼に続き魔族の登場です。
木刀を叩き落とし、喉元1cmに止まった木刀を見て男は崩れ落ちた。
「まいった」
周りの人が”うぉおおおー”と叫び、拍手をする。ここの連中は仲間が負けたとか関係なさそうだ。
俺は呆然とする女に木刀を渡し、バイクの方に歩き出す。
「待ってくれ、お願いだ」
男が土下座して叫んだ。
「まだ、何か用か?」
「カクタスに教えたように俺にも剣を教えてくれ」
「はあ?」
男が言うには、王城でカクタスと同じ部署に務めているが、訓練の一環でよく模擬戦をやる。
いつもカクタスとはいい勝負をしていたが、最近全く勝てなくなった。原因を探ると大熊を討伐した男が絡んでいるらしい。
今日、たまたま、それらしき人物と会ったので、カクタスに勝つ方法を教えてもらおうとした。
と言うことらしい。それでヒイを攫うとは、乱暴な話だ。
「カクタスに言え、あいつが許せば、あいつの家で教える」
カクタスには足捌きくらいしか教えてない。こいつにここで教えると今度はカクタスが嫉妬しそうだからな。
「ありがとう、俺は、この村の村長の息子でブラハと言う。これは、迷惑料だ」
渡された布袋を開けると魔石が10個入っていた。狩の3日分の量だありがたく貰っておく。
飯を食っていけと勧められるが、気分は良くないので断った。ヒイと作ったお弁当もあるしな。
これで終わりかと思ったのだが、今度は女が近付いてきた。
「私と結婚しない?」
はい?
女は、肉感的な美女で煽情的な服装をしているが、今日初めてあった男に結婚を申し込むってどうなのよ。
「強い男の種が欲しいの」
「お断りだ」
「なんなら、子種だけでもいいわ」
「お・こ・と・わ・り・だ!」
女は、俺の腕を取り、胸に押し付けてくる。あれ、吹っ飛んでった。
ヒイが俺の後ろから女を突き飛ばしたのだ。
「お断りだって恭平様が言ってるでしょ。しつこいのよ。このスケベ」
華奢だが身体能力は約3倍、並みの人間では勝てないのだ。
キョトンとしている女たちを置いて、俺達は、近くの狩場を探す。。
途中、河原で昼飯を食う。
ヒイが女に捕まった時、抵抗できなかったのは、黒狼村でのトラウマのせいだろう。
まあ、時間が解決してくれるだろう。
ヒイが握ったおにぎりは、不格好だがおいしい。
調理に慣れてきたら、屋外での調理を教えないとだな。
「恭平様、近くにカモがいます」
「気をつけろよ。あまり遠くに行くな」
弓矢を出してやるとすっ飛んで行った。
俺は、予定の魔石を手に入れたことだし、のんびりと釣りでもしようか。
小一時間経った頃、ヒイから念話だ。
『恭平様、オオカミがいるのですが、様子が変です』
脳内地図でヒイの位置を確認する。従属者であるヒイの行ったところも脳内地図に反映される。
森の中にヒイは居た。50m程離れた所に牛くらいの大きさのオオカミが1頭いる
『恭平様、見てるうちにあんなに大きくなりました』
『なんで、君はこんなところまで来てるの?』
『オオカミの助けを呼ぶ声がして、血の匂いを辿ってここまで来ました』
そうかヒイは黒狼族で鼻が凄く利く、それが身体強化で3倍だ。
『一人で行動するとあぶないから、その前に俺に確認とってね』
てへぺろって、まあ、かわいいから許す。俺って駄目主人なのかって気がしたが,多分気のせいだ。
脱線はこのくらいにして、オオカミが大きくなったのは、熊と同じ原因なんだろうな。
原因を調査するかどうするか、何かヤバそうなんだよね。
『オオカミが出産しました』
2頭の子供を出産するとオオカミは小さくなり、やがて元の大きさに戻り倒れた。
子供のうち一頭は死産のようだ。もう一頭は、みるみる大きくなっていく。
こんな時期にオオカミが子を産むわけがない。
大きくなった一頭は、母親や兄弟を食おうとするが躊躇した。
いきなり黒ずくめの服を着た子供が現れる。
「早く食べちゃいなよ。肉親を食べたくないのかな?」
ヒイが走り出た。仕方ないので後を追う。
「あなたがこんなことをしたんですか?」
だから行動する前に確認とってねって言ってるのに。
何かあいつからヤバい気が噴出してるような。
「あれ、獣人か。いや、君、隣の人に強化されてるね」
「なぜ、こんなひどいことをするんですか」
君達会話が成り立ってないよ。仕方ない俺も参加しよう。
「お前は誰だ!前の熊もお前の仕業か?」
「あの熊を始末したの、君だね。大きな気を持ってる。何者だい?」
「質問に質問を返すな」
「これは失礼したね。僕はナータ、魔族の王子さ」
「俺は浅野恭平。所属は今のところない。熊は俺が倒した」
魔族ってアフリカ大陸にいるって聞いたけど、こんな所で何をしているのか?
「信帝国に遊びに来たんだけど、面白いものも無いので、ここで遊んでいただけだよ」
「あっ、迎えが来ちゃった。悪いけど帰るね。近くに来たら遊びに来てね」
現れた時みたいに唐突に消えてしまった。
オオカミの母親も死んでいたので、死んだ子供と一緒に埋めてやった。
生き残った子供は、母親オオカミと変わらぬ大きさになっていた。
ヒイがすがる目をするので牛乳を出してやったら、2リットルを飲み干した。
その後、ヒイが狩った鴨二羽もペロリだ
『ヒイとオオカミに従属の回路が形成されました』
ちょっと待って、なんで、どうして、オオカミなんて連れていけないでしょう。
「ヒイ、無理だから、王都にオオカミなんて連れていけないから」
「でも、この子一人じゃ生きていけないよ」
念話で母ちゃん、母ちゃんって聞こえてくる。若干11歳でお母さんになっちゃったのか。
『解りました。このオオカミは、魔物を吸収させたものです。方法は、分かりませんが』
『ナビさん、今は、ヒイを諦めさせる方法を考えてよ』
『計算済みです。絶対に不可能です』
速っ、そんな計算なら俺でもできるわ。
仕方がない。取り敢えず連れて行って、奥様に頼み込ませるか。
ふと思ったのだが、いつからヒイに勝てなくなったのだろうか。
確かに最近、肉が付いてきて可愛さが倍増している。天使のようだ。
いかん、心を鬼にせねば。
「熊みたいに人を襲ったらどうするんだ」
「そんな馬鹿じゃないもん。ちゃんと私の言うこと聞くんだから」
「バイクにオオカミは乗せられないぞ」
「次元収納に入らないの?」
「生きているものは入らない。入れられないんだ」
「じゃあハイジを走らせて、ゆっくり行けば?」
「夜になるとバイクは未舗装路を走れないんだ。ってハイジってなんだ」
夜、未舗装路をバイクで走ったことがある人は解ると思うが、道の凹んだ部分にライトが届かないのでまるで穴が空いてるように見えるのだ。
「この子の名前、お母さんのニックネームだよ。野宿すれば?」
女の子だったんだ。じゃない。駄目だ、連れていく前提の話しか出てこない。
「仕方ない、車を使おう。まだ試験はしてないが走るだろう」
首輪と鎖を買ってヒイに渡す。
「これを付けなさい。絶対に外しちゃだめだよ」
「えー、可哀そうだよ」
「だめだ。これを付けてても他の人は怖がるんだ」
「それと人に攻撃的になったら、殺すよ」
「そんな、ひどいよ」
「オオカミを飼うということはそういうことだ。いやなら放してきなさい」
ヒイは渋々、首輪と鎖を付けた。熊の金で買ったワンボックス4WDの車で、王都に向けて走り出した。
いよいよ主人公もヒイにデレデレになってきました。